中編 | ナノ
傍で啼くカナリア

犯人は、雨宮のマネージャー、藤谷だった。彼の自宅クローゼットに、雨宮は監禁されていた。探偵団と自宅に押しかけ、藤谷の自白を聞き終える。動機は自分以外に近くにいるおれや仲のいい俳優がいることに苦痛を感じていたというもの。

監督が映像を確認している時、嫉妬がここまで来ると、狂気じみてる、と藤谷を演じている役者と苦笑いで話していた。

「執着ってすごいよな」
「あはは」
「アイドルってその辺どう?普通の俳優よりありそうじゃない?」
「お、おれはまだそこまで。でもそれって…人気者の特権って感じがします。ある意味、大変な仕事だとも…」

会話の間、水沢を盗み見た。少し離れた位置で水沢はパイプ椅子で座っていた。俯いて顔が見えないのが気がかりだったが、手に持っている台本でも読んでいるのだろうと気にせずにいた。

「クランクアップです!」

監督からOKサインが出た。
その瞬間スタッフから、大きな拍手が沸き起こる。これで、全シーンが取り終えたのだ。探偵団を演じた演者が立ち上がって、スタッフや監督にお辞儀をする中、水沢はまだ座っていた。
主役を務めた少年が「ゆうさん?終わりましたよ」と水沢の肩に触れた。途端、身体が傾いた。

「…っ、ゆう!?」

危うく名字で呼びそうになったのを堪えて、彼に駆け寄った。自身の膝に彼の頭を乗せ、仰向けにして顔を覗き見ると、血の気のない青白い肌に、額には汗が浮かんでいた。荒い呼吸に目を閉じたままでいる。呼びかけにはうっすら反応があるようだった。

「どこか痛いとこあるか?!」
『……ぁ、…にと?……ぁ、…たま…いた、い』
「わかった。もう喋んな」

スタッフがすぐに救急車を呼んでくれた。救急車が来るまでの間に、意識を失った水沢の身体を支える。想像以上に軽かったことに驚いて、まじまじと顔を見てしまった。

食事を抜いたか、睡眠を削ったか、もしくはストレスか。

どれも当てはまりそうな顔色に、仁兎は苦虫を噛み潰したような顔をした。…もしかしたら、撮影に入る前水沢とした会話が引き金になったのではないか。そう思えてならないのは、撮影前までは顔色が悪くなかったからだ。

ごめん、水沢。
ほんとはきっと、ずっと気にしてたんだろうな。

荒い呼吸を続ける水沢をもう一度見て、心の中で何度も謝罪した。


病院までついていき、そこでおれはレオちんに連絡した。

水沢は嫌がるだろうけど、二人の間にいる身としては、早く仲直りしてほしい。少なくともレオちんは、会いたがっていた。納得いかないと何度も愚痴っていた。聞く限りでは水沢が一方的に言っただけだという言い分だった。ずっと引きづって生きてくより、今のうちにお互いの意見をぶつけておいた方がいい。あとあと後悔するよりは。



病院についてすぐ、水沢の母親が来た。マネージャーや監督と共に医師からの話を聞いた限りだと、睡眠不足や精神的すとれすからくるものだという。意識はまだ戻っていなかったが、点滴をしてしばらくすれば起きるだろうとの事だった。大事に至らなくてよかったと安堵している時に、レオちんはやってきた。

どうやら水沢の母親とも顔見知りのようで、親しげに会話していた。いつかやると思ったのよと彼女が笑うと、レオちんもおれの方が先にやると思ってましたと、軽口を叩いている。そんな様子を傍観していると、レオちんと視線が交わって、会話を中断させてきてくれた。

「ナズ、連絡ありがとな」
「水沢にはなんて言われるか分かんないけどな…」
「まぁ、あとで一言二言は言いに来るんじゃないのか」
「やっぱり!?」
「でも、おれは嬉しかったから」

だからありがとな。そう言ってレオちんは笑った。完全に独断だったけれど、レオちんからの感謝の言葉を聞いた時、間違いじゃなかったんだって、そう確信できたんだ。








ナズが帰ってすぐに、夕希のかーさんも明日また来るわねと帰っていった。何でもおれとの時間を邪魔しないために帰るみたいなことをいっていたけれど、あの仕事熱心な人のことだなら、抜けた分の仕事を片付けたかっただけじゃないのかと推測したくもなるような言い訳だった。

ともあれ、まだ面会最終時間まで何時間も残っていたが、病院にいるのはおれだけとなっていた。意識はまだ戻らない。ただの過労なのかもしれない。それでも、瞼が開くまでは側にいたい。そこまで思うのは、変なことなのだろうか。家族さえ家に帰ってしまう。それでは夕希が気の毒だ。

そう思う。一方で、その過労の一因になっているであろうおれが残っているというのも不思議な話。

…顔見たら逃げ出されやしないだろうか。
背けられてしまわないだろうか。

不安がってても仕方ないじゃん。なんて、瀬名やリッツは言うんだろうな。きっとナルやスオーも王さまらしくないと笑いそうだ。すぐに仲間の言葉や顔が出てくる。

でも、点滴が繋がれた細く頼りない腕を見てるとさ、たとえ死んでないとわかってても、どれだけインスピレーションが湧いてこようとも、心細くなる。自分を保つために馬鹿な妄想をするしかなくなる。安心できないんだよ。

だから、早く目を覚ませ。
だから、早く戻ってこい。

お前の声がなかったら、おれは曲を書いてられなくなるんだから。




面会最終時間まであと30分と迫ったところで、夕希が呻くような声を出した。はじめは一、二言出るだけで止んでいたそれが、いつしか途切れなくなって、思わず名前を呼んで、身体を揺すった。悪夢を見ているようだった。

「夕希?そろそろ起きたらどうだぁ」

何度が揺するうちに、ピクリと瞼が動いた。揺らすのをやめると、薄目を開いて小さくおれの名前を呼んだ。

『…………ぁ、…レオ?』
「夕希っ、倒れたの覚えてるか?!あんまり無茶すると、周りに迷惑かけるぞっ!」

ナズもかなり心配してた。はやしたてるように言ってしまったあとで後悔が押し寄せ、「あっ、ごめん」と謝った。

そう言えば、夕希はどこか遠くを見たまま、『ナズ……あぁ、…仁兎ね』と呟く。

『……あとで、あやまらなきゃ』
「何かあったのか!?」
『…倒れた時、……たぶん膝枕、してくれてた』

雑談を交わすうちに、さっきより意識がはっきりしてきたのか、夕希がしっかり目を開いた。けれど視線は交わらないまま。何故なら夕希は天井しか見ていなかったからだ。

おれはベットに横たわったままの夕希にしか興味がなくて、それ以外の人や物が視界に入らないほどの安堵を覚えながら、こうして対面しているというのに、それすら当の本人には、一ミリだって届いていないように見える。

他人ごとのようなのだ。

「夕希、寝不足だったらしーけど、どこも痛いとこないのか?倒れた時、床に頭打ちつけたって聞いたぞ」

仁兎や夕希のかーさんから聞いた話を伝えても、現実感が湧いていないような、『……ん?』という無反応に近い反応が返ってきた。

「痛いとこも分かんなくなってるのか!?夕希ナースコールだ!医者呼ぶぞ!」

こっちが必死に心配してるというのに、未だにぼんやりしている夕希に、ナースコールへ手を伸ばす。それを制止したのは、『……そんなのは、どーでもいい』と呟いた夕希の手だった。

「どーでもよくなんか!」
『…きいて』
「………夕希」

ようやく視線があった夕希は、何故か泣きそうに涙の膜を貼りつけた瞳でおれを見ていた。熱くなっていた感情に、水をぶっかけられたような表情に、冷静さが戻ってきた。

ナースコールに伸びかけていた手を戻すと、夕希も掴んでいた手首を離して、誤魔化すように小さく笑った。

『あの…、しんぱいさせて、ごめん…なさい。…ぼく、つよく…、…なりたかった。……しんぱい、させないくらい……つよく、なって……。…もくひょう…に、してもらえるような、…そんな、そんざいになりたいって。……でも…、…だめ、だったね』

頬を伝いながら静かに流れた涙に、何やってんだと自分に腹がたった。なんでおれは病人を泣かせてる。

夕希がゆっくり話しながらぽろぽろと泣いているのが見ていられなくて、寝たままだった身体をそっと起こして腕の中に閉じ込めた。

『っ…ふく、…ぬれ、る!…れおっ…、…れおっ…てば!…だ、だめっ……』
「ダメなもんあるか!今こうしなきゃ、おれが後悔する!」
『…ぁ…、…でもっ…………』
「でも、じゃない!…ずっと後悔してた。スオーのいえでお前を追わなかったことも、今まで会いにこなかった臆病な自分のこともッ。だからこそ、離れたくないんだ」

夕希の細い身体は今にも折れそうでか弱くて、支えないといけないと無意識に思えてしまう。俺より輝ける場所で、沢山の人の前でパフォーマンスができるのに、抱きしめて改めて実感する。夕希だって、たった一人の人間なんだって。





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