月が見える里には山がありません。君は月みたいに繊細な男の子なのです。 | ナノ



つかむまえに


「理緒君!!」

いつもの数倍、声が出た。
咄嗟に駆け寄って、理緒の隣にしゃがみこむ。
理緒はぺたんと座り、自分の左足首を押さえて、俯いていた。

「大丈夫か月見里?わりぃ、立てる?」

申し訳なさそうに手を差し伸べてきたのは、相手チームの選手だった。その声に俯いていた理緒が顔をあげる。

『ぼくこそごめんね。肘とか当たらなかった?』

その表情に黒子は顔を歪めた。

「俺は平気……それよりお前、」

『気に病まないでよ。…君の想像通りだけど、偶然起こっちゃった事故なんだからしょうがないよ』

そんな黒子の様子に気づいているのかいないのか、理緒は表情を崩さないまま、会話を続ける。黒子はその姿をなんとも言えない気持ちで見続けていた。守ると言っていたのに、という罪悪感に苛まれながら。




『ごめんね、黒子君』

理緒が体育館を出ていく際、すれ違った時に口にした言葉が甦る。つくろった、張り付けたような笑顔を微かに歪めていた。
視線すらぶつからなかった。


黒子は理緒の席を視界に入れた。先程の体育で怪我をした理緒は、病院に行っている。

ごめんね。って何ですか?

その問いに返ってくる答えはない。
悶々とした気持ちのまま、1日が終わった。





今日は学校に来れるんだろうか。
確認するように彼の席を見るけれど、昨日と同じ空っぽの机と椅子だけが置かれていた。
はぁー、と嘆息をこぼし、瞼を閉じる。

脳裏に浮かんだのは、バスケって楽しいねと笑った理緒の笑顔だった。

『幸せが逃げちゃうよ』

背後からの声に驚いた。

「ッ!理緒君?!」

振り返るといつものように笑う理緒がいて。
その両手は松葉杖を掴んでいた。

『おはよー、黒子君』

「吃驚したじゃないですか、おはようございます」

拗ねたように言うと、理緒が小さく吹き出した。

『そのつもりで後ろにいたんだもん』

「もう。…心臓に悪いです」

『あー、怒らないでよ!』

そんなふうにじゃれあっていると「理緒、ここに置いておくね」と、声がした。

『ありがとうございます』

理緒の席には、若い女性の姿があって、鞄を持ってきていた。荷物を置くと、ヒラヒラと手を振りながら、教室を出ていく。理緒はお辞儀をして、彼女を見送っていた。

「お姉さん、ですか?」

『うん。義理だけどすごく優しい姉さんなんだ』

「そうなんですか」

声色とは裏腹に陰のある表情を浮かべた理緒に、黒子は何も言えなくなった。

それ以上は聞かないで

そう言われている気がしたのだ。


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