先輩と後輩
「どんな言葉で飾るよりも
生きるちからを持ちつづけて
はるかな空には虹も輝くから
つよく、つよく、歩きつづけて」
歌い出しは綺麗に響いた。ソプラノ・アルト・テナーがバランスよく、体育館へ飛んでいく。夕希は伴奏を弾きながら、瞳を閉じた。
「Dreams come true together 夢をすてないで
Dreams come true together かならず叶うから」
出来は他のクラスよりもよかったと思う。練習の時からずっとこの合唱曲聞いてきたけれど、その中でも一番。賞がとれたらいいなぁと夕希の中に淡い期待が生まれた。
伴奏者に選ばれたのは自分からではなかった。ただ同じクラスにたまたま中学の同じ子がいて、その子に夕希は推薦されたのだ。吹奏楽部は数名いたけれど、打楽器専門だったり、ホルン吹きだったり、そして推薦してきた彼女自身が吹奏楽部の部員だったことも信用にたる一因であった。
合唱祭は午前中を使って行われ、一学年6組が終わるごとに休憩を挟み、最後にそれぞれの学年合唱のあと結果が発表される。その一年の部が終わった休憩で、夕希は偶然宮原に遭遇した。
「夕希君、ピアノ弾けたんだ?!すごく聴き入っちゃった、上手なのね」
『…み、…宮原さんの歌声も、よく響いてたよ』
「ありがとー。でも本当驚いちゃった、習いごとしてたの?」
『違うの。祖母が…子守り歌代わりに…。だから…見よう見まねで』
「それって殆ど独学じゃない!」
『祖母に……たくさん聞いたから、独学じゃないよ』
それでもすごい、と宮原は夕希に笑いかけた。夕希にとってこの学校で唯一話せる女の子が彼女だ。図書室を頻繁に利用していて、本もたくさん借りている。夕希より読書家で努力家で、委員長も務めてて、すごいのは宮原だ。
そんな彼女と話していれば、後ろから見慣れた顔ぶれの方々がみえる。
本当に仲が良いんだ。
クラス、皆さん違うだろうに。
その中にいた一人がこちらに向かって叫んだ。
「いいんちょー!夕希くーん!」
「さ、山岳?!」
手を高くあげて振りながらやってくる真波に、宮原は「もしかして今登校?もう出番終わっちゃったわよ?今まで何処にいたのっ!」と、怒鳴りつけてる。
「いやー、天気よくて坂が呼んでたんだ!いくっきゃないでしょ?」
「学校休むのは当たり前、みたいに言わないの! 」
「え、夕希君の演奏終わっちゃった?」
「当たり前でしょ」
先日彼女から紹介されてから、真波から声をかけられることが増えてきた。そのたびに夕希は声や身体が震えないように努力するのが大変だったけれど、彼には非がないのだから頑張って耐えていた。
「やぁ真波君、合唱祭楽しんでる?」
『新開先輩っ…』
真波の後ろからついてきたのは、背の高い新開で、その後ろには荒北や福富の姿もある。委員長と真波をちらりと見た夕希は視線を前の上級生に戻すと、荒北に頭をぐしゃっと撫でられた。
「ピアノなんてやるじゃナイ!てか不思議チャンと知り合い?」
『有り難うございます。つい…この間からです』
「……もしかして靖友、ちょっとだけ嫉妬した?」
「ハァ?!何いってんのォ」
新開がニヤつき荒北を小突くのを見ながら、あっと気づいたことを呟く。
『カチューシャの……、黒髪な先輩は一緒じゃないんですか?』
「ん?あぁ、尽八はね…」
新開がいい淀んでいると、後ろで福富が「あそこだ」と指先である一点を指した。そこには賑やかな女子集団がある。夕希は何となく頭で理解してしまい、苦笑を漏らした。
『…………大、人気なんですね』
「まぁいつものことだから気にしててもね」
『そう、なんですか。……皆さんは何時も一緒だと思ってました』
「ん?興味ある?俺達に」
ちょっとだけ身体を寄せてきた新開に夕希はたじろぎながら後退した。すると背中が壁にあたり、真正面には新開と、端からみれば壁ドンに近い体勢に冷や汗が流れる。
『ぇっと……その、新開先輩…、近いです』
「そう?」
わざとやっているのは一目瞭然で、楽しそうに笑っている新開に、夕希はどうしたものかと苦笑いした。
「ちょっと新開さん、夕希君困らせないでくださいよー」
そんな時夕希はぐっと右腕を引かれた。腕の先には真波の姿があって、よろけた身体も彼が支えてくれる。
「そろそろ休憩おしまいらしいからさ、もう席戻らない?」
『…ぁ、……でも、』
少しばかり身長の高い彼をみてから、後ろを振り返る。
「先輩たちなら気にしなくていーよ。じゃあおれたち先いきますねー」
『え、ちょっと……ま、なみくんっ』
有無を言わさないようにか、真波はぐいぐい腕を引っ張って夕希を引いていく。夕希は後ろにいた新開に『合唱楽しみにしてますっ』といつもより大きい声で伝えると、新開は手を振って答えてくれた。それから暫くは真波に連れられたまま後ろを大人しくついて歩いていた。
どーしたんだろ、真波君。
何か気に障ることしたのかな?
歩くスピードも少し早いみたいだ。
体育館に戻ってきたにもかかわらず、何もいってくれない真波に、夕希は腕を引いて『真波君』と声をかけた。
『ぼ、ぼくっ、何かしちゃった、かな?』
「夕希君?」
『…真波君、怒ってる……みたい、だったから』
「ごめん、怒ってはなかったんだけど」
曖昧に笑って足を止めてくれた彼に、夕希は息を整えつつ、『なら、よかったぁ』とほっとした顔で彼を見た。それを見た真波は夕希の手を離して、夕希に向き合うように立つ。そしてへらへらとした普段の表情を消し、真剣な目つきで言った。
「あんまり油断しちゃ駄目だよ、夕希君」
油断。
真波君に言われたその言葉はあまり意味が分からなかった。けど、あまりに真剣な表情だったから、自然と頭が動く。
「じゃあ残りの合唱祭も楽しもうね」
『真波君は今から、だね』
夕希の頷きに満足したらしく、へらへらっといつもの笑みを浮かべた真波に、夕希もふんわりと笑った。