中編 | ナノ
欠片のセカイ

私立箱根学園高校。

夕希の通うこの高校には有名な部活が存在していた。その部活は運動部に分類されるはずなのだが、これまた普通高校では珍しい部活だった。お金がある私立だからあるのかもしれない。部活の名前は自転車競技部といった。

そんな彼らが、自転車で裏門から走り去っていくのを、夕希は2階の図書室内からみることが多かった。その理由は委員会が図書委員のため。夕希は毎週月曜日、一番憂鬱な日にちに割り当てられていた。

実は相方もいるはずなのだが、同じクラスメートの彼は、残念ながら入学式の1週間後から姿を見せなくなってしまっている。なので、実質的には夕希一人で当番をこなしていた。

そんな憂鬱な日課のなかでの唯一の楽しみが彼らをみることである。夕希は帰宅部であるため自転車競技部の彼らとは話したことなど皆無だが、あの自転車が普通の自転車と違うことや、ロードバイクという名前であること、彼らが参加する大会はロードレースということなどは知識として知っていたし、実際に大会も見たことがあった。なので姿が目にはいるだけで、ちょっとだけ元気を分けてもらっているというわけである。そして見た目がインドア派の夕希は、見ているだけでも元気になれるのである。


何冊か本を積み重ねて運んでいた夕希は、今日も窓ガラスごしに彼らが見えて、自然と口元が緩んだ。

『…………今日もやっぱりいないか』

ひとりきりの図書室に夕希の声だけがぽつりと消えていった。本を指定された棚に戻しながら、″いつも通り″に笑ってしまう。最初は姿がみえるので暇潰し程度に見学していた練習風景だったはずなのに、今では部員の顔くらいは把握してしまえるほどにまでなってしまっていた。そして揃っていない部員がわかるくらいには記憶してしまった。

最後の一冊を棚に戻そうとして背を伸ばす。夕希よりも頭ひとつ分高い位置にある棚は、精一杯のばしてみても僅かに届かない。

もうちょっと身長が高ければなぁ。
あーあ、残念。

ため息ひとつこぼしてカウンター裏にある踏み台を取りに戻れば、視線のすみに特徴的なアホ毛の少年がうつった。

彼の名前は学年でも遅刻魔として有名で、違うクラスの夕希ですら聞いたことがある。

『これから部活いくんだ』

ひょこひょこ髪を揺らしながら、部室の方角へ向かう彼の背中を見守りながら、今日は補習かななんて考えをめぐらせた。

無事に踏み台を手に、さっきの宿敵本棚に向かい本を戻したところで、ばばーーん!と扉が勢いよく開き、「まーなーみーーっ!」と、とてもハリのあるが響く。夕希はというと、あまりに突然のことに驚いて踏み台に乗ったまま硬直してしまった。

「尽八、仮にも図書室なんだからもっと静かにあけなきゃ駄目じゃないか?」

「しかしだなっ!」

「つか不思議チャンいなくナァイ?」

夕希がおそるおそる入り口に目を向ければ、四人の先輩方の姿がみえる。あれは確か自転車競技部の先輩方のはずだ。

『………″真波″は僕ですが』

夕希が一応答えておこうと小さな声で答えれば、カチューシャをつけた先輩が「君も真波というんだな!」と驚いていた。

「真波違いだな」

「そもそもあの不思議チャンが図書室に来るわけないじゃナァイ?!」

「それもそうだな」

金髪の先輩に納得して、つり目の先輩が疑問を口にし、その言葉に茶髪の先輩が同意した。そのあと茶髪の先輩がこちらに視線を向けてきた。

「騒がしくしてすまなかったね。ところでおめさん、自転車競技部の真波は知ってるか?」

『あ、彼ならさっき部室の方に……』

「何ッー、入れ違っていただと?!」

全部を言い終える前にカチューシャ先輩が遮り、金髪な寡黙先輩が「……戻るか」とだけいい、一礼して図書室を出ていく。

「待つのだフク!あぁ、荒北も置いていくなッ」

そのあとを黒髪のつり目先輩が黙ってついていき、カチューシャ先輩も追いかけていった。賑やかな人たちだな、なんて他人事みたいにみていれば、最後に残った茶髪のイケメンな先輩が「助かったよ、ありがとな」と、何故か男の夕希にウインクをしながら出ていく。

……きっと、あの人はモテるんだろうなぁ。

どこか遠い目をしながら、夕希は暫くぼーっと立ちすくんでいた。



なんて眩しい人たちなんだろう
僕とは全く無縁の、セカイさえも違う人たちだからかな



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