中編 | ナノ
心配事

「ねぇ、ハル。夕希君って蓮に似てるよね」

夕日も海に沈みかけ、辺りが橙から赤に染まりはじめた。幼馴染の突然の質問に遙は足を止め、前方をゆく背中を凝視した。

「どうしたんだ?急に」

止まった足音に、真琴もまた歩みを止める。

「……昨日さ、蘭と蓮が口喧嘩しちゃって。蘭は大きな声で自分の意見を堂々というけど、連は強く言われたら自分からずばっとは言い出せない」

「……あぁ」

それは納得できる。蓮は蘭にひどく言われたら泣いてしまう。それは幾度となく橘家で目撃してきた光景で、今ではもう見慣れてしまったくらいだ。だからこのあと真琴の言いたいことも難なく想像がついてしまった。

「………だから、夕希君と渚は二人に似てるなって」

振り返った真琴はいつになく真剣な表情だった。あの夏の大会ぶりくらいか。

「蓮を見てると夕希君が浮かぶんだ。今はまだ、気持ちを正直に話せるからいいんだけど、もっと大きくなったら言いたいこと抱えてしまう気がする。……夕希君の場合、昔からあまりおしゃべりだったわけじゃない。でも、」

「落ち着け真琴」

「ハル……」

「必ずしも仲違いとは限らないだろ」

一呼吸おいて真琴をみた。不安そうな表情は未だに晴れずじまいでこっちの次の言葉を待っていた。

「それに、お互い気持ち次第でいつでも関係は変えられる」

過去の俺達がそうだった。

遙の言葉に真琴が目を見開いた。みなまでわかるのは遙をよく知っている真琴だからだろう。ふっと力が抜けたように、「そうだね」と笑った真琴に、遙もようやく気持ちが落ち着いた。








「ただいま!」

「渚、ご飯できてるよー」

「はーい」

家に帰ればリビングでは三女がテーブルへと皿を運んでいた。その向かい側にはいつもいないはずの、夕希の姿が見えて、渚は盛大に咳き込んだ。

「えっ、えと…夕希?待っててくれたの?」

何で、どうして、いつもはいないのに。何ヵ月かぶりに見た夕希の姿に動揺しない方がおかしい。いつも、夕飯は姉達と食べていたし、お風呂は夕食前に先に入ってしまっているらしいから、渚の帰ってくる頃にはもう部屋に籠ってしまっていた。

『おかえり、渚』

それぞれの席に箸やら汁物を並べていた夕希は、ドアの入り口にたったままの渚に苦笑した。

『荷物置いておいでよ』

「え、あっ、う、うん!」

階段をかけあがりながら、さっきみた夕希を思い出していた。ちょっと痩せたみたい。でも顔色とか悪そうには見えなかったな。


スキップまじりのステップでリビングに戻ったけど、やっぱり見間違いようがない。夕希が座ってる。隣の椅子をひいても、避けられたりすることはなかった。

「あ、おかえり!渚」

「え、お、お姉ちゃん?!」

キッチンの奥にいたのか、家を離れていた長女が大皿を手にやってきた。後ろには母さんと次女の姿もある。

「久しぶりに全員そろったわね」

笑顔で笑う母さんは心底嬉しいのだろう。父さんはまだ帰宅していなかったけど、姉さんとあったのはお正月以来だから半年以上ぶりになる。

「今日は料理も多めだから、夕希もしっかり食べるのよ?」

いただきます、と手を合わせてそれぞれの箸が動き出す。渚も目の前に並んだエビフライに橋を伸ばしかけて、空中で動きを止めた。

『ちゃんと食べてるよ』

久々に聞く夕希の声。隣の張本人は小分けにされたサラダからトマトを取り出しながらそう言った。

「この頃はサラダだけじゃない」

タンパク質が足りないわ、と母さんがため息を吐き出す。

「それだけなの?!」

渚とそれから長女と次女が声を揃えて驚いた。

「そーなのよー。この後は寝るだけだからー何て言って。食べない日もあるくらい。でも夕希、母さん知ってるのよ?夜中まで起きて机に向かってるの」

つーーんと素知らぬ顔でお味噌汁を飲む夕希に、「そんなんだから細っこいのよ」と次女が言った。

「夕希も渚みたいに運動部入ったら?」

『成績下がってもいいのなら入るよ』

「えー、下がらないわよね?きっと」

夕希はそういって母さんを困らせていた。けれど、夕希なら両立させてしまうに決まってる。中学生の時だって、担任に推薦されてしまった生徒会とクラス会長をこなしながら、学年首席を1度も譲らなかったんだ。

「渚は?この前のテストどうだったのよ」

唯一まだ家を出ていない大学生の三女に話題をふられ、予期せぬ変化球を食らった。

「え、……っとね、数学がちょっと…」

他のはまだ平均点かそれ以上は取れていた。数学だけは赤点とまではいかないけれど、ただあの怜ちゃんが頭を抱えてしまったほどだ。真面目な眼鏡の同級生の苦々しい表情を思い出し、渚も苦笑した。

「…夕希教えてあげたら?」

『僕、文系』

「でも習うでしょー?」

『残念ながら渚は数学T、僕の学校は数学Aからで、内容が全く違う』

夕希はずずずーっとお味噌汁を啜った。

『それにやれば出来る子だよ、渚は』

その言葉に渚は隣の夕希を見た。自分と同じ母親似の大きな瞳は伏せられている。本心なのかは目を見ればわかる、そんな気がした。気がしたんだけど。やっぱり夕希は教えてくれないみたい。

それよりも気になったのは、さっきの夕希の言葉だ。夕希は範囲が違いなんてごまかしていたけれど、夕希はちゃんと教えてくれた。テスト勉強の時だって自分の勉強もあるのに夜まで付き添ってくれた。分かんないことがあると一緒に分かるまでそばに居てくれた。それなのに、どうして誤魔化すんだろう。


『それより姉さん。話があるから集めたんでしょう』

食事はさっきのお味噌汁で終了したらしい。夕希の言葉でハッと我に帰った。箸を置いて、長女に視線を向ける。それに続き、夕希の視線も、彼女に目線も移った。










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