中編 | ナノ
虚ろなブルーアイズ

レオと会わないと決めてから一ヶ月。

今日はドラマ撮影の撮影日だった。仁兎と一緒になるのは久々で、向こうから今日はよろしくと声をかけられた。

「今日で最終日って感じしないよな、なんかあっという間だった」
『…うん。短かったよ』
「だな。何と言うかすごく貴重な経験させてもらってる気がするよ」
『仁兎……』
「だから、ありがとな!誘ってくれてっ」

握手を求められて、おずおずと手を伸ばすと、仁兎は力強く握ってくれた。仁兎はそう言ったけれど、感謝したいのは僕だって同じだ。仁兎が気づいていたように、ホントはレオを誘いたかった。その気持ちを知っていながら、引き受けてくれた。

『こちらこそ、引き受けてくれてありがとう。感謝してもしきれないよ。仁兎にお願いしてよかった。最後まで気を抜かないよう、…頑張ろう』
「あぁ!」

仁兎は本当に優しい。そのあと、今度Ra*bitsの皆と一緒にカフェにでも行かないか?というお誘いまでもらった。考えておくと伝えると、相変わらずだなと仁兎が笑った。












いろいろな証言を経て、探偵団が犯人を突き止めたその時、春野から電話がはいった。その内容とは、雨宮と連絡が取れないということだった。お互いにオフの日ということで、雨宮が以前から行きたいと言っていた映画へ行く約束をしていた。しかし約束の時間になっても、連絡が取れず、家に行っても、呼び鈴がこだまするだけだったという。

探偵団から、雨宮のマネージャーである藤谷へ連絡をした。今日は確かにオフで連絡をとっていない。今は出先で別のアイドルの付き人をしているということだった。あと10分もしないうちに仕事が終わるからと、その後で合流する約束をつけた。






「連絡がつかないことって、今まであったんですか?」
「あの子は、時間どうりに動けないことにストレスが溜まるから、それはないと思うよ。プライベートでも交友のある春野くんとの約束なら尚更」
「そういえば、初めてお会いした時も、数分過ぎてしまったことに、遅いよと言われたんだっけ」

藤宮が運転する車で、雨宮の自宅に向かった。雨宮の家は、高層マンションだった。入り口には監視カメラも設置されている。来訪者はボタンで部屋番号を押し、部屋の中からしか開けられない仕組みになっていた。ドアを開けるのにもカードキーが必要のようだった。

「……雨宮さん、出ませんね」

最上階にある部屋番号を押しても、反応がない。鳴り続けているインターホンに、一同は不安な表情を隠しきれなかった。事情を受付に話し、案内の人とともに部屋を開ける。

「雨宮さん、いませんか?」

声かけに応じるような音や声はなく、人の気配も感じられない。部屋の中は、清潔感に溢れ、整頓されていた。荒らされた様子は一切見られない。

「…あれ?」

部屋の中まで入った探偵団の少年、蓮が見つけたのは、テーブルの上に置かれたままの財布とスマホだった。

「置きっぱなしにしてる…」
「雨宮さんって、あまり荷物を持ち歩かない人なんですか?」

恵がきょとんとして、隣りにいる春野へ尋ねた。

「荷物は少なめかな。でも、部屋を留守にするのに、出しっぱなしっていうのはあいつらしくないな」
「らしくないって?」
「家に帰ったら金庫に貴重品だけは絶対入れるって聞いたことある」
「金庫って…」
「家が家だから、仕方なかったんだよ」

大げさな…と、思ったのはここにいる全員だろう。そんな時、入り口から声がした。

「天城」
「天ちゃん…!」

「それってどういうこと?」

蓮の問いかけに、天城はひとつ頷いた。

「雨宮の家は父親が借金ばかり作ってた。銀行にお金を預けておくと、勝手に引き出されて、生活費に困る日もあったって。別に口座を作っても、見つかると、使われる。だから、家に金庫があって、鍵では開かない暗証ロックのかかった金庫を見つからない場所に隠してたんだ」

今は離婚してるけど。と付け足して、天城は息を吐き出した。

「だから人を信用したり、頼るのが苦手なんだ。…それでも友達のためならって、僕たちを頼ってくれていた」

そっとテーブルの上を触った天城は、棚の上に飾られた写真雨宮親子の写真を睨むようにみた。

「必ず、見つけ出してやる」






母親にはきっと連絡をとっていない。天城と春野の情報を元に、雨宮の行き先を推理する。警察には捜索依頼を出したが、有名人ゆえ大事にするのはまずいと事務所は公表はしなかった。

スマホで誰かに呼び出されたか。誰かを招き入れて事件に巻き込まれたのか。全くわからないままだ。スマホはロックが指紋認証でしかあかないタイプに設定されており、分からない。マンションのロビーやエレベーターの監視カメラを見せてもらった。

「あっこれ雨宮さんだ」
「昨日の23時過ぎ…」

マスクはしているけれど、髪や背格好から雨宮さんだと思われる人物を見つけた。マスク以外に身に着けているものはなく、それ以降今に至るまで部屋に戻っている気配はない。つまりもう20時間近く家には戻っていないということになる。

「何処に出掛けたんだ…?」

春野と藤谷に雨宮の行きそうな思い当たる場所を聞き出している間に20時を回った。今日のところは一旦出直そうということになり、二人と別れた。蓮は探偵団との他のメンバーと一緒に、隠し部屋に向かっていた。二人の出してくれた場所リストの書かれたメモを見ながら、首を傾げる。

出された場所はどれも23時以降に行くには、営業時間外だ。

隠し部屋につくと、待ってたよとカズトがいじっていたPCから顔を上げた。

「攫われた被害者の家周辺の監視カメラを解析してたら、夜中、散歩してる姿を見つけた。手ぶらで、どこにも寄らずただ歩いてるだけみたい。彼のスケジュールと照らし合わせると、翌日が仕事の休みの日に定期的にやってたんだ」

コンビニや街角の監視カメラ映像がずらりと映ったPC画面。そこには軽い変装こそしているものの、雨宮だとわかる人物が映っていた。

「この習慣を知っていれば、いつでも襲撃可能なわけか」
「あとは居場所だ」
「それならさっきあの人へ発信機をつけておいた」
「さすが天ちゃん…!」
「あとは、助け出すだけだね」
「…それじゃあ突入といこう」






探偵団の演技を見ていると、いろいろ勉強になる。水沢は待機のバスではなく、パイプ椅子に座って眺めていた。…やっぱり、人の真ん中に立つ人はそれなりの理由がある。主役に抜擢されているあの少年も、ヒロインのあの少女も、僕とは違う土台に立っていて、そこで輝いている。勝てないとは思うけど負けてばっかりもいられないと思う。折角の機会なんだから、見て学べるところは吸収しておきたい。

「お疲れ!あと少しだな、収録」
『……仁兎』
「隣いいか?」

仁兎の問いに、水沢は頷いた。隣のパイプ椅子に座った仁兎は、一度水沢を見てから、現場の方へ視線を送った。

「仕事忙しそうだね」
『…それなりだよ』
「秋にライブツアーあるだろ?打ち合わせとかこれからじゃないのか?」
『…知ってたの』
「まぁな、情報集めは大事だろ。ネタが命なんだぜ、放送委員会って」
『……学校大好きって感じ』
「そりゃ…顔出して欲しいと思ってるからな」

何だそれって笑い飛ばせる話題ではなくて、はぁーと息を吐き出せば、仁兎が少し慌てた様子で「だっれ、レオちんが…」といった。あ、噛んだ。それより気になるのは……

レオ?

突然出てきた名前に顔が強張った。今一番に触れてほしくない話題だ。それをお構いなしに仁兎は続けた。

「…レオちんがクラスに顔出すようになってから、ますます学院に寄り付かなくなったなって…。俺だけじゃない。きっと他の奴も気づいてる。何より、レオちんが気にしてる」
『それは仕事が忙しいからで…』

仕事を言い訳にしていることが、苦しいとも思うけれど、仁兎にこれ以上何も言ってほしくない。そんな気持ちから出た言葉に、被せるように仁兎が言った。

「今までと変わったか?!それまでだって忙しかっただろ。…仕事の合間縫って登校してたって、知ってたよ。放課後来てたとこも見たことある。…でも、全く見かけなくなった。それって、…」

『仁兎っ…』

それ以上言ってほしくなくて、少し大きめの声が出た。そんなの、他人から指摘されなくたってわかってる。避けてるだろって、直接的に言わないのは、仁兎が優しいからなのかもしれない。

『今は集中したい、終わったら…ね?』

声が大きかったことで、周りの視線を感じた。仁兎も辺りを見回して、渋々了承してくれた。








仁兎と話してから、レオのことが頭から離れなくなった。レオはあんなに一方的に言ったこと、どう思ってるんだろ。顔を見たらきっと抱きしめたくなってしまうと思ったから、背を向けたまま逃げた。

あの日から会わないように考えないようにって、うっすら隈が出来るくらいには悩んでいた。それもようやく落ち着いてきたというのに。

撮影のため、手足を拘束されて、目隠しをされた状態で暗いクローゼットの中に座っていると、足音一つでビクリと肩が揺れた。

監禁されてるという設定だが、実際にこんなことされたら、こんな余裕とかないんだろうなぁとか、まだカメラが回っていないから考えられてる。

こんな格好が全国で流れてしまうのかと思うと、恥ずかしさもある。女の子じゃダメだったのかとか、他にも適任な役者はいたんじゃないかって。でもそれ以上に、自分を必要としてくれた人たちをがっかりさせない演技を、と思う。一人の幼なじみのことばかり、気にかけていられない。今自分にできることを精一杯。恥じない自分になりたい。ここまで上がっておいでと、彼に伝えられるようになりたい。

しっかり焼き付けておいて、
そしていつか追いついてほしい。
君なら出来るって、信じてるから。



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