中編 | ナノ
優美な声が奇跡を唄う

いつもキミを想い描く 
はやく会いたいから 
星のはじまりで待つよ 
伝えたい言葉があるんだ

新曲のCMは、何度見ても見足りないほど神秘的で目が追いつかなくて、その容姿は美しく魅力的で、どこか儚げなのに、瞳からは芯の強さを感じる。

アイドルなら誰しも目指したい姿がそこにはあった。

いつだったか、雑誌で彼は言っていた。

『人見知りの僕を、ここまで育ててくれたのは皆さんです。これからも見守って頂けたら、僕は更に高みへ上がれるのだと思います。応援がなければ今の僕はありません。いつもたくさんの声援をありがとうございます』

人気のあるpol*risの素性は、何一つ発表されていない。公式プロフィールには、all secret と記載され、容姿とpol*risという名前だけ。ネットには未だ多くの憶測が飛び交っている。

謎めいた存在だからこそ惹かれていく。

pol*risの爆発的な人気の背景には、その秘密主義も関係しているのだ。





「水沢」

放課後になり、帰ろうと廊下に出た水沢を呼び止めたのは、隣のクラスの瀬名だった。振り返って、何と問いかけるように首を傾げると、露骨な舌打ちをされた。

「…チョーうざい。わかってんでしょ、要件」
『……まぁ』
「だったら…!」
『……いく』
「そ…っか。あとで、様子だけ教えて」
『…ん』

水沢の言葉を聞くと、さっさと背を向け教室へ戻っていった。その背中を見送って、水沢も歩き出す。

瀬名は、水沢の幼なじみが所属するグループのメンバーだ。今は彼がリーダー不在の代行のようなものをしている。そしてその問題のリーダーが、これから水沢が訪問しようとしている月永レオだった。

毎週金曜日、仕事が入っていなければ顔を出して、彼の安否を確かめに行っている。何故って、放っとくと彼は飲まず食わずで作曲に徹してしまうためだ。学校もあるため、週一回と決めている。

瀬名にバレたのは、彼が月永の家の付近でうろついているのを見つけてしまってからだった。それから毎週のように、彼から行くか行かないかを聞かれている。








家にお邪魔すると、彼の妹ルカが玄関を開けてくれた。部屋まで歩き、ドアをノックする。中からの反応はまるでなかった。ただがさごそと音はするので、どこかにはいるのだろう。

水沢は特段気にした様子なく、ドアノブをひねり中に入った。

『レオ?』

電気くらいつけてほしいと内心思いながら、真っ暗な室内の電気をつけた。そして部屋中に広がる楽譜にため息をはく。ベッドの壁を下敷き代わりに一心不乱にペンを走らせる彼を一瞥してから、床に散らばる楽譜を一枚拾い上げた。

彼の影響で、水沢も楽譜を読めるようになり、アレンジをすべて書き込むようになった。

譜面に指をそわせながら、口からメロディと歌詞がこぼれる。素敵な曲なのに、どこか寂しげで、物足りない。きっと今のレオの気持ちも含んでいる悲しい歌だ。そして歌うべき人物にふさわしいのは彼らなのに、多分レオはこれを彼らに見せることはないんだろう。そう思うと、胸が息苦しくなって、心臓の前で握ったこぶしに力が加わった。

「……なんだ、来てたのか。夕希」

いつの間にかドアの前で棒立ちになっていた水沢のそばへ月永はやってきていた。水沢のこぶしをそっと手に取ると、ゆっくり手のひらを広げていった。そのまま優しい手つきで、爪の後が残った水沢の手を撫でる。

「夕希が俺の分まで傷つく必要なんてないぞ。ほら笑えって!綺麗な顔が台無しだ」
『レオが…作った曲のせいだ』
「悪かったって!でも、作らざるを得ないというか、何かしてないと落ち着かないんだよ。だからさ、書きまくって書きまくって、気づいたらいつもこの有様だ」
『……少しは、気持ちも汲んでほしい』
「それが出来てたら、今俺はここにいない。普段通り学校に行って、あいつらとバカやりながらライブして楽しく過ごしてたって。まぁ…それも今じゃ叶わないけど。けど!この現状に後悔してるわけじゃないから!だから夕希も学校楽しめよ!青春を謳歌しろっ!今という時間は止まってはくれないぞ。時間は有限、刻々と過ぎてゆくのだっ!わーはっはっはっ」

再びペンと紙を手にした月永に、水沢はため息をひとつついて、その手に持つそれらを取り上げた。

「あぁ、折角湧いたインスピレーションが!何をするっ、夕希。邪魔だてするのか!」
『ご飯が先。…顔色酷いよ』

ひどく血色の悪い表情に、大きな隈が目立つ。いつから飲まず食わずで書いていたのか。よく倒れずにいたなと、水沢は叱る気が失せてしまった。とりあえず自分の座る場所確保のために、コンビニで買ったものを月永に手渡してから、床に広がる楽譜を集めだした。

「むぅ。あ、そういえば、お前また新曲出したのか?ルカたんがスキップしながら口づさんでたよ」

月永はたまごサンドを頬張りながら、部屋の整頓を始めた幼なじみの背中に問いかけた。手を止めずに、うんと返事を返した彼に、「そっか、やるなぁ!」と賞賛の言葉を送る。

『…なんで嬉しそうなの』
「そりゃあ夕希の1番のファンだからな、俺。お前の歌声はさ、胸にどんと響くんだ。太鼓みたいにな!辛くて寂しげな歌詞でも魔法をかけたような歌声で優しい歌に変わる感じが好き」

喋っている本人は恥ずかしくないのか、次々に褒めてくる。水沢はもう途中から羞恥心で耳まで真っ赤になった。背を向けていてよかったと思いながら、残りの楽譜を曲ごとにまとめていった。





『…そんなに好きなら歌ってあげる』

水沢は床や机に広げっぱなしだった紙類を全てまとめて、曲ごとにクリップどめをしたあと、空いた月永の隣に座った。胸に手を当てながら目を閉じ一番お気に入りのカバー曲を口づさむ。水沢自身、歌詞がとても気に入っていた。




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