君がこの場所にいることを
走って飛び出してしまったユキと話をしたかったゼンは全力でその背中を追った。ただそれも途中で見失って、ミツヒデや木々と手分けして探していた時、ロカ園で倒れかけていたユキを保護できた。
薬室長曰く、ロカの実は強い香りで酔いやすい植物なので、そのせいで倒れたのだろうとのことだった。
白いベットの上で眠るユキの目許は赤く、あのあと一人で泣いていたことが一目瞭然だった。
傷つけたくて、聞いたわけではなかったのにな。
額の髪を端に寄せて、そのまま髪を撫でてやる。思えば、彼に触れたのはこれでまだ2度目だったな、と気づいた。
「……目は覚めそう?」
「リュウか。いや、まだだ」
「そう…」
ガチャリとドアから入ってきたのは、宮廷薬剤師のリュウだった。手に持つトレーにはティーセットがのせられている。
「お前には偉そうな事を言っておいて、俺は情けないな」
隣りに座ったリュウに苦笑いを返す。
「…おれとは状況が違うよ」
「それでもだ」
「……俺は家族とも仲良くなれていない。ただ、諦めるつもりはないがな」
ゼンは本を読み始めたリュウを横目で見た。
「昔からこうなの?」
「…ん?…あぁ」
話しかけられると思っていなかったが、リュウの言葉にふと昔を思い浮かべた。
「母上が王城を離れた時、ユキはまだ言葉を話せないほど幼かったんだ。ただあの頃からずっと人の背に隠れていた」
母に挨拶を、と言われた時も、相手を見て名を告げるだけなのに、目に見えて緊張が伝わってくるほどだった。声が震えないように精一杯で、カタカタ震える身体を、足にひたりとつけた両手に力拳を作るほど固く握って堪えていた。
「……向こうにいる時も必要最低限しか人前に出なかったそうだ」
走り去っていく後ろ姿を思い出すたび、全身で拒絶されているようで、心臓が握りつぶされるような痛みに襲われる。もう何度あの小さな背中を見ただろう。
「さっき薬室長に聞いた。酔っただけだろうって。けど、俺はそうは思わないよ。…一因ではあるだろうけど。…気疲れしていたんだ。コイツ人の多い場所が苦手だから」
「きっと戸惑ってるんだね」
「……あぁ………、って白雪?!」
「ん?」
あまりに高い声に驚き顔を上げると、ベットを隠すようにと設置されたカーテンで作られたパーテーションをめくるように白雪が顔を覗かせていた。
「戸惑ってるなら尚の事、ゼンが支えてあげなくちゃだね」
「支えて、か。ただ俺は……避けられてるからな」
「怖気づいてるの?」
「……慎重にもなるさ」
ゼンはため息を吐くと、視線を再びユキに戻した。
「ユキとはこれから一緒に生活していくんだから」
ゼンの言葉に暫く沈黙が出来た。
「おせっかいしてあげなよ、おれの時みたいに」
「それにそこまでユキくんのことを知っているのなら尚更ゼンがリードしなきゃ!」
沈黙を破ったのはリュウだった。それに同意するように白雪が首を首肯させる。
「……リュウ、…白雪。サンキュな」
「わぁ、近くで見れば見るほど顔立ちそっくり!」
「昔ハルカ公にもお前の幼少期そのままだななんて言われた」
「そうなんだ!」
屈んでユキを見ていた白雪に、「そういえば、どうしてここに?」と尋ねれば、はっと今思い出したかのような表情で笑った。
「ミツヒデさんが探してたから、ゼンを呼びに来たの」
ユキくん見てたら忘れそうになっちゃってた、なんて照れたように言う笑顔に、ゼンまでつられて笑った。
「もう少しでミイラ取りがミイラになってるとこだったな」
「うん、危ない危ない。でもユキくん心配だね。起きてからにしようか?」
「んー………」
ゼンがうなり声を上げながら決めかねていると、隣から「おれが見てるよ」と声がした。
「……いいのか?リュウ」
「うん。元々そのつもりで来たし」
「じゃあ……頼むよ」
本から顔を上げたリュウは、落ちてきた横髪を耳にかけた。
「ん、いってらっしゃい」
ゼンはもう一度髪を撫でて、ユキのことを最後まで気にしながら扉から出て行った。