空っぽのなかみ
「夕希見つかったんだって?!」
まなかを海で見つけて、眠りから覚める手掛かり探している最中のことだった。幼馴染みの中でまだ見つかっていなかった夕希がようやく発見された。見つけたのは、光だった。
「あぁ、こないだ汐鹿生にいった時にはいなかったのにさ、なんか海月みたいにふわふわ漂ってた」
あいつらしいっつか、なんつーか。
ため息を吐き出し、光は奥の部屋の方を見た。
「それで、夕希の様子は?元気にしてる?」
「流石は夕希の兄貴分だな」
「茶化さないでよ、光。まなかみたいに眠ったままなら心配だから聞いてるのに…」
「………見つかった、けど…今まで、一度も目を覚ましてない」
「えっ」
急にトーンの落ちた声に、思わず眉間にシワがよった。光を見ると、さっきまでの明るい表情はなく、真剣な眼差しで部屋の方を見ていた。汐鹿生でみた冬眠中の皆の姿が思い浮かんで、胸がつまるように苦しくなる。
「呼吸はしてるみたいだけどな…」
「…どういうこと?」
「まぁ会ってけばわかる」
光に案内され奥の部屋に進むと、白い布団に横たわる夕希の姿があった。見る限りではエナで身体を守られてはいない。膝をついて身体に触れてみた。そっと手を持ち上げると、ひんやりとした腕に驚く。
「まなかの状態に似てるね。………エナはあるみたいだけど」
自分でも驚くほど冷静な声だった。心臓は動揺して、気が狂ってしまいそうな程にどくどくと音をたてている。幼馴染み以上に大切な存在だったはずなのに、この落ち着きようはなんだろう。
「あぁ、冬眠中じゃないよな」
「うん、…それだけでもよかった。夕希の冬眠中の姿なんて見たくなかったから。………それこそ汐鹿生を見た美海ちゃんみたいになりそう」
「要…」
「………夕希と、二人きりで話してもいい?」
「わかった」
襖から光が出ていってから、それまで触れていた手を布団に戻した。さらさらとした前髪を耳の方へ流すと、長い睫の目元が見えた。
「……夕希が最後だよ、全く心配させないでよ。見つからないかと思った」
冬眠に入ったあの日、船から飛ばされてまだ水中で意識があったとき、別の船にいた夕希が僕の方へ向かってくるのをみた。
「要、要っ!」
必死に名前を呼んで、海流に逆らいながら泳いでくる。泣いてるのかもしれない。皆のまえじゃ泣かないくせに、ホントは人一倍泣き虫で寂しがりやで、女の子のまえじゃヤダってずっと意地はって我慢して、そんなとこが可愛くて、ほっとけなくて。その夕希が自分も苦しいはずなのに、一生懸命手を伸ばしてくる。
あの姿が冬眠前の最後の記憶になった。
僕はあの手をとれたのかな。
「近くにいたはずなのに、目が覚めたらいなかったから、すごく心配だったんだよ。のんきに寝てる場合じゃないって、夕希」
早く起きてよ。
今のまなかみたいに一週間以上眠ったままだったとしたら、光みたいにいつも通りでいられる自信がない。
「………、いつもみたいに隣にいてよ」
夕希のことになると余裕がなくなる。それだけ夕希には入れ込んでる。ちさきのことは好きだ。恋愛的な意味で好き。夕希はそうじゃなくて、何て言うか弟みたいで、何かと世話をやきたくなる。
いないと不安で、いつの間にかとても大切になってた。
この何日かの間が、何年にも感じられるくらい長くて、いつもは夕希が僕を必要としてくれてたっていうのに、今ではすっかりその逆だ。
光にはあかりさんとその家族がいて、ちさきには同じ五年間を過ごした紡がいる。僕には待っていてくれる誰かはいなかったんじゃないか。そう思うだけで、冬眠から覚めなければ、こんな苦しくならずにすんだのかなと心が弱くなる。
こんな姿、みっともないな。
とてもじゃないけど夕希には見せられないかも。
苦笑して立ち上がり、「学校あるからまた明日来るね、夕希」と声をかけた。
「……もういいの?」
顔をあげると襖をでた先に、ちさきと紡がいた。ちさきが心配そうにこちらを見てるのに気付いて、なんでもないふうを装って隣をすり抜ける。
「………心配ありがとね、ちさき」
紡がこちらを見ていた気がしたけど、気づかないふりをした。