悲しい、とはまた違うんだと思う。
切ない、わけでもない。
ただ、何か少し物足りない気がするだけ。

別にすごくすごく好きだったわけではなかったはずだ。
むしろ、どうして付き合うことにしたのか不思議なくらいで。
晩ごはんもろくに食べずに、ベッドに深く沈んで思考の海へ落ちる。
瞼を閉じると少しまえの記憶が甦ってきて、ズキズキして、それが嫌で結局眠れない。
時間が今何時なのかは気にならず、階下の騒がしさがなくなってようやくもうそんな時間なのかと気づく。
いまだ学校帰りの格好をしている自分をみて、着替えなくてはとは思ったものの、気怠くなってまたベッドに沈んだ。

大して思ったことはなかったが、きっと私は彼を好きだったんだと思う。
最初こそ本当に相手の事などどうでもよく、自分勝手気ままに過ごしてきたわけだが、途中気が変わったらしい。
だから今こんな感傷に浸っているのか。

「バカみたい」

一人呟いて、枕に顔を埋める。
呟き声が部屋のなかで響いた気がして、また嫌になった。

そのまま少し寝たらしい。
起きたら午前4時だった。
夏の朝は早く、太陽が半分ほど顔を覗かせているような状態。
私は起き上がって窓の外を見た。
そして、無性に海が見たくなった。

足音をできるだけ小さくして、玄関の扉を開けると、外はまだ蒸し暑くなるまえで、風が心地よかった。
セーラー服のまま、私は家の鍵だけ持ってあるきだした。
幸いにも家から海はそう遠くない。

海岸には誰もいない。
こんな朝早いのだから当たり前かと勝手に納得して、私は海に吸い寄せられるようにふらふら歩きだした。
歩くと砂が靴の中に侵入してくるが気にならなく、私は波から少し離れたところに座り込んだ。

波の音が響いている。
私はそのまま横になった。
セーラーに砂がたくさんつく。不思議と気にならなく、逆に居心地がよくて、また私は気づかないうちに眠りに落ちた。

ゆっくり沈む夢を見た。
そこは青い世界で、気泡がキラキラ光る水面へ立ち上ってゆく。
見上げてようやくそこが海のなかだと思った。
自分のからだはどんどん沈む。
周りはみるみる深い、暗い色に変化してゆく。
私の脚が脆いから泳げないんだと心で言い訳した。

いっそ、溶けてしまえばいい。
そのまま、海月のように海を漂えばいい。
あぁ、正直に言ってしまえばどんなに楽なことか。
しかし残念ながら私にはそんな素直さなど欠片もなく、代わりにひねくれた口しか持ち合わせていない。
だから誰もいない、誰も知らなくていいこの想いを
この深い海のなかで吐いた息に

『好きでした』

とだけ残して目を閉じた。

「…ん…」
「あ、起きた?」
「…誰?」
「寝ぼけてる?おれ、おんなじクラスの野崎」
「…どうしてここに…」
「毎朝ここで走ってんの。で、たまたま通りかかったら誰か砂浜で倒れてて、慌てて見に来たら寝てるし、よくよく見たら内田だし」
「…膝枕…ありがと」
「いやそれはいいけど、なんでまたこんなとこで寝てんの?ダメだろ、女の子がこんなとこで寝てちゃ」
「…海を見てたら、寝てた」
「いやいや…。まぁいいけど…」

実際、何もなかったしと呟いて野崎くんは海に目を向けた。

「…もしかして、落ち込んでるとか?」
「わからないけど、きっとそうだと思う」

恋なんてしたことなかったからと呟いて私も海に目を向けた。

「あのさ、今はなにも言わなくていいし、聞き流す程度でいいんだけど、」

私は野崎くんを見た。
彼と目線が交じる。

「おれは、内田のこと好きだよ」

目を見開く。
言葉が出てこない私に、野崎くんは立ち上がり手を差し出した。

「送る。帰ろう」

私は、その手をとった。



































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(閉じ込められていた海月は)
(深い海できっと鯨に助けられたに違いない)

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