失恋をした、と泣き言を言えば、「あんな恋愛をするからだ」と怒鳴られた。わたしの測り知れない努力により、円満な別れ方をしたものだから、別れ話の時だってこんな大きな声で相手に激しく叱責されたりなんてしなかった。なのに、わたしは今、かつての恋人でもなんでもない男性にこうやってめちゃくちゃに怒鳴られている。意味わかんない。これでぶたれたりでもしたらお母さんに言いつけてやるんだ、とわたしは心に決めている。未だ、バイオレンスなことをされたことはない。

 見るからにあやしい男だったじゃん。なに、なんなの? 毎度毎度おなじような胡散臭い男にひっかかってさ、そういう趣味なの? 好き好んでそういうヤツ選んでるようにしか見えないんだけど。いくらバカでも学習しろよ。

 裕くんは、よくもまあそんなにわたしを詰る言葉がぽんぽん出てくるなあといっそ嘆息してしまうほど詰りに詰る。グサグサと遠慮なくわたしを傷つける。痛い、痛い、やめて、といくら言っても彼はやめないし、むしろますます凶悪な顔をして詰りをエスカレートさせる。だからわたしは黙ったままでいる。声をあげて泣いたらそれも裕くんを煽るから、わたしは静かに泣くことも覚えた。
 それでもやっぱり、なかなかどうして、苛々させてしまっているみたいだけれど。

「聞いてんの?」

 ドスのきいた声に肩が震える。裕くんの両目はギラギラと殺気立っていた。こわい。こわい、けど、目を逸らしたら何されるか分かったもんじゃないから逸らせない。聞いてる、聞いてるよ。じわじわと涙がたまっては頬に流れていくのを感じながら答える。「嘘つけ」。嘘じゃないよ、ちゃんと、聞いてる。

 いくら言ったって裕くんは聞き入れてくれない。聞いてないのは彼の方だ。体をちいさくちいさく縮めて、裕くんの怒りが収まるのを待つわたしって、なんなんだろう。立ちふさがる裕くんの陰で、わたしには蛍光灯の明かりが届かない。バン! と裕くんは乱暴に机を叩く。叩くというか、殴るのほうが正しいような。裕くんの手、痛くなかったかな。わたしの目からは相も変わらず泣き声を伴わずに、ぼろぼろと涙がこぼれる。ああきっと、明日は瞼が腫れる。

「いつになったら分かんだよ」
「っ、裕くん」
「もうちょっと賢く生きろよ」
「裕くん、裕く、」
「うるさい」

 チッと舌打ちをした裕くんに、乱暴に髪の毛を引っ張られた。髪の毛引っ張るなんて、女の人同士の修羅場みたい。ビリビリとした痛みでますます涙がでる。もう一度「裕くん」と呼んだらまたなにか気に障ってしまったらしくて、暴力みたいに今度は腕を引っ張られた。泣き疲れた鼻声で、だめ、って言ったら噛みつくようにキスされた。いつものパターン。

 ふざけんな。

 軽々持ち上げられて、彼と一緒にシーツに沈んだ。



 おなかへった、って言ったら、裕くんはトーストを焼いてくれた。「…いちごジャム?」。「ううん、りんごのがいい」。ぼーっと待ってるとそのうち要望通りのトーストが目の前に用意されて、むしゃむしゃ食べた。裕くんはトーストを食べるわたしを黙って眺めている。からっぽだった胃に食物が突入していくのを感じながら、わたしもわたしで、わたしを眺める裕くんを見つめていた。…ばかみたい。裕くんはばかみたいに優しい。わたしも散々泣いたけれど、裕くんのほうがよっぽどぼろぼろだった。

 裕くんに振り向かないわたしは馬鹿で、飽きもせずいけない人にばかり惹かれ続けるわたしのことを大好きなのに、傷つくわたしをみるのが嫌いな裕くんは、そんな考えを持っている彼自身のことが大嫌いだ。そこまでの自覚があるのに、いつまでもわたしを捨てきれないことを裕くんは責めている。裕くんに責任はないっていうこと、早く気づけばいいのに。わたしも、早く言ってあげればいいのに。味のしないトーストを咀嚼する。たまらなくどろどろした。もうちょっと手近なところに代替品がないのかどうか、考えることをわたしたちはゆるやかに拒否している。

「裕くん」
「…なに」
「すき」

 不機嫌そうな目で、裕くんは包帯を巻いた手とはちがうほうに顔をあずける。やっぱり、机を殴ったときにすこし痛めてしまったとかでさっき保冷剤と一緒に包帯で巻いていた。ちょっとだけ、不恰好。

「謝んないから」
「うん、いいよ」

 わたしは呪文をうたう魔法使いになった気分で咀嚼を続ける。いいよ。構わないよ。裕くんはそのままで。
 わたしの心に罪悪感はおそらくない。目を瞑ることはたやすい。わたしと裕くんのどちらもそれを望んだままでいれば、の話だけれど。スキップで家に帰ろう。またトーストを犬歯で小さく噛み千切っては、呑み込む作業を続けた。





∴きみの甘やかし方はわかりにくい







×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -