窓際、一番奥の席
あれ、図書室にいた優等生チャンじゃナァイ?
不思議チャンを探しに四人で校内をさ迷っていた時、図書室にいた″真波″は別人だった。不思議チャンより背が低く、身体つきも如何にも文系ですといった具合に細くて、筋肉すらついてるのかあやしい。
1年の教室の片隅、窓側の席の後ろにそいつは座っていた。部屋の中で、そいつだけただ一人本を読んでいる。分厚い本を上から下へ、よほど集中してるのか周りが騒がしい会話に入っていないようだ。
まさに本の虫と呼ぶに相応しい光景だった。
「どうしたんだ?靖友」
前を歩いていた新開が足を止めた俺に気付き戻ってきた。
「ああ、真波か!」
「紛らわしィー…」
「それもそうだな。なら君づけで呼ぶか」
暫くそいつを見ていれば、ふと昔の自分の姿が重なった。誰とも関わらず、視界にすらいれない。俺みたいに腐ってるわけじゃねェし、ささくれだってもいねェけど、どこかほっとけない雰囲気があった。
それから頻繁に、あいつを見かけることが増えた。廊下や体育館、それから校庭、どこで見かけるときもいつも一人きりで行動していた。
「ナァ」
『…………っ!!』
食堂にいたあいつを見かけ、今日は思いきって近寄り話しかければ、大袈裟なくらいに肩をびくつかせた。
「…… よォ」
『………………ぇ、…ぁ…あの、』
「真波君、体調でも悪い?」
新開が荒北の後ろから顔をだし、目の前に座っていたこいつの血の気のなさに気づいて声をかけた。それにまた怯えたように身体を震わせた。
『……だ、……だいじょぶ、です』
「そ?ならいいけど……」
『…………ご心配、ぁっ、…有り難う、ございます。で、でも、……ぁ、……あの…………なぜ…』
「不思議チャンとは違ェけど、おめぇもなんつーか…気になんだヨォ!」
『…ぇ』
「食欲がないのか?」
久しいな、図書委員と、後ろからやってきた福チャンと東堂に、そいつはさらに身を固くして、ぎこちなく頭を下げた。
「うむ、フクのいうとおり量が減ってないではないかぁ!そんなんじゃ体力もつかぬぞ」
『………ぇ、と…………すみません』
「あ、謝る必要などどこにもないぞ?!」
何故涙目になっているのだ!と、東堂がわたわたしはじめる。事実、手に持っている弁当箱の中身は半分も減っていない。見る限り卵焼きが少しとハンバーグの半分、ふりかけのかかったご飯を何口か程度だろう。推測しまっている自分に笑いながら、「まァ、あんま無茶すんじゃねェよ」と、頭をひとなでしてやった。それにもやっぱりびくっと肩をはねあげる。
こいつ、うさぎみてェだな…
新開の世話してる小動物が浮かんで、頬がひくついた。
『ありがとうございます』
耳にやっと届くくらいの小さな声でお礼が聞こえて、そんな怖ェくらいなら返事しなけりゃいいのになんて思いながら、「おー」と相槌を返す。
これ以上怯えさせんのも本意じゃない。だから今日のところは別のところで食うことにした。
まァ、一度知り合った程度の上級生に囲まれりゃ、怖がんのも無理ないかもねェ……。
五時限目、教室で大人しく授業を受けていれば校庭を走る下級生がみえた。どうやら体操着の色からして1年のようだ。種目はソフトボールらしく、中央にいる生徒が下からキャッチャーミットめがけてボールを投げている。それを暫く眺めていれば、見知った背格好の奴が座席にたった。
あいつ、真波じゃねェの?
不思議チャンも真波だが、そっちではない。真面目チャンのほうだ。
腕も細ェんだな……
制服に隠れていた部分も身体同様に細い。下手すればバットより細い。見た限りでは50キロもないのではないだろうか。
ピッチャーが振りかぶり、ボールを投げた。あいつが腰を落として構え、思いっきりバットをふった。すると運よくタイミングがあったのか、ボールは勢いよく飛び出して二三塁間を通過していく。あいつは一塁へ走り、三塁の生徒はホームまで戻ってきた。一点追加点である。
なかなかやるじゃナァイ!
周りからも″真波よくやった!″″うまく当てたなっ!″″逆転だぜー!″なんて歓声があがっている。あいつも当然喜んでいるものだと思って、一塁にいたあいつに視線を戻せば、蹲った姿勢で顔を埋めていた。
……やっぱ体調悪かったンじゃねェか。
無理してんじゃねェよ。
あいつは指導教員に付き添われて、校舎に戻ってくるのを見ながら、早く授業終わんねェかな、なんて時計に視線をやった。
庇護欲そそる?つーか、
独りにさせときたくないつーか、
ほっとくと危なっかしいつーか、
…………なんつーかそんな感じなんだヨ、言わせんな!