ただ虚空を見つめて
『黄瀬くんは学ぶ天才だね』
初めて話したとき、白崎っちはそんなことを言っていた。
よくわからなくて首を捻ったけど、意味ありげに含み笑いされて、最終的には誤魔化されてしまったけど。
何故だか頭にはずっとその言葉が残ってる。
白崎っちとは海常に入学して2ヶ月くらいたってから初めてあった。いや、実際には廊下ですれ違っていたりしていたのかもしれないけれど、白崎七海という存在として意識したのは初めて話してからだった。
学年すら同じだけどクラスは違う。
部活は同じだけど、人数が多いからどこで練習しているかもわからない。接点はそれくらいなのだ。
「白崎っち、おはよっス!って登校早々何してんスか」
昨日教室に急遽入った急ぎの撮影で、バッシュをおいて撮影に行った。それを回収に行く途中で隣の教室でおにぎりを食べている白崎っちがいたのだ。
『朝ご飯』
「そりゃ見てわかるっスけど!! 今まだ7時前じゃないスか、家で食べる時間あったっしょ?」
『黄瀬くん、部活は?』
「今から行くんスよ〜。てか、白崎っちもじゃん!!」
今食べたら、動けなくなるって!
そういうと、白崎っちはふふふっと『そうだね』なんてまるで他人事のように笑った。
『今日は休もうかと思って』
「どっか調子悪いんスか?」
『ん?気分的に、かな。今日すんごく天気いいから』
白崎っちはのんびりとした口調で言った。それからもう一度鮭のおにぎりを咀嚼する。
『うん、やっぱおにぎりは手作りのが美味しいな』
俺はマイペースな白崎っちにぽかんとした。それからハッとして、廊下の時計に目をやった。
「やばッ! お、おれもう行くっスから!!」
『うん、頑張って』
手をパタパタと振った白崎っちを、視界の端に捉えながら、俺は体育館へと急いだ。
白崎っちのことが頭になかったわけじゃない。
それよりも遅刻した時のペナルティーのことで頭がいっぱいだったのだ。
「あれ、白崎は今日休みか?」
小堀先輩の一言に顔をあげれば、森山先輩と視線がぶつかった。
「黄瀬、なんか知らない?」
「連絡なかったんスか?」
お互いキョトンとした顔をしていると、「なかったから聞いてんだろ」と低いトーンが間に割り込んだ。
「笠松」
「どうだった?」
「やっぱ出ねぇよ、アイツ」
先輩たちの険しげな表情に、何かあるのだと確信を持った。
「あの…笠松先輩」
「なんだ、黄瀬」
「白崎っち、今朝見たっスよ?」
「………………………はぁ?」
「だから、白崎っち…」
「二度言わんでもわかるわ! 何処で見たんだよッ」
突然の逆ギレに反論しようと口を開くも、あまりの必死な形相に肩が竦む。
「ふつーに教室っスよ?」
「学校来てるのか…」
「………なんかあったんスか?」
急に神妙な顔つきに変わった先輩を不思議そうにみた。
「……アイツはもう数日、家に戻ってないらしい」
「へっ…」
「ケータイにも連絡つかないみたいで、家が警察に連絡したみたいなんだ」
「……」
「もちろん学校にも連絡がきてさ、それが昨日の夜のことだ。でも学校に来ているなら、そろそろ捕まるだろう」
笠松先輩の言葉に急に背筋が寒くなる。
本当に「捕まる」んだろうか。
そんな不安でいっぱいになったのだ。
先輩達の静止の声もふりきって、体育館を飛び出した。階段や廊下も全速力で駆け抜ける。教室にいてくれよ、と胸を押さえながら、白崎っちを見かけた教室を目指した。
「白崎っち!!」
ダダンッと教室を全開にする。中にいた生徒が肩を震わせ、驚いているのにも目を止めず、中の様子を伺った。
廊下側から四列目、前から五列目の席。
そこが白崎っちの席だ。
「そ、んな……」
暫く固まってから情けない声がでた。
ふらふらとした足取りで、その席まで向かう。
机に手が触れて、膝から力が抜けた。
白崎っちの席に、目的だった白崎っちはいなかった。
でも朝、話したっスよね?
あの時は鞄もあって、確かに彼は存在してたのだ。
「ねぇ…白崎っちを見てないスか?」
学校来てたと思うんスけど。
こちらを窺っていた近くにいた女子にそう声をかけると、戸惑った様子でいった。
「わ、私たち早く来たけど、教室誰もいなかったよ?」
隣の女子に確認しながら答えた彼女にお礼を言って、立ち上がる。
体育館に戻る足取りは重く、頭をしめていたのは最後に見た「頑張って」と手をふる彼の姿だった。
title: izm様
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