『あれ?もう来てたんだ、蓮』

「おう!ちょっと雰囲気掴みたくてさ」

『あぁ…成る程。熱心だね』

カッート!と監督の声が響き、セットから二人が降りてきた。涼太は「あの部屋暑すぎー、水!」とマネジャーの元へ走っていく。純はというと、たまたま目に入った蓮に片手を振りながら近づいた。寝間着のまま、もう一方の手でパタパタと胸元あたりを引っ張って、身体に風を当てながらやってくるのを見て、蓮がため息を漏らす。

「お前なぁ、もうちょい周りの目を気にしたらどうだ」

『ん?周り?えっと…何か、可笑しいかな?僕』

きょろきょろと辺りのスタッフを見ている純に、蓮はもう一度盛大なため息をついてやった。引っ張っていた胸元が少しはだけて、女性スタッフの中には赤面している人もいるっていうのに。天然か、こいつ。

「もういいから、さっさと着替えて来いよ。目に毒だー」

『えっ?あっ…うん』

未だ頭にはてなマークを浮かべたままの純に、こいつのマネジャーは苦労させられそうと気の毒に思った。


He as a performer


『蓮?あの、質問…いい?』

着替えてきた純が、珍しく言いづらそうな表情で隣りに座ってきた。台本を読んでいた蓮も、その声に顔を上げ、「なんだ?」と首を傾げた。

『さっきのシーン…見てた?』

「さっきって…ベッドのとこの?」

『そう』

「あ、見てたけど、それがどうした?」

『僕、変じゃ…なかった?』

珍しく弱気な発言に、思わず純の顔を見た。

「監督も1発オッケー出してたろ?良かったからじゃないの?」

『そう…なんだけど』

純の納得のいっていない表情に、「何か不満が?」と蓮は問いかけた。

『えっと……不満ってわけじゃくてね、何というか、…僕、看病されたことなくて、あの演技は資料として何本かみたDVDを参考に…してます』

「家族いるだろ?!」

『いるけど、家族は…そういうのしない。だから、ちょっと不安だった』

「……純」

『けど、オッケーだったから大丈夫ってことだよね。ごめんね?変なこと聞いて』

蓮は見るからに愛想笑いを浮かべている純を怪訝そうにみた。

「お前の家族って、薄情な奴ばっかなのか?風邪ぐらい誰だってひくだろ。看病されたことないって、それどうなんだ?」

蓮の言葉に、純は言葉につまりながらも答えた。

『えっと…誤解してほしくないんだけど、…母子家庭だから、僕のために遅くまで仕事してて、……すれ違いばかりで顔を見ない日もある…けど、休みの日は一緒にご飯食べに行ったり、買い物したりしてる』

『けして薄情な人ではないよ』と、付け足す純の表情は、家族を想う柔らかい表情をしていた。見てる側にも暖かさを感じさせる。ほんとにいい親なのだろう。表情から、彼女に対する“好き”が溢れていた。


……そーいう表情もできるんだ。

ドラマやテレビ、子役の“小早川純”ではない、表情がそこにあった。

「純」

『ん?』

「お前、家族が大好きなんだな。薄情なんていって、悪かった」

『ううん、僕こそ伝え方が下手でごめんね。看病されたことがないというより、お互い風邪をひかないように心がけているから、ひいたとしても、寝込んでしまう程酷い状態にならないようにしてるって意味だったんだ…』

誤解させちゃったねと、頬をかく純に、「なんだ、そういうことかよ」とツッコミを入れる。無駄に心配してしまったことはこの際伝えなくてもいいか、と、背中を叩きながら笑いとばしてやった。

「次のシーン、宜しくな」

『蓮に言われなくても』

そう言いながら笑った純に、改めて負けてられないなと、自分に気合を入れた。

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