中編 | ナノ
そう呟く君を見つけた

暖かい日差しが差し込む中庭 の横にひっそり置かれたベンチの植え込みから僕は顔を出す。しゃがんだ僕の背丈と同じくらいの木の中に隠れて、本を読んだり、眠ったり。座学のない休日や、スキマ時間を見つけては、ここにやって来ていた。


「ユキ様!ユキ様ー!何処にいらっしゃいますかー?」

侍女がパタパタ走りながら、廊下をかけてく。このあと予定はなかったはずと、こっそり垣根から出て彼女の背中を目で追っていると、急に視界が遮られ、真っ暗になった。

『……っ!』
「だーーれだ?」
『とぉさま!』
「せーーかい!」

優しい声にようやく手が離された。振り返れば声と同じくらい優しい表情の大きな父様がいた。

「城でかくれんぼか?」
『んーん。……おひるね、してた』
「よくねれたかー?」
『ん、……あったかだもん』
「そりゃよかったよ」

大きな手が頭を撫でてくれて、気持ちがいい。思わず目が細くなった。

『メイドさん、僕さがしてた?』
「あぁ、どこにも姿がないって焦ってたぞ」
『……ごめいわく、だった?』

ユキの言葉に、撫でる手をとめた父は不安げなユキをしっかり見て、「そうじゃないぞ」と言った。


「迷惑だとはこれっぽっちも思っていやしないさ。ただ、皆心配だったんだ。ユキのことを大切に想っているからね。だから心配かけた時には、」





『ぅ………ん、』

寝苦しさがあって薄目を開く。

………いつもは身体を丸めて寝るから、こんなに息がしやすいなんて可笑しい。

『…………っ、?』
「目、覚めたのか!ユキ」

するとちょうど自分を覗きこむように見ていた人と視線がぶつかった。デジャブだ。だけど、以前と違うのは、それが兄様だってこと。

『に、ぃさま…っ……』

呟くと同時に抱きしめられた。苦しいくらいにぎゅうぎゅうされて、僕はわけも分からずされるがままだ。

ただ、しばらく経って分かったのは、兄様にそうさせてしまったのは僕だってこと。

『……ご心配、おかけしました。それから、……あの、ありがとうございました、兄様』

僕からスラスラ出てきた言葉は、さっきまでの夢のせいなのかもしれない。

「…お前が無事でよかった」

あれ、この香り……

「あぁ、気づいたか?リュウがくれたんだ」

身体を離したゼンが、テーブルに目をやった。ユキもその視線を追いかけると、湯気の立つティーカップが2つ置かれていた。

「目を覚まされたんですねぇ!主、良かったじゃないですかぁ!」
「まぁな。ユキ、カモミールティーだ。こっちに来て飲まないか?」

カモミールと聞いて、この間薬室で頂いたものもそうだったなと鼻がピクリと動いた。ゆっくりベットから足を下ろして、立ち上がろうとした時、ふと違和感を覚えて固まった。

あれ、ベットに寝ていたっけ?

「…ユキ?」

ゼンからの声は耳に入るものの、過去を回想中のユキには届いていない。

………確かあの日はリュウさんと話していた時に、すごく嫌な態度を取って、そんな自分すらも嫌で、逃げるように走って走って走って、でも向かう場所にはどこにも必ず人がいて、泣きじゃくったあとの顔で誰かに会うのが、見つかるのが嫌で、それで結局、安心できるクローゼットにかけこんだ、そのあとの記憶がない。

『……僕、いつベットへ、移ったんでしょう』

まさか寝ている間に自分で移ったのだろうか、とユキが思案していると、正面にオビが立ち顔を覗きこんだ。

「主が運んだんですよ、ユキ王子っ!」
『に、兄様が………?』
「そうそう!三日も出て来られないんで、脱水症状もあるかもーと、酷く心配されてましたよ」
『、…ぁ……、ごめん、なさい』

無意識だったとはいえ、そんな長い時間眠ってしまっていた自分が情けなくて、目元にじんわり涙が浮かぶ。この城に来てから、迷惑と心配しかかけていない。もう、母様のもとに帰ってしまいたい。

そんなユキの内心を知ってか知らずか、ゼンの優しい声が思ったよりも近くで聞こえた。

「ユキ」
『………………にぃ、さま』
「冷める前に飲もうか?…そしたら、落ち着くと思うぞ」

ユキは暫しその場で悩んだが、兄の声に従っておずおずと一番ベットに近かった椅子に座った。

『……いただきます』

座ってすぐに出されたティーカップをそっと両手で持ち、口許に近づけるとよりいっそう香りが増した。香りだけでも頬が緩む。一口目を飲みながら、向かいの兄様とその隣のオビさんを盗み見た。二人は僕に気を使ってくれているのか、二人で雑談をしていた。

「オビは飲まないのか?」
「あー、オレは紅茶よりコーヒー派というか…」
「…ブラックか?」
「いえ、甘党なんで!」
「………見えないな」
「えっ、そうですかぁ?」

聞き耳を立てているつもりはなかったけど、いつも静かな僕の部屋に笑い声なんてあまりなかったから、新鮮な気持ちだった。

「主は紅茶だとして、ユキ王子も?」

ユキはオビと目が合いびくりと肩を揺らした。一方のオビは特に気にした様子もなく、にこにこと返事を待っている。

『…………ぼく…は、』
「うんうん」
『………………紅茶、すきです』
「おにーさんと一緒!兄弟って好きな食べ物とか似るんすかね?」
「おい、さり気なくおにーさん呼びやめろ。それに、まだ俺は紅茶が好きだなんて、」
「嫌いなんすか?主」
「……いや、紅茶派だが」

合ってんじゃないすか!と、文句を言ったオビさんの表情が年上に似合わず、思わず笑ってしまった。

「ユキ王子にも笑われてる!主、ズバリ一番のオススメティーは?」
「んーユキは香りを楽しんでるよな?ジャスミンティーなんてどうだ?東洋のブレンド茶なんだが、リラックス効果もある。今度一緒に飲んでみないか?」

ジャスミンは確か白いお花の事だ。片手の手のひらに簡単にのるくらい小さな花。あの花のお茶があるんだなんて知らなかった。それに兄様はなぜ僕が味よりも香りがいいものを好きだなんて知っていたんだろう?

『………飲んで、みたいです』
「あ、主オレも!」
「何ならお茶会をしないか?今度はミツヒデや木々も呼んで…」
「いいっすね!じゃあ、あとお嬢さんとリュウ坊も呼びましょう!」

どんどんと大きくなっていく話を傍目から聞いていたユキは、徐々に表情が固くなった。飲みたいといった手前、今更嫌だとも言いづらい状況に自然と視線が下がり、持っていたティーカップに自分の暗い表情が映った。








しかし折角兄が開いてくれたお茶会だ。しかもユキのために気を使って開いてくれたものだ。無断で休むのも気が引けて、けれどきっと自分から話すことは出来ないだろう。だからせめてこれくらいは、と手土産を持参した。

当日おそるおそる木の影から覗くと、時々開催される薔薇の花に囲まれた広場にゼンや白雪、ミツヒデの姿が見える。ちょうどテーブルクロスをひいたり、花瓶を飾ったり、準備をしているようだ。

『……遅く、…なりました』
「…ユキっ!…来て、くれたんだなっ」

ほっとしたゼンの顔にユキは少しばかり申し訳無さを感じて、気を紛らわすように辺りをキョロキョロと見渡した。

『…兄様。ぼく…何か、お手伝い…できますか?』
「ん?そーだな、じゃあパラソル、たててくれるか?」
『わかりました!』

芝生の上に横倒しに置かれていたパラソルのところまで小走りしてきたユキは、一本めの白いパラソルを手にとって、近くのパラソルベースに向かおうと歩き出した。

「持つよ」
『…っ…ぁ、……ありがと、ございます』

突然パラソルの端が浮いて、後ろからリュウの声がした。ユキは肩をビクつかせて、小声でお礼を返した。










その様子を離れた場所から見ていたゼンは、“大丈夫か、始まる前からあれで”と、内心思いつつも、成り行きを見守っていた。

「そんなに心配か?」
「………ミツヒデ」
「顔に出てたぞ」
「…なぁ、…ユキは本当に楽しめると思うか?」
「始まってすらいないじゃないか」

ゼンの悩みをくすっと笑い、ミツヒデは「大丈夫さ、ほら」とユキたちに視線を向けた。








準備からこんなじゃ、、、。

後ろのリュウが気になって、視線は前に、気持ちは後ろ向きだった。自分でも身体に力が入ってるとわかるくらいだから、傍から見たらきっとぎこちない。

どうしたら、仲良くなれる?
どうしたら、緊張しなくなる?

きっと兄様方はこんなちっちゃな悩み事なんて、抱えたことはないんだろう。兄様だって最初から王子らしくはなかったかもしれないし、不安はあったかもしれないけど、表に出してしまわないように振舞っていたに決まっている。僕なんかと違ってきっと悟られないように堂々として、立派だったに違いない。僕にはきっと、気品や立場や役割をしっかり分かっていたんじゃないかな。

「………ねぇ、」

おどおどしてばかりの僕は、国の恥にならないかな。人前に出るときには、出来る限りの緊張感で、粗相をしないようにしてるけど、どこで綻びが出ているやらわかったものではない。

「…ねぇ、ってば」

陰では噂されているんじゃないかな。第二王子は頼りないって。きっとそう。だって、

「……ユキ王子!」

名前を呼ばれて、振り返る。リュウが、彼には似合わない少し焦った顔で、「どこまで行くの?」と問いかけてきた。

『え、……っと、』
「御茶会、向こうの芝生だから、もう過ぎてる」

リュウは自分より後方を指して伝えてきた。

『ぇ、ぁ、………ごめん、なさい!』
「あ、のッ」

急いで戻ろうと身体の向きを変えた時、向かい合った彼が「ずっと言いたかったことがあって…」と、小さめの声で言った。

「おれ、考えてなかった、から、傷つけること、言ってたんだって、あとから気づいた。おれの言葉で、いろいろ、悩ませちゃってたみたい、だから……ごめ、」
『あっ謝らないで、』
「えっ……」
『…くだ、さい』

語尾だけはつまってしまったけど、はじめて彼の顔を真正面からしっかり見れた。エメラルドグリーンの綺麗な瞳に、驚きの色。キラキラしてすごく綺麗だなって、もう何度も会っていたのに、今初めて気づいた。眩しくて見てられなくて、でも自分の言葉でしっかり伝えたくて俯いた。

『リュウ…さんが、ぼくのためを想って…助言して下さったことを、撤回……してほしくないです。ぼくには、まだ勇気がたりないけど、弱虫の、今の自分のままじゃ、駄目だってことも…、気づいてます。ありがと、それから』

それからも…、もし君がよければ………、これからも仲良くしてくれると嬉しいです。







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