中編 | ナノ
天真爛漫な少年の悩み事

『渚、ほら早くおいで?』

『泣いてちゃまたからかわれちゃうよ?』

渚。
名前を呼んで、いつも先導してくれた。
姉からいじめられても、同級生からいたずらされても、いつも楯になって守ってくれてた。

僕の大切な、夕希。


産まれた時から側にいてくれた大好きな味方。

その関係が崩れたのは夕希のある一言だった。


『僕はきっと渚のことが嫌いなんだと思う。だからこれ以上一緒にはいられない』



夕飯を食べていた時の日常会話をするような軽さで、夕希から拒絶されて一週間。

今日も怜ちゃんからうるさいと怒られた。

「もう渚君、最近鬱陶しいですよ」

「怜ちゃんひどーい」

「全く。溜め息なんて君らしくありません。早くいつもの渚君に戻って下さいよ」

心配してくれているらしい怜ちゃんは、そういうとほうれん草のおひたしを口にいれた。凹んでばかりじゃお昼が終わってしまう。それにせっかくの手作り弁当を残すわけにもいかない。仕方なく箸の先でつついていた玉子焼きを口内へ押し込んだ。

甘い方がすきな僕のために、砂糖を多めにしてくれる夕希の気遣いは、今は胸を締め付けるだけだ。

「夕希君って、渚の双子のお兄さんだったよね?」

「うん、そう。もう一週間顔も見てないんだ」

「…………一緒に住んでるだろ?」

「そーなんだけどー。何だか避けられてるみたい……なんだよね。朝は先にいっちゃって、夜は帰宅部だから早くって…夕飯とお風呂まですませて、部屋にこもってるみたい」

遙の質問にも覇気なく答えた渚に、水泳部の三人はそれぞれの顔を見合わせる。普段悩みのなさそうにみえる渚だけに、これは本当に緊急事態であることを察したのだ。


その中でも真琴の脳裏に浮かんできたのは、まだ当時小学生だった頃にみた夕希の面影だ。渚にはスクールが終わる時間に必ず迎えが来ていた。それが彼だ。

「夕希君が理由もなしに、嫌いなんていうかな……」

真琴はそんな一面をみていたせいか、イマイチ渚の話の彼と結びつかなかった。

「真琴先輩!……その、渚君のお兄さんはどんな人なんですか?」

あったことのない怜が、質問してきた。

「まぁ…俺とハルも小学生の頃しか知らないけど、スクールが終わって建物から出てくる俺達を見ると、丁寧に頭を下げてくれる礼儀正しい子だったよ」

彼は渚がいきなり抱きついても、優しく頭を撫で、穏やかに微笑んでいて、心から大切にしている存在なのだと感じるくらいだった。

だからこそ、疑問がわく。

本心からの言葉なんだろうか。

目があった遙も多分、同じ事を思ったのだろう。眉が僅かに皺をつくり、箸を止めてじっと一点を見つめている。

「夕希は僕のことたくさん考えてくれてた、と思うんだ。顔を合わせなくなる前日もね、部活から帰って疲れてるでしょってお風呂沸かしといてくれたよ?だからこそ、信じらんなくて………」

重くなった空気の中、口を開いたのは怜だった。

「渚君、何か思い当たる節はないですか?」

仲直りしたいでしょう?と怜が確認を入れた。

「そう言われても……。夕希は一度も怒ったことないからわかんないんだもん」

「怒ったことがない?!」

「甘すぎですよ、それ……」

「お姉ちゃんとかに怒ってたりするのは見たことあるんだけど…」

渚の話に真琴と怜は同時に呆れたような溜め息を吐き出した。 遙は遙で「真琴よりブラコンだったんだな」と納得したように何度か頷いている。

「じゃ、じゃあ一般的な話でいいです。これやったら駄目だろうみたいなことしませんでしたか?」

怜の質問に渚がくびをひねった。

「怒られること?最近だと5年くらい使ってた夕希愛用のマグカップ割っちゃった」

「それじゃないですか?!」

「でもその時は『テーブルの端に置いたのは渚じゃないから叱ったりしないよ』って言われたんだよね」

「大事にしてたものだよね?!」

真琴と怜が同時に肩の力ががくりと抜いた。

「あっ」

渚の言葉に「今度は何ぃ?!」と、表情を曇らせた真琴が過剰反応した。

「先月夕希から借りてたCDまだ返してなかった、かも。いつもはレンタルですませるのに唯一買い集めてるグループのなんだよね」

「なぎさぁ!!」

「……それにカバーかけるくらい……大切にしてる」

「渚君!」

「他にも大切にしてる本借りてるし……」

付け加えられた言葉に怜は名前を呼んで非難した。真琴と目線をあわせため息をはく。二人の中では普段からの渚の態度が原因なのではという結論が出ていた。

「帰ったらすぐ返してくださいよ!」

「わかってるって、怜ちゃん」

「ちゃんと綺麗な状態で返すんだよ?」

「マコちゃんも心配しすぎだよ!原因思い出せたから、来週には仲直りできてるはずだよ」

「本当ですかー?」

三人が賑やかに会話している最中、遙は思案顔で俯き気味で自分の弁当箱を見つめていた。

「……本当にそれだけなのか」

ぽつり。
呟いた台詞は、いつも気がつくはずの彼ですら気づくことはなかった。



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