中編 | ナノ
海底深呼吸

公園の大ステージの周りには、たくさんの機材が並んでいた。ステージの上には、Ra*bitsの皆がマイクテストに励んでいる。

こんなに大きなステージが、ドラマの演出のためだなんて誰が思うだろう。エキストラの数も立派なライブ会場が完成するほどだ。初めて経験させてもらうにはもったいないくらい。いや、もらうだなんて、失礼だ。全力で挑まないと、だね。





このスペシャルドラマは、以前放映した学生探偵団をメインとした連続ドラマ小説のサブストーリーだ。

あらすじは、水沢の演じる雨宮の友人、春野(仁兎)の元に脅迫状が届き、その相談を探偵団に依頼するというもの。春野を狙っていたようにみえた脅迫状の本当の狙いとは。

水沢は、pol*risとして顔出しこそしているが、自分にまつわる情報は一切伏せている。これだけ大勢の人の前に出るのは、ライブ以外では初めてで、だからこそ、出番ギリギリまでバスの中で待機をしていた。メイクもバスの中で行い、VTRの画面に視線を送る。

このシーンでは、Ra*bitsがステージで歌っているのを横目に、水沢が探偵団の三人組を呼び出し、仁兎を紹介する場面と、雨宮の実力を魅せるためにライブのアンコールにステージへ上がり、Ra*bitsと一緒に歌う場面の撮影を行う。ライブでは意識しないカメラを意識しながら歌わなくてはいけないというプレッシャーに、プロのアイドルとしてリテイクは出たくないという自分の維持が、さらに緊張感を上げる原因となっていた。




Ra*bitsの「野うさぎマーチ♪」が始まった。位置について、主役の三人が水沢を探しながら歩いてくる。僕はステージに視線を送りながら、Ra*bitsのパフォーマンスをみていた。


「このあたりで待ち合わせだったはずなんだけど…」
「ステージ全体が見渡せる、場所…」
「あっ、あの人じゃないかな?」

三人が近づいて来た足音に気付いて振り返る。

『………遅いよ』

笑いかけると、紅一点の南が頬に手を当てた。

「ほんとの本物だったんですね!」

南の言葉に、蓮が苦笑した。

「それじゃあ、最初なら疑ってたみたいに聞こえるよ。ごめんなさい。メールありがとうございます。名前を見た時に、まさかと思ったんですけど…」
『…何も聞いていない?』
「ん?誰からですか?」
『……天くん』

ここにはいないメンバーの名前に、三人が首を傾げた。

『顔見知りなの。だから、依頼した』

「そうだったんですね!」
「天城のヤロー、最近見てねぇからな」
「天ちゃん、教えてくれればよかったのに!」

髪を耳にかけて、ふっと息を吐いた。ここまでは順調だ。

『依頼内容は、彼のところに届いている脅迫状の送り主を知りたいんだ。警察にも相談したけれど、実害がないのならって、門前払いだったから』

ステージで踊る春野に、優しく視線を送る。向こうも気づいたのか、歌いながら小さく手を振ってくれる。こちらからも振り返すと、ふわっと笑い、再び客席へ曲を届けていた。

『……あの笑顔が曇るのは嫌なんです』

探偵団に向き直る。彼らも、雨宮を真剣な目で見て頷いてくれた。

「僕たちも全力で、見つけたいと思います」



1シーンを撮り終えて、次のシーンへ移る。一発OKに、主役の探偵団の俳優さんたちも嬉しそうだ。Ra*bitsの曲も終わり、一旦休憩に入る。スタッフさんたちが忙しなく動く中、水沢はアンコールの立ち位置の確認のため、場所を移動して、ステージ近くまで来ていた。周りには主役の俳優たちもいる。そのうちの一人から声をかけられた。

「ゆうさんの生歌、このあと聴けるんですね!すごく楽しみです!」

顔合わせの時から、最初のアルバムからのファンです!とアルバムを見せられ、サインしたのを覚えている。まだ高校一年生だという彼は、子役からこの業界にいる人気俳優だ。

「ライブも自分でチケット取ろうとしていつも取れなくて…。今日聴けるのずっと心待ちにしていたというか、あっ…勿論こうしてお喋りできていることもすごくすごく光栄で、心臓が張り裂けそうなくらい緊張しているんですけど……』

弾丸かなにかのようにずっと喋り続ける彼に、水沢は相槌を打ちながらも、どこか曲のこととなると口から呪文のように言葉が溢れだす幼馴染に似ているなと少し微笑ましげに見ていた。話すことで、緊張を紛らわせているのだろう。

あまり年は違わないのに、ここまで好きになれるものがある。それが自分であることは少し、いやかなり恥ずかしいが、同じくらいの温かい気持ちになれる。

『……ありがとう』

いろいろな意味を込めて、彼の手を取ると文字通り彼が固まった。

「お、恐れ多いです!あ、ありがとう…なんて、こちらこそですよ!僕と出会ってくれて。素敵な歌を届けてくれて感謝してもしきれません!」
『……大げさ』

暫くして動き出したが、噛み噛みで動揺してるのか挙動不審で、何だか同性ながら可愛いと思ってしまった。こういう部分が人気に火をつけてるのかなと納得してしまった。

「そ、そーいえば、このスペシャルドラマの企画がも持ち上がった時、pol*risはどうかって、勧めたの僕なんです!ご存知でしたか?」
『…初耳』
「歌手を題材にしたいって聞いた時、絶対外しちゃダメだってゴリ押ししたんです。そしたら、話題性もあるからって…受けてくれた時ほんと嬉しかった!今生の運使いきったかなって!!」
『今生って……』

ひとつひとつ誇張してくる彼に、聞いているコチラ側としては羞恥心なぞ迷子になって、誰かこの子の暴走を止めてくれやしないかと、思考からの逃避に走っていた。

横目でステージを確認すれば、位置取りの確認を終えたスタッフさんたちがこちらへ戻ってくるのか目に入る。スタッフさんが戻れば、あとは配置確認後、次のシーン撮影だ。

「憧れの人に会えるって、それくらいすごいことなんですよ!しかも話せてる!作品を一緒に撮れる!これ以上に名誉なことって他にどんなことが考えられますか!?いや、ないです!これ以上はっ!」
「これ以上は、ゆうさんの一生モンの汚点になっちまうぞ。…アンタも、嫌なら止めろよな」

探偵団の最年長が首根っこを捕まえて、主演の彼から引き離してくれた。嫌ということはなかったため、肩を竦めるだけに留めると、水沢も仁兎から手招きで呼ばれ、その場を離れた。

「立ち位置の確認だって!何度か呼ばれてたぞ」
『…ごめん。話が途切れなくて…』
「見てた。すごく熱烈って感じだったな」
『……新鮮だったんだ』
「何が?」
『……声で、想いを伝えてくれること』
「あー、水沢は握手会とかファンと直接交流してないもんな」
『そう。ライブは一方的に伝えているだけだから』

手紙だって一方通行なのだ。相手から受け取るだけ受け取って、一通にも返信したことはない。

『……貰って、ばかりだった』

きっと彼に出会わなければ、こういう考えは生まれなかっただろうし、この先も交流なんて敬遠してしまっていたのかもしれない。人と関わることを避けていた自分にとって、価値観を変えてくれる存在に出会えるなんて、きっと稀だ。

ずっと近くにいたレオや家族としか築いてこなかった人間関係に、それでは駄目だと警鐘を鳴らす。気づかなかったじゃ、済まされない。

固まっていた水沢に、仁兎が笑いかけた。

「返していけたらいーよな、これからは!」









それから、何日か続けてドラマの撮影が続いた。

ライブのあと、雨宮と春野の話を聞いた探偵団の推理が始まる。春野の話では、脅迫状は直接自宅のポストへ入っていたらしい。少し前までは、アイドルをヤメろといった文章のみの脅迫だった。それが最近では、カッターの刃が入っていたり、お決まりの藁人形だったりするらしい。

「犯人に繋がるヒントは2つ。1つ目は春野さんの家を知っている。2つ目は春野さんと雨宮さんが仲がいい事を知っているという点だ」
「1つ目は分かるけど、2つ目のことは?」
「この文見て。一番新しい脅迫状」
「同じ字を消していくと分かる。北極星に近づくなって…、北極星は、こぐま座のα星ポラリス…。雨宮さんに近づくなって意味になる」
「だから親しい春野さんに脅迫状を?」
「……二人の周りを調べてみよう」
「えぇ」

目線、間の取り方、表情と、三人の演技を見ているだけでも勉強になる。台本に書き込みをしながら、水沢はふっと息を吐いた。自分が出る場面は、今日はもうない。けれど次の現場までは時間があった。少しだけ、とマネージャーを説得し、現場に残らせてもらうことにした。

このあと三人は残りのメンバーと協力しながら、周辺の捜索を始める。春野の事務所や雨宮の元同期など、知り合いにあたっていく。真相に近づいていく。

ゲストだからそこまで多くの出番はないし、あとは攫われるところとラストシーンくらいしか撮るところはない。昔の同期と一緒に撮るところはもう撮り終えている。でも作品に携わるものとして、見れるときには近くで見ていたかった。

もしかしたら、レオに似た彼の演技を、もっと間近で自分の目で見ていたいって、思ってるだけなのかもしれない。こじつけしてるだけなのかもしれないけど、もうどっちか真意かなんて、自分でもわからなかった。


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