焼きもちは食べられない
『むっくん、むっくん!』
練習終わり、部室に戻ってすぐのことだった。疲れて、ロッカーの中にあるお菓子の袋に手を伸ばしかけていたとき、後ろから小さな白ちんが寄ってきた。黄瀬ちんが大型犬なら、白ちんは小型犬だ。
「なあに、白ちん」
振り向くのすらめんどくて、投げやり気味に答えれば、ますます白ちんがきゃんきゃん吠えた。
『むっくんのあほ!いーもん、振り向いてくれないなら、むっくんにはあーげない!』
そう言って、『あかくんにあげにいくー』と、ぱたぱた走っていった。
「全く白崎は子供っぽすぎるのだよ」
「おれらまだ子どもじゃん」
中二で子どもじゃなかったら、子ども料金って意味ないじゃんと呟けば、ミドちんはむっとして、眼鏡をくいっと持ち上げた。
「あらら〜?ミドちんいいもんもってんねー」
「?これのことか?」
そう言って右手に持っていたのは、桜餅だった。
「ラッキーアイテム?」
「さっき白崎に貰ったのだよ」
「えー、白ちん?」
「両手を塞ぐくらいの大きな箱で配っていたのだよ。ほら今は黒子のとこにいるだろう」
ミドちんの視線をたどって振り向くと、箱にたくさん小袋の桜餅を入れた白ちんが黒ちんと話していた。
何だかそれが無性に腹立たしくて、ロッカーをばたりとしめ、白ちんに近寄った。背中にぎゅーっと抱きつけば、『ぐぇ』と、白ちんが悲鳴をあげて、後ろに倒れかかってきた。
白ちんは軽いなぁ
抱き心地いいしー
そんなことを暢気に考えながら、ぎゅーぎゅー抱きついていれば、『ギブギブ!!』と、白ちんが腕をぱちぱち叩いた。
しぶしぶ「ちぇー」と、腕を離せば、『ぷはぁ』なんて、大袈裟に白ちんが息をすった。
『なんだよむっくん。あげないよー』
「まだそんなにあんじゃん」
『これ、あおくんとももちゃんと、あと一軍の分だもん』
さっき振り向かなかったむっくんはおあずけです。なんて、さすがにかちんときた。
「んな大きな箱使わなきゃいいじゃん」
『だってこれなきゃ配れないじゃん!』
「あーもう、白ちん頭悪いんじゃね」
『なにおう!』
ぷくっと頬を膨らませた白ちんは、当たり前だけど全然怖くない。そんな白ちんから箱を軽々取り上げて、「おれが手伝えばあっという間じゃん」と、言った。
『むっくん力持ちだな』
「白ちんが非力なんだよ」
『むっくんあげないよ?』
「あー、嘘嘘! 白ちんが作った桜餅、食べたいですー」
『えっ、なんで、それ…』
「んー、勘?」
『なにそれすげぇ!』
お花見に行く時間はおれたちにはなかった。だからせめて春っぽさを味わいたくて、桜餅を部員に配ろう。
そんな七海の計画は、紫原の協力もあって大成功したのだった。
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