中編 | ナノ
流月

最後に夕希を見たのは、真っ白な病室の中でだったと思う。近海であった海難事故に父親と共に巻き込まれた夕希は三日ほど意識が戻らなかったが、幸い命に別状はなかった。

しかしあの事故で俺は仲良くしてくれたおじいさんを亡くして、大切な友達の夕希も危険な目に遭った。それから海が悲しいと言うより恐くなった。

海には得たいの知れない何かがいるようで。



親戚の伯父さんたちとの夕食を終え弟たちとゲームでもしようかとした矢先、タイミングを見計らったかのようなチャイムがなった。

手の空いていた真琴は玄関へ向かい、ドアを開けた。

「あ、ハル…。どうしたの?」

ドアの先にはまだ制服姿の遙がいた。
目線が交わると、ふいと外して後ろをふりかえる。

「ほら、着いたぞ」

遙が手を引いて俺の前に押しやる。
その子はフードで目元を隠していた。
両手はそれぞれ身体の横で固く握られている。

「ハル、この子は……?」

俯いたまま何も話さないその子に、真琴は遙を見た。そんなときか細い声が聞こえた。

『まこ、と……』

聞きなれない声。
しかしどこか懐かしい。
遙から声を発したらしい少年に目線を落とした。

「俺のこと……、知ってるの?」

その問いに頭が小さく上下した。

「フード、とってもいい?」

『……自分でとる』

そういうと少年はそっと片手で黒いフードをとった。
中からは綺麗な飴色の髪が表れる。柔らかそうなその髪が、風でふわりと揺れるのを見て、真琴は小さく呟いた。

「もしかして……ゆうちゃん?」

『…………』

「ゆうちゃんだよね?」

確信があった。
夕希は祖母の血が濃く髪色が独特だった。本人は嫌がっていたけれど、俺は優しいこの色が大好きだった。いっこうに顔をあげてくれない彼のことを遙に聞いた。

「ハルがゆうを連れてきてくれたの?」

「…………行くと決めたのは本人だ」

その言葉は本人からではなかったけど、とても嬉しかった。

「あぁ!立ち話も何だし、家に上がりなよ。伯父さんたちも来てるし……あ、ハルも夕食まだなら食べてかない?」

「俺はいい」

『えっ、帰っちゃうの!?』

門に向かって歩き出した遙の言葉にそれまで静かだった夕希が焦ったように言った。俺の知らないところで二人は仲良くなっていたらしい。……少し複雑な気持ちだ。

「送って来ただけだからな」

『……そっか。あ…ありがと、はるくん』

遙はそれだけ言うと、「また明日な」と帰っていった。夕希は暫くその背中を見つめていて、見えなくなると、息を吐き出した。俺からはその表情が見えなかったけど、何となく夕希が困惑しているような気がした。

「夏とはいえ寒いだろうし、そろそろ入らないか?」

『あ、……うん』

ぎこちない返事を聞きながら、先に玄関へ上がると、夕希もすぐにやってきた。

『お邪魔、します』

「どうぞ!…あっ、ゆうは夕食食べ…」

『空いて、ない』

「…そっ、そっか!じゃあ俺の部屋先に行っててくれないか?階段あがって、奥の左手にあるから」

『……うん』

夕希が階段を上がって行くのを見届けて、真琴はため息をつく。5年以上も話していない夕希とは距離がだいぶ離れてしまったみたいだ。

どんな風に話したらいいのか。
どれくらいの距離ならば不快に思われないか。

そんな心配事ばかりが頭をめぐり、会話もうまくいかない。玄関前でもう一度ため息をはきかけていると、リビングから弟たちが顔を出した。

「兄ちゃんお客さんは?」

「あぁ、俺の部屋だよ?」

「これママがお茶菓子だって!」

「ありがとう、ゲームはまた今度な」

可愛らしい柄のトレーには、お菓子の他に飲み物のコップが二つあった。飲み物にはミルクティー。昔、夕希が好きだった飲み物だ。母さんたちにさっきの会話が聞こえてたのかもしれない。

せっかく向こうから会いに来てくれた。
緊張しっぱなしでどうする。
歩み寄ろうとしてくれている好意を無駄にしちゃいけない。ハルも、母さんも後押ししてくれた。
俺が近寄っていかないで、どうするんだ。

真琴は「よしっ」と気合いをいれ、階段を登り始めた。踊り場の窓から見えた空には、綺麗に三日月が輝いていた。





帰り道に見えた三日月に、遙は目を細めた。

夕希は上手く話せているだろうか。
真琴はどうだろう。社交的だけれど、こういうときは緊張しているかもしれない。

きっと大丈夫だ。上手くいく。

……いつか三人で話せる日は来る。
その時には二人とも、笑ってくれる。



遙にはそんな確信がわいていた。




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