日常
「夕希!ご飯できたって、母さんが……」
隣りの部屋を覗き込んでまず真っ先に目に入ったのはドアに背を向け机に向かっている彼の姿。集中しすぎて周りの音が聞こえなくなるのは昔からの癖だ。
「夕希ってば!また難しい本読んでるー」
肩越しに覗き込んで身体を揺すってあげると、『わっ!』と驚いた声にカタッと椅子の動く音がした。
『またやっちゃってたんだ。ありがとね、渚』
イヤホンを外しながら照れ笑いを浮かべたのは、渚と同じ髪色の少年だった。
「……ねぇ夕希は宿題終わってる?」
お昼ご飯の冷やし中華を食べながら、隣りに座る彼に問いかけた。
『7月には終わってたよ』
「えぇ!で、でもノートに何か書き込んだり…」
『あれは予習だよ。一応進学クラスだから』
「そんな
!」
夏休みはあと数日程しか残されていない。毎年この時期に聞かれる渚からの質問の意図を読み取った夕希はふふっと笑って言った。
『心配しなくても手伝うから大丈夫だよ』
「ホント?!」
『二言はないよ』
「ありがと
!夕希、だーい好きっ」
箸を持ったまま抱きついてきた渚を支えながら、まだご飯中だよと注意する夕希の表情も晴れやかだ。
『ん、くすぐったい…よ』
「へへっ、夕希いいにおーい!」
首もとですんすんと鼻を近づけると、清潔感を感じさせるシャンプーの香りがした。
「ほら宿題やるならじゃれてないで早く食べちゃいなさーい」
『「はーーい」』
母の声に二人で返事をすると、「相変わらず仲いいわね」と、くすくす笑った。
『はじめは何の教科にする?』
「ドリル一冊やらなきゃだから、数学かな」
細く切られたトマトを食べながら、夕希に答えた。
『成程。苦手科目から潰そうってわけだ』
「…夕希だってあるでしょ?」
「まあね」
夕希がクスッと笑う。その笑みは肯定なのか、否定なのかは分からなかった。
夕希はいつだってそうだ。
本心まで読み取れない。産まれてからずっと一緒の僕より近くにいて分からない。だからこそ、そんな僕よりも夕希のことを理解し合える人が現れたら、きっと嫉妬しちゃいそうだ。
でも僕は…そんな存在の登場を、待ち望んでさえいる。