彼が私を好きでいてくれる必要条件はなんだろう。私が彼を好きなままでいるための十分条件ってなんだろう。そこまで考えたら頭がズキズキと痛んで、そういうのって理論じゃ説明できないんだろうなぁって漠然と思った。揃ってたら良いとか、欠けたらもうダメとか、そういった単純で安直で分かりやすい問題なんかじゃなくて、複雑で難しくてよっぽど面倒だ。不吉な考えで頭と胸が重い。

「どう?進んでる?」

彼の声にのろのろと顔をあげると頬になにかがぴとりとひっつけられた。

…つばきー。ん、なに?…それ冷たい。……。

外でわざわざ買ってきたらしい缶の飲料(たぶん、私のすきなカフェオレ)の冷たさに思わず目を瞑ってうーうー唸っていると、ははっと楽しそうな笑い声をあげた彼は私の髪を撫でていた。彼の、ただの癖。女ごろしな癖だね、と、言ったことは一度もない。言おうと思ったことはあるけど、結局のところは。そんなの、私が介入してもいい範疇じゃない。

ひとしきり撫でられて、私も思う存分彼の大きな手を堪能して、目を開けた。そこにあったのはやっぱりカフェオレだった。

「うわ、ぜんぜん進んでない」
「…ちょっと休憩。頭痛くなってきた」
「じゃあこっちに」


「おいで」、とローテーブルの向こうから私の手元を覗いていた彼はそう言って自分の横をポンポンと数度たたいた。さながら犬や猫を呼び寄せるのと同じ動作。私も私でそれで素直に応じるのだから世話ないけれど。

カフェオレの缶を持って、彼のとなりに座り込む。頭が痛いと言ったからか、額に彼の大きな手がかぶさった。頭痛よなおれーっ、なんて、可愛らしいことを言うものだから思わず笑ってしまう。大きな背丈をしてるくせに、こういうのが似合ってしまうのってずるい。

「…これ、いくら?130円?」
「いーよ、俺の奢り。彼氏らしいことさせてよ、あんまり会えないんだから」
「…ありがと。じゃあいただきます」


彼氏らしいことをしてくれたお礼に、彼女らしくほっぺたにキスなんかしてみた。…いざやってみるとかなり恥ずかしいもので、私は慌てて唇を離すと逃げるようにプルタブに意識を集中させる。けれど爪がすこし伸びてきていて、間違ったら最後、割れてしまいそうでなかなか上手く開けられない。見かねたように彼が苦笑して代わりに開けてくれた。とても、察しのいい人。すき。

「大胆なことしてくれたのにね?最後、ちょっとキマらなかった」
「私、勉強しにきたんだけどね」
「…ぜんぜん進んでないよね」
「もういいや。今日はあきらめる」
「木綿子って、昔からみょうに潔いところあるよね。切り替えが早いっていうか」


ちらり。視線で訴えれば、褒めてるよ、と返される。ほんと、察しがいい。

彼の特別なポストについてからの3年を、単純に仲がよくて続いているのだと評するにはすこしちがうような気もする。月に1、2回しか会えないとなると、それだけ亀裂が入るようなハプニングが起きる機会も減るというもので、自然消滅してしまうような生半可な時期はとっくに過ぎているような気もするし、幸か不幸か私も彼も、連絡の頻度を気に病むタイプじゃない。関係は淡白だ。
それでもたぶん、いつか別れるときがきてしまうんだと、なんとなく思う。近未来、彼と家庭を築いていける予感がまったくないのって、とんでもない極論だけれどつまりはそういうことだ。
会ったときにどうしようもなく好きだと思っても、いつかきてしまうときのために心の準備に労力をつかうのは悪くない。シミュレーションしておけば、怖いことなんてなにも。


「…木綿子?やっぱ調子悪いんじゃ…」

ぱっと顔をあげると、彼はとても心配そうに私を見ていた。さっきまで、彼を目の前にしていても平気に横行していた残酷な思考がジュクジュクと心臓を痛めつける。気づけば「ごめんね」と口走っていた。これって、何に対しての謝罪なんだろう。「うそつき」、彼が言う。

「昨日、元気だって言ってたくせに」
「…うん、ごめんね」
「横になる?俺のベッドでよかったら使いなよ」


うんともいらないとも言う前に半分飲みかけのカフェオレをするりと抜かれて、背もたれにしていた彼のベッドに追い立てられた。

「襲ったりしないから」
「ふふ、知ってるよ。椿はそういうところ、とっても紳士だもんね」


おとなしく毛布にくるまれば、彼はとても満足したようだった。1時間たったら起こしてあげるから。彼の大きい手と一緒に優しい声が落ちてくる。あなたの、そんなところが苦しいんですなんて、言えないまま。







∴低温火傷







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