浮かぶ蓮華に永遠を願った
君の幸せを願う
触ると壊してしまうから
自分を恨みながら
君だけを想ってた
僕は幸せを願う
触ると消えてしまうから
相手を睨みながら
僕だけ泣いていた
叶えてほしい願いはたった一つ
笑顔でいてほしい
それだけが僕の存在理由
会えなくたって
見えなくたって
君のとなりは僕のもの
君の幸せを願った
触ると壊れてしまうから
自分を傷つけながら
君だけを想ってた
君は今、幸せですか?
自分の気持ちを歌詞に起こしてみたことは、趣味の範囲では何度もあった。けれどそれは、シークレットで通しているpol*risのイメージからは離れてしまう歌であることもわかっている。歌詞ノートは何冊にも及ぶけれど、これは未だに誰にも見せていない僕だけの秘密だ。
夢ノ咲学院の最高学年に当たる三年生には、下級生にも漏らしてはいけない機密事項があった。それは、学校に入ってすぐにアイドルデビューをしたpol*risの正体。秘密にした方が興味をそそられるという理由だけで、オールシークレットなのだが、その徹底ぶりは私生活の学校でさえ移動は全て送迎車つき、実家暮らしの彼は、食品以外の買い物を殆ど通販に変えた。
毎週末の月永家訪問の時でさえ、送迎車が待っていてくれる。
アイドルになり、生活が一変した。
元より家で過ごすのが好きだった水沢としては、気晴らしに行っていた散歩や本屋に気軽にいけなくなる程度だったので、そこまでの不便は感じていなかった。
ただ、周りは違った。
母は、健康を損ねてはいけないと今まで以上に体に良いものをと栄養士の勉強を、父はどこへ出ても恥ずかしくないようにと体作りのウォーキングを始めた。
周りの環境がここまで変わると、アイドルになった自分自身が置いてけぼりを食らったような気持ちになって、複雑な気持ちになる。当事者のはずなのに、外野だけが盛り上がり、当の本人の気持ちなどまるで関心がないかのような孤独感があった。今はそれにもなれてしまって、どうとでもなれと諦めた。
話はそれたが、そうした感情があるせいか周囲には無関心で、機密事項とされている自分が孤立していることも諦めた水沢は、学校に通っているというだけのアイドル科らしからぬ生活を送っていた。もちろんドリフェスや学校行事にはほとんど参加経験などない。
機密事項は、存在そのもの、水沢自身の存在否定のようなニュアンスが多分に含まれていた。
「お、おはにょっ!」
昇降口で上靴の入っている下駄箱を開けた時、後ろから声をかけられた。にょ?と明らかに噛んだらしい発音に聞き覚えのある声。クラスメートの仁兎だ。上靴を取り出して、おはようと返事を返せば、仁兎も靴を脱いで下駄箱を開けた。
「今日、小テストあるの覚えてた?おれちょっと自信ないんだよなー」
『勉強?』
「そうそう。だから、朝のうちに見直したくって」
靴を履き替えた水沢の隣に、後からきた仁兎が並んで教室へ向かった。普段なら教室に入るまで誰にも話しかけられない水沢は、隣に並ぶ仁兎を一瞥してまた正面を向く。変な感じだ。元から口下手な上に、人に関わろうと動くタイプではないため、友達と呼べる人間は月永くらいしかいない水沢は、この状況に困惑していた。話しかけられる日が来るとは思ってもいなかったし、何より自然に返事を返せた自分自身が一番驚いていた。
「どのあたり出ると思う?応用は押さえといたほうがいいよな、きっと」
なお会話を続けようとする仁兎から振られる話題に、水沢はぼそぼそと呟いた。
『この先使えそうなのは、出すと思う』
水沢の言葉に、きょとんと目を丸くした仁兎は、ぽんと手のひらを打ってそうかと大きくうなずいた。
「基礎なってないと応用も何もできないもんな。サンキュ!やっぱ頭いいんだ、水沢」
『……別に』
「いや、謙遜すんなって。じゃお互い頑張ろうな!」
教室についたタイミングで仁兎は軽く水沢の背を叩いて中へ入った。すぐほかのクラスメートと話し出した彼に、水沢も自席に歩いて行って、いつものように机に顔を伏せた。
何故かいつもより顔が赤く、噛みまくる仁兎が、うらめしそうにその背中に視線を送っていたことにも気づかないまま。
授業の終わりの合図に、水沢はぐっと背伸びをした。午前中ずっと席に張り付いたままでいた身体は、悲鳴を上げるかのようにばきばきと音を鳴らす。いつものようにヘッドホンとタブレット、それから昼食の入った巾着袋を手にとって、席を立った。
「水沢!これから昼食?」
教室を出ようと歩き出した水沢を呼び止めたのは、今朝も話しかけてきた仁兎だった。頷くのみで返事をした水沢にめげず、彼は笑顔でこう続けた。
「もしよければなんだけど、俺たちと一緒に食べないか?」
たち?ということは、仁兎以外にも人がいるということだ。何人くらいいるのかはわからないが、顔見知りでもない人間と関わるのはあまり好きではない水沢にとっては、せっかくゆっくり出来る貴重な休み時間を無駄にしたくない。渋い表情をしているのが伝わったのか、やっぱり駄目か?と仁兎が言った。
「無理にとは言わないよ。けど、お前いつも一人だし、たまにはクラスで過ごしてもいいんじゃないかな」
『…やけに構ってくるね』
「一回話してみたら、思ったより話しやすかったからかな。仲良くなりたいんだよ、夕希ちんともさ」
夕希ちん…って、なんだ。
仁兎は疑問符を浮かべている水沢をよそに話を続ける。
「つむぎちんとか紅郎ちんも話しやすいから、な?テストの話もしたいしさ」
ここまで懇願されると断りづらいところもある。けれど、水沢は首を縦に振りたくなくて、俯いて巾着を握りしめた。
本当に嫌なのだ。
こんなことになるなら、朝話しかけられたのも、無視するべきだった。なんでこんなに親しげに話しかけてくるのだ。今日までほとんど面識などなかったのに、朝の会話だけで気を許したとでも思ってしまったのか。だとしたら誤解だ。
『…や、めとく』
言葉に詰まりながら返事をする。仁兎はその答えに、そっかと頷き、また今度誘うなと行って自席へ戻っていった。ぐいぐいと押してきたわりに、あっさり引いてくれた。いつの間にか止めていた呼吸を再開させて、ほっと息を吐きだす。
仁兎の後ろ姿はどこか寂しげで、申し訳無いと心の片隅で思った。同時にこんなに偏屈な自分に関わってくれている相手に対して失礼な態度をとった自分にも嫌気がさした。