笑いあう
彼が理緒君に戻ってから、彼の存在が気になって仕方なかった。理緒君の中にいる詩音君はあれ以来出てくることはなかった。勿論出てくるより、出てこないほうが理緒君が生活していく上ではいいことだ。でもなぜ彼という人格が生まれてしまったんだろう。詩音君は理緒君のどんな存在なんだろう。
……っくん、……ろこくん!
『…黒子君っ!』
「っわ、ど、どうしましたか?理緒君」
『どうしましたか?じゃないよ、黒子君。最近ずっと上の空』
ぷくっと頬を膨らませて理緒がそっぽを向いた。授業でも先生に注意されてたし…と、ぶつぶつ文句を呟く理緒に、ぐうの音も出ない。今は昼休み。ちょうど二人で、昼食を取り終えたところだった。
『そんなんじゃ、午後の授業でも注意されちゃうんじゃないかな?』
「気を付けますよ」
『…悩み事でもあるの?』
少し心配した声色で、顔を覗き込んでくる理緒に、「ありません」と笑って答えた。
『いつもそう。黒子君は隠してばかり…』
「理緒君?」
いつもならこれ以上詮索してくることはあまりない理緒の様子が少し違っていて、今度は黒子が理緒の顔色を窺った。
『友達…なんだよね?ぼくたちって』
理緒がくっと顔を上げて、黒子を見た。久しぶりに真正面から彼の瞳を見た。透き通ってひかる瞳が、涙の膜で輝いている。
理緒君、泣いてる…?
「え、えぇ…。少なくとも、ボクはそう思っています」
『…友達にも話せない考え事ってなあに?』
理緒の真っ直ぐな質問に、思わず息を詰まらせた。正直に君の事だなんて言えるわけない。視線をそらすのも、彼を傷つけてしまうだけ。どうしたらいいと、考えをめぐらせながら、口を開いた。
「…君に話せないのは、…考えていることが」
『うん』
「……ボクの、友人の悩み事だからなんです」
『黒子君のお友達?』
「そうなんです」
嘘をつくのは心苦しかった。けれど、黒子には他に打開策が見つからなかった。
『そっ、か。……なら力になれないね』
理緒が問い詰めちゃってごめんと苦笑いした。その瞳が、その声が、震えて今にも泣きそうな様子に、「ボクが解決するまで、もう少し待ってください」という言葉を飲み込んだ。飲み込まざるを得なかった。
「理緒…くん。やっぱり、お話ししますよ」
君にそんな悲しい表情をさせるくらいなら。
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