中編 | ナノ
無邪気に笑う@大道寺知世

今日はさくらちゃんとさくらちゃんのお兄さん、それから月城さんと夕希くんの五人で、夏祭りに来ています。

『…………よく似合ってるね、二人とも』

待ち合わせ場所だった神社の入り口には既に夕希くんの姿があります。早いですね。さすが夕希くんです。

「ありがとう、夕希くん」

さくらちゃんがそれはそれはきれいに笑うと、反対にお兄さんはむっすりとして、わたしはくすりと笑いました。

さくらちゃん、かわいいですものね。

お兄さんが気が気でないのも、少しわかる気がします。でもわたしが見ている限り、夕希くんはさくらちゃんに気があるようには見えないんですけどね。夕希くんが来てくれたんた理由も、月城さんが誘われたからだそうですし。 それでも心配なんでしょう、家族としては。

「どうしてお兄ちゃんといっしょじゃなきゃだめなのよー」

「人出も多いですからお兄様ご心配なさったんですわ」

「でも雪兎さんもいっしょだからうれしいかもっ」

さくらちゃんは嬉しそうに団扇で口許を隠しました。わたしと夕希くんとおそろいのうさぎ団扇です。ふと横に並んださくらちゃんのお兄さんに一瞬顔に熱がたまり、顔が暑くなりました。横顔にというよりは、その形にどきりとしたんです。さくらちゃんと同じ形の綺麗な耳に。

「あっ!りんご飴!お兄ちゃん買って!」

私と知世ちゃんと夕希くんと雪兎さんの分!と、店を指差しながら、さくらちゃんがねだりました。

「おまえの小遣いはどーした」

「お兄ちゃんバイトしてる。わたしお兄ちゃんがバイトの間 全部お皿洗った」

さくらちゃんの言葉に、お兄さんはしばし悩んでから、出店で纏めて4つ分を買ってくださいました。さくらちゃんは手をあげて大喜びでしたが、正直申し訳ない気持ちが、心のすみにありました。


「はい、知世ちゃん」

「ありがとうございます、さくらちゃん」

さくらちゃんからりんご飴を手渡され、舌先で舐めると、やっとお祭りに来たんだと実感がしました。ふと後ろにいる夕希くんを気になって振り返りますと、手にりんご飴を持って、棒立ちになったままの夕希くんがいます。

「……夕希くん、どうかなされました?」

わたしが尋ねると夕希くんはちらりとわたしの方に視線をうつして呟きました。

『これ、……初めてたべた』

瞳が僅かながらに輝いているようにみえます。もしかしたらそれは屋台の証明の強い光のせいもあるのかもしれませんが。

「どうでした?」

『…………すき。おいしかった』

「甘いものお好きなのですね。お祭りにはつきものの屋台ですけど、夕希くんの地域では売ってなかったんでしょうか?」

『……そうじゃないよ』

「というのは…?」

『ぼくがお祭りにいかなかっただけ』

お兄さんや月城さんと話していたさくらちゃんの耳にもその言葉が届いたようで、「じゃあ誘っちゃ駄目だった?」と、不安そうに言いました。

さくらちゃんの脇にいたお兄さんや月城さんも、心配そうに夕希くんを見つめています。

その目線に耐えきれなかったのか夕希くんが前髪で視線を遮断しました。

『いままでは気乗りしなかっただけ。……今日はたのしいよ』

浴衣まで貸してもらったし、と視線をあげた夕希くんは、目が合うとふいと外してしまいました。ちなみにその夕希くんが着ている浴衣はさくらちゃんのお兄さんの私物です。

「よかったぁっ!」

さくらちゃんが無邪気な笑顔で笑いました。ここのところ夕希くんと月城さんの事故やペンギン公園での幽霊騒ぎとたて続いて不安なことばかりありました。だから本当に久しぶりに笑顔を見た気がするのです。

「またお誘いしたら来てくださいますか?」

夕希くんは何度か瞬きをしてそれから小さく頷いて答えてくれました。ほんのわずかですが、夕希くんは歩み寄ってくださっているのやもしれません。







その夜、わたしはさくらちゃんとペンキン公園の幽霊退治へ行きました。みんなのためにと行ったのですが、水中のさくらちゃんからオカアサンガイルというメッセージが送られてきてすぐ音信が途絶えました。

溺れてしまったさくらちゃんを助けて下さったのは近くを通りかかった月城さんでした。お兄さんに連絡をとってくれると月城さんがおっしゃってくださって、ケロちゃんと少し落ち込みながらその日は家に帰りました。

翌日。
さくらちゃんのお見舞いと、ケロちゃんの見送りを兼ねて外出しました。ケロちゃんの提案で例のペンギン公園の池の近くを通りましたが、今日は何も見ることが出来ませんでした。



「何で池に入れへんかったんかなー」

ケロちゃんがバスケットの中で、悔しげに呟きました。

「……さくらちゃんのお母様のことも気になりますね」

お詫びをこめて公園で花を摘みたい。
ケロちゃんに言われて、公園のベンチに座った時でした。ケロちゃんがバスケットから出かけていくのを目で追いかけていると、その先のベンチに夕希くんが座っていらっしゃいました。

「夕希くん?こんにちは」

近づいて話しかけると、木陰の下で本を読んでいた夕希くんは、あまり驚くことなく顔をあげてわたしの方を見ました。

「お一人ですか?」

そう尋ねるとこくりと小さく首を縦にふり、ポケットからハンカチを取りだして木製のベンチにひいてくれました。これは隣に座ってもいいという夕希くんの配慮でしょうか。

わたしが首をかしげると夕希くんはハンカチに視線を向け『どうぞ』と言いました。いつの間にか手元の本は栞が挟まれ閉じられています。

「ありがとうございます」

『べつに。それより…』

「えっ?」

『…何かあった?』

座って早々にきりだされた話題に、思わず夕希くんの顔をみました。夕希くんの視線は手元の本に向けられたままで、特にこれといった変化はありません。

「どうして……そう感じられたんですか? 」

『……いつもの大道寺さんじゃないから』

さっき声をかけたときに目があっただけで、夕希くんは元気がないことまで見抜いたのでしょうか。答えを出せずにいると、夕希くんは前髪を耳にかけながらわたしの方を見ました。

『……何度かため息をついてた。……気づいて、ないの?』

「えっ」

告げられた事実に口許を押さえると、続けて夕希くんが言いました。

『…………木之本さん?』

「っ!?口にしていましたか?」

言葉を聞いたときは無意識に呟いていたのかと思いました。でもそれは違うようで夕希くんは左右に首を振ります。

『すっごく大切にしてるから。だからそんな気がしただけ』

「夕希くん……。よく見ていらっしゃるんですね」

『……そうでもないよ』

それだけいって膝に本を椅子に置いた夕希くんは、わたしと反対側に置いてあった自分の鞄から何かを取り出しました。

『……あげる』

夕希くんの差し出してくれたものは、ふたつの一口サイズの飴でした。ぴんくの花の形をしていて、女の子が好きそうな模様です。

『…………いとこに貰ったの。僕の趣味じゃないよ』

「っ」

あまりにも驚いて長く飴を見つめてしまっていたせいか夕希くんがふいと視線をはずしました。

『んっ』

「あ、ありがとうございます!」

ぐぃっと伸ばされた手から飴を受けとると『木之本さん、元気になるといいね』とやさしい言葉が聞こえました。

「はい、夕希くんの気持ちも一緒に伝えておきますね」

感謝をこめて笑い返す。
その返答に夕希くんは恥ずかしかったようで、また視線をそらされてしまいました。




夕希くんはいつかのさくらちゃんがいってたように、やっぱり照れ屋さんですね。

でもただ照れているだけではなくて、気の使い方が上手な優しい男の子なんだと今日発見しました。大人になったらきっとジェントルマンになられると思います。その時にはにかむ程度でもいいので、笑えるような夕希くんになっていて欲しいと願わずにはいられません。


夕希くんは美人さんですから、笑顔がとっても似合うと思いますわ。





(さくらちゃんみたいに笑って下さいな)


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