中編 | ナノ
君の前だけ背伸び

先週から廊下で見かける度に体調が悪そうだったこと、それから風のうわさで先輩に運ばれていたというのも耳にして、大丈夫なのかなと頭の片隅で思っていた。次週の月曜日に会えなかった時には、少し長引いてるのかな。なんて暢気に考えていた。

彼のいない返却カウンターは何だか月曜日ではないように思えてさびしい。

そのことに気づいたのは、彼が休みはじめて2回目の月曜日だった。




「え、入院?」

「そこまで詳しくは……。でも、あと1週間は休むみたい夕希君」

「心配だね」

「真波君見るからに身体弱そうだけど、更に細くなっちゃいそう」

「なんでも高熱が続いてるらしいよ?食欲もないって」

「洒落になんないよ!それ」

クラスメートの他愛ない会話に、普段の私なら聞き耳を立てたりしない。けれど夕希君の名前が聞こえたからか、私は咄嗟に立ち上がって彼女たちに話しかけていた。

「さっきの情報って誰から?」

「えっ委員長?あ、夕希君の?昨日ね、たまたま職員室に提出物出しにいった時、夕希君とこの担任が電話で話してて…」

「そう、なんだ」

「担任のお見舞いも断ってたみたい」

「見舞いを?」

夕希君が苦しんでるんだろうってことは、休んでいる事実から容易に想像できたことだった。けれど、担任をも拒むなんて、私の知っている彼のイメージからはかけ離れてて咄嗟に言葉が出てこなかった。

………入院、してるかもしれないんだ

そう思ったらいても立ってもいられなくなって、真意を知りたくなって駆け出していた。








「来てしまった………」

少し古びた、でも趣きが感じられる庭が広がる一軒家。……ここが夕希君の家。夕希君の担任に、少し強引に聞き出した夕希君の家は、あまりにも静かでどこか寂しげで、でもだからこそ私は行かなくちゃってそう思わせる雰囲気があった。

「こんにちはー…ごめんくださーい!」

門の前のチャイムを押すと、家の中に響く音が耳に届いて、ゆっくりとした足音が聞こえた。

「はぁい?」

しばらく経って入り口が開く。姿を見せたのは、初老のお婆さんだった。

「あ、あのっはじめまして!箱根学園の宮原と言いますが、こちらは真波夕希君のご自宅でしょうか?」

「……えぇ、そうですが。夕希のお友達かしら?」

目尻が柔らかくて、見るからに優しそうな雰囲気のお婆さんに、ちょっとだけ肩の力が抜けた。

「はい!クラスメートではないんですが、読書仲間で。…それで心配で。お見舞いを断っていたとお聞きしたんですが、夕希君の様子だけでも知りたくて伺ったんです」

「こんな可愛いお嬢さんが来てくれるなんてね。そうね、ちょっと本人に聞いてきてもいいかしら?」

「是非お願いします!」

ゆっくりと玄関のドアが閉まり、それが合図だったかのように、息を吐きだした。一先ず家にいる事実に安心した。ただ…来ないでほしい、そう言ったのは本人だったと言う。熱のせいでか、声も掠れていたらしい夕希君は、伝染るものではないけれど誰にも見られたくないと断ったそうだ。両手で持っていた、渡してほしいと頼まれた封筒とお見舞い用に買ったゼリーを入れた紙袋の取っ手に力が入る。

……私にも見られたくないかな?

少なくとも担任という大人よりは、とは思うけれど。




しばらく経って再び開いたドアに、背筋が伸びる。夕希君の心意はどうでしたか?

「お待たせしてしまって御免なさいね。お部屋にどうぞって」

「あっ、ありがとうございます」

「夕希の部屋は二階なの。上がって突き当りの部屋よ」

玄関の戸を広く開けてくれたお婆さんにお礼を告げて中に入ると、左右にそれぞれ部屋へと続くドア3個ずつあり、中央をまっすぐ伸びる廊下の一番奥に階段が見えた。














「夕希君?入るね」

二回ほどノックすると、担任の言っていたような掠れた夕希君の返事が聞こえた。姿が見えなくても辛そうなのがわかる。多分夕希君は、余計に心配をかけたくなくて断ったんじゃないかな、お見舞い。襖の扉を開くと、8畳と少しの和室が広がっていた。机も木製で、小さな椅子も備え付けられている。大きな本棚と落ち着いた梅の壁飾りに気を取られつつも、部屋の中央に敷かれた布団に目を向けた。すると座った状態でこちらに手を振る夕希君がいた。

「身体起こしてて大丈夫?辛くない?」

『…うん、……ごめんね、…わ、ざわざ、っ…ありがと』

「勝手に来たの、気にしないで!……まだ、熱高そうだね」

マスクをした夕希君は、頬のあたりが赤くて、目もとろんと力がない。体調も気になっていたが、それよりも個人的には、深緑の浴衣姿に紺の半纏を羽織っている彼を見て、どこか大正時代の書生さんを彷彿させていた。

『んー、、とね、38度…くらいだったかな。……ちょっと、続い、てて…ぁ、今は…すこし下がって、るから』

「それじゃあ辛いね、本当早く治って欲しいよ。あ、これゼリーなんだけど食べれる?」

『至れり、尽くせりだね』

「月曜の図書室に夕希君あり、だからね。いないと調子が出ないのよ」

そんなこと言ってもらえたのはじめて、なんて照れたように笑う夕希君は、やっぱり綺麗で、私は顔の火照りをごまかすように喋った。

「山岳もね誘ったんだけど、課題終わってなくて……。それに部内のインターハイメンバーの選出レースもあるから忙しいみたい」

『…声かけて、くれた…、その気持ちだけで嬉しい』

夕希君は目を伏せて、そう言ったあと視線を窓辺に向けた。窓からの日差しに顔や身体に影ができた。

「あっ…、そーいえば夕希君…その、」

『……ん?』

「…気になってたんだけど、その浴衣って普段着なの?」

私の質問に、夕希君は一度自分の胸元に視線を向けてから、ぶわぁと顔を赤らめて手をぶんぶんと振った。

『え、ぁ、えっと……、そ、の………祖母がね、買ってきてくれる、から家では…、ね。……でっ、でもね外出する時はちゃんと洋装するよ!』

「洋装って…!夕希君面白いなぁ」

今時洋装って使うの夕希君くらいじゃないかなと思う。どこか変わっている夕希君は、私が笑うからか、恥ずかしくなっているようで、耳まで赤くなっている。

「そうなると制服も洋装だよね」

ハンガーに下げてある制服に目をやる。シワ1つないそれを見ながらくすっと笑った。

『み、宮原さん…!』

からかうの良くない…と、小さな声で夕希君が呟いた。それでも優しい夕希君は、そっとお婆さんが和服を好きな理由を教えてくれて…。何でもずっと生け花教室に通っているらしく、その影響で小さい頃から着物を着せられていた夕希君がとても似合っていたから、らしい。両親も似合っているからと特段気にした様子もなかったという。でも断わらずに着てあげてる夕希君はやっぱり優しいなぁと思う。

「……夕希君は気疲れしないの?本当は自分の着たい服我慢してたりとか、着物やだとか』

色々なところに気配りして大変じゃないのかな。前から夕希君を見ててそう思ってた。本人を前にして言うつもりはなかったけど、つい口にしてしまっていた。

「…そーいうの、あんまり…ないよ。ぼくは、宮原さんが、かんがえてるより…自発性がないもの。…いつだって、何かしてほしい…って思う相手の、いうとおりに動いてる……だから、…気疲れってないよ』

夕希君は困ったように笑いながら言った。

「そうは見えないよ?」

私の反論に、夕希君はそうだろうねと首肯した。

『そう、見えないようにしてる…。いい、格好しい…だから、ピアノだって弾いて…代表挨拶もしたの』

夕希君からネガティブな言葉を聞くのは初めてで少しだけ驚いた。身体が弱っているせいなのか、本心からの言葉なのかは定かではなかったけど、私には夕希君が嫌われることを恐がってるように見える。でもそれは夕希君だけが感じる特別な感情じゃなくて、私だってそう。誰だって恐いんだ。誰だって嫌われ者になりたくないって思うだろう。好かれたいって思うのは不思議じゃない。

「夕希君だけじゃないよ。みんなそう思う。私だってそうだもん。委員長でいるのだって、皆からの推薦もあったけど、私がいい格好したいからだよ。夕希君と一緒なの」

恥のように言うのは可笑しい。もっと堂々としてもいいんだよ、夕希君。

「……それに自発性がないなんて、そんなことないよ。確かに夕希君は、周りから役目を望まれてたかもしれないけど、やると決めたのは夕希君だもの。断ることも出来たのにやり遂げたのは夕希君だったからだよ!だから、もっと自信持っていいと思う」

謙虚といえば聞こえはいいけど、夕希君には自負心が足りない気がする。それが夕希君の性格なのかもしれないけど。

『…み、やはらさん、……ありがとう』

ちょっと照れたように笑う夕希君は、以前図書室で見た彼と同じくらい可愛い。あの時は躊躇ったけど、今日は思いっきり抱きしめた。

『…っ?!…』

「やっぱり華奢だね、夕希君って」

『…ぁ、…あのっ宮原さん?」

「んー?」

『……す、ごく…恥ずかしい、です』

「夕希君、照れ屋さんだね」

………意外と女の子に耐性無いのかな。

そう思いつつももしこれが山岳だったら、私も夕希君のように茹でダコになっていたに違いない。夕希君はどちらかというと、中性的だから男の子って感じしないからかな。だから抱きしめられるのかも。

でも今抱きしめたのは、可愛いっていうことよりも消えちゃいそうに見えたからというのが大きかった。

「夕希君」

『な、……なぁに?宮原さん』

「…今は無理でも、いつか頼ってね?夕希君が潰れるのを私は見たくない」

身体を離して、正面から夕希君を見る。すると、驚いたように目を見開く彼がいた。

『………うん、善処する』

彼の答えはとっても控えめだったけど、それはすごく彼らしくて、だから私も「その前に早く熱下げてね」って伝えておいた。








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