ほうき星のイタズラ
……見たことのある背中だな。
昼休み、習慣になっているウサ吉に会いに来てみれば、壁に寄りかかりながらしゃがみこむ少年がいた。既視感を覚える光景に、今度こそ驚かしてやろうと忍び足で近づいた。
『……し、…新開…せんぱい、こんにちは』
肩に触ろうと伸ばした時、振り返った彼の瞳と目があった。
「バレちゃってたか。…足音かい?」
『…それも。…ですが、この場所に…くる方なんて、片手でもかぞえられます』
「はは、確かにな」
夕希君の腕に抱かれたウサ吉を見ながら、俺も彼の隣にしゃがみこみ、その柔らかなだと毛並みを堪能する。瞳を細めて喜ぶウサ吉に少しばかり嫉妬した。
「そういや旨かったよ、どっちも」
『…ぁ、……お口にあったようで、…何よりです…』
先日の差し入れは、部員全員で分けられるほどのクッキーと、主に俺達と泉田や黒田宛だと言って渡してくれたゆず蜂蜜だった。
「作るの大変だったよな、きっと」
『……す、…好きなので、苦じゃないのです』
「へぇ?」
夕希君が照れたように顔を背ける。ちらっと見えた赤い頬が少し可愛くて、クスッと笑みがこぼれた。
「夕希君家事力高いな」
『か、じりょく?』
「知らない?気配り上手で、家事ができる人のことらしいよ」
『そう、なんですか…!新開、せんぱいは、物知りです』
本は好きでも、僕は語彙力が乏しいなぁ。
ひとりごとのように夕希君が苦笑いでウサ吉を撫でる。その横顔がどことなく哀愁が漂っていた。一瞬言葉に詰まったが、「そんなことないさ」と縮こまっている背中を撫でた。
「言葉なんて増えてく一方で、把握なんて出来やしない。それより夕希君は博識だろ。もっと自信、持っていいんじゃないか?」
『ん?博識、なんて、そんな……』
「少なくとも学年模試で、一位になるくらいなんだから」
『………っ!な、んで』
話が逸れてきたことで、次第に笑顔も戻ってきた彼に嬉しくなりながら、「風のうわさだよ」と答えた。
『…僕、噂されてるんですか?』
さっと顔の色を変えた夕希君は、眉をハの字にして『僕なにか、しちゃったんです?』と心配そうだ。言葉ひとつで表情を変えていく彼は、今時の高校生にしては純情過ぎて、珍しいなぁと思う。温室育ちなんだろうか。だからこそ、心配になるというか。こう、見守ってたくなる。保護者か。
『し、んかい先輩?』
「あぁごめんね?ちょっとぼーっとしてたよ」
覗きこまれてはっとする。つくろうように、笑って彼を見た。
「さっきの話だけど、夕希君が綺麗だからこそ、みんな君のこと知りたくなって、噂が一人歩きしてるんじゃないかな」
『……きれい?』
「存在が綺麗っていうのかな。容姿もだけど、性格もクリアっていうか、」
知りたいと思ってるみんなの中には、俺や靖友、寿一や尽八、二年や一年の真波だって入ってる。夕希君はきっと認めやしない。気づいてもいないかもしれない。けど、嫌でも目に入ってくる目立つ存在だってこと。ほら、今だって影から見ている女子がいるよ。
「何もしなくても、気になって目で追っちゃうんだよ」
ウサ吉の黒目がくるくる動いて俺と夕希君を交互に見ていた。戸惑っているようにも見えるその仕草は夕希君の気持ちを代弁してるかのようで。ウサ吉を撫でていた、彼の手が止まった。
『ぼくより、魅力的なひとはきっといます』
「夕希君だって素敵だよ?だから、皆君に近づきたがってる」
『そうなんですか?』
きょとんと下から見上げてくる瞳に、「ほら」と彼の後ろを指差す。夕希君が振り向くと、こちらを見ていた女子生徒が二人、きゃー見つかっちゃったと焦りながら走っていく。
『せ、先輩の、ファンの人とか、ではないんですか?』
「目もあったけど、特に逃げたりはしなかったよ?」
『で、でもぼくっ、そ、そんな、』
顔をさっきより赤くして、夕希君はごにょごにょと言い訳染みたことを呟いていた。恥ずかしがっているのは一目瞭然で、そんなところが愛しく思ってしまう。
「ねぇ遊びに行かない?ふたりで」
気づけばそんなことを口にしていた。