月が見える里には山がありません。君は月みたいに繊細な男の子なのです。 | ナノ



それはまるでかくれんぼ


翌日。
黒子は朝練を終えてから教室に向かった。厳しかった練習を思い出しながら、教室の後ろ扉から室内に入る。

いつもより賑やかですね。
何かありましたっけ、今日って。

雰囲気に疑問を感じつつも、窓際から二列目の一番後ろの席に着くと、違和感の正体がそこにあった。

「……理緒君?」

普段通りなら一人ぽつりと読書をしている彼の席に人だかりが出来ていたのだ。床には松葉杖が置かれている。

何故だかちりちりと痛む胸を気にしながら、黒子は立ち上がって、その集団に近づいた。

「月見里君ホント何もない?俺さ、お詫びしたいんだよ」

「ツキちゃん、遠慮入らないんだよ?」

「ツキちゃんて、理緒くん男子じゃんよー」

「だって女の子みたいじゃん!じゃあ…理緒ちゃん?」

「ははッ止めてやれよ、月見里困ってるから」

話を聞く限り、一昨日の体育で理緒の足を踏んでしまった隣のクラスの集団みたいだ。男子が三人に、女子が二人、机を取り囲むように立っていた。茶色い髪をした男子生徒は、座っている理緒の肩に腕を回している。

理緒はその中でじっと座っていた。
後ろからじゃ見えないが、俯いているのかもしれない。

真正面に立つ男子生徒が、覗きこむようにかがんだ。

「理緒ちゃーん、聞こえてんのー?」

その声に理緒が怯えるように小さく肩を震わせる。

嫌がってるんだ…!

それが分かった途端、今まで動かなかった身体が自然と動いた。理緒の席にいる集団に近づいて、声をかける。

「あのっ」

彼に向いていた視線が集中した。「あぁ゛?」なんて、ドスのきいた低音も聞こえる。それを無視して、黒子は続けた。

「理緒君が困ってます。それに用があるのは彼だけでしょう?大勢でこられるのは迷惑です」

ガタイがいい生徒に視線を向ければ、それ以外の男子生徒が機嫌を損ね始めた。

「何だテメェ」

「俺らが話してんのはツッキーなんだけど」

「なぁ、ツッキー」と、馴れ馴れしく肩に手をおいた男子をキッと睨む。

「迷惑だと言っているじゃないですか」

黒子の声に勇気づけれたのか、理緒もモゴモゴと口を動かした。

「ン?理緒ちゃん何かいった?」

『………………、ぶんです』

「月見里君?」

『…気持ちだけで十分、です』

「遠慮いらないんだよ、理緒ちゃん?」

はっきりと聞こえた理緒の声に、高い女子の声がニヤつきながら話しかけている。肩に手を回している男子も、理緒の足を踏んだ男子も、みんな理緒の反応を楽しんでいるのが表情からわかった。

もう見てられない…っ!

黒子がもう一度注意しようと口を開きかけたとき、
同時にバンッと強い音がした。

教室がシンとするほどの、鋭くて激しい音。

思わず目を見開いた。

音の発信源は黒子の眼前。
あの理緒が両手で、机を叩いたのだ。

その反動で立ち上がった理緒は、『有り難迷惑なんだよね、そういうの』と低い声で呟いて、松葉杖をつかんで前の扉から出ていった。


表情は髪に隠れて見えなかった。


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