つっくんはとてもとても背が高い。

みんなのなかで頭ひとつふたつ分飛び出てて、たぶん彼とでかけて迷子になったとしても文明の利器なしですぐ合流できちゃうんだろうなぁと思う。10m離れていようがその身長では目印よろしくすぐわかるし、視力もたいへんいいのだと聞いた。それではむしろわたしは迷子になろうにもなれないはずだ。
まあ、そもそもわたしとつっくんは一緒にお出かけできるようなきらきらしたステキな関係ではないのだけど。


「つっくんつっくん、つっくんは何を食べて大きくなったの?キノコ?」
「…俺のことどっかの配管工といっしょにしてない?」
「イケてるヒゲのナイスガイになる素質は十分かと。じゃあどうしてつっくんは背が高いの?」
「遺伝子のせい?」
「あぁ、なるほど。すべての理不尽を愉快爽快痛快不快に蹴っ飛ばす回答をどうもありがとうつっくん」
「言いがかりは受けとめるけど、せめて目を見て話そうか」
「いやよつっくんの目を見ようとすると首が痛くなるもん」


放課後の2人きりの教室で、ぷい、とそっぽをむいた。わたしは高校生女子の平均身長のすこし下で、つっくんは高校生男子の平均身長をぐぐぐーんと引き上げるのにずいぶん貢献している。つまりわたしの目とつっくんの目の間にはだいぶ距離があるのだ。

だってわたし聞いたよ?ハグするのにちょうどいい身長差って約20pなんだって。つっくんとハグする予定なんかないけどやっぱりなんかちょっと、そういうことが気になっちゃうわけで、でもそしたらわたし170pを余裕越えしなきゃいけないわけなのです。成長期はとっくの昔に終わってるというのに、どんな鬼の所業だ。

そもそも、つっくんは超人とかサイボーグとかそういうのなんじゃないのかって思う。身長しかり、視力しかり。それにわたし、男女別の体育で見てしまった。
バスケットボールの授業できれいな曲線をえがいたシュート、バレーボールの授業では直線のように鋭く打ち込まれたアタック。それでいて球技初心者だなんてうそだ、「ただ身長のおかげで、ほかはなにも」なんてぜったい嘘、理解不能。
あまりの出来っぷりに「人体の細胞は量より質なんだよつっくん」なんて変なことを口走ってしまったのも恥ずかしいやら情けないやらを一周まわっていい思い出だ。体格を理由に細胞の量をはかったことはさておき、質の問題でも大敗北していることにそのときのわたしは気づいていなかった。


「…つっくん、わたしにちょっと身長わけて。それで、縮んで」
「うん、大真面目に言ってくれてるのはわかるんだけどそれはちょっと無理かな」
「…やっぱり?」


がっくりと肩を落とす。わたしもね、わかってるんだよ。わかってるんだけど、ね。

つっくんはなにか同情でも感じたのか、その大きい手でわたしの髪を撫でてくれた。嬉しいけど、これって絶対こども扱いされてる。わたしが小学生だったときはつっくんも小学生だったってこと、忘れてないかな。
だから撫でられっぱなしっていうのはちょっと癪なわけで、わたしも手を目いっぱい伸ばしてつっくんの暗い茶色のかかった髪に触れようとするのだけど、ここでも身長の壁がわたしの行く手を阻む。


「あげれるもんなら俺もわけてあげたいけど」
「ううん、無理だよねわかってる。だいじょうぶ、こだわってるわたしが悪いんだし。そろそろ諦めなきゃいけないかなぁ…」
「なんでそこまでこだわるの?」
「…笑わない?」
「笑わない。から早く」
「野望があるの。けっこうおかしな野望なんだけど、それには身長がほしいの」


つっくんの頭の中をのぞいてみたいの、とは、言わなかった。賢明な判断だと思う。
だってたまに怖くなってしまうから。つっくんが本当にサイボーグなんじゃないかって、ばからしいとは思うんだけど、つっくんの笑顔も困ってる顔も拗ねた顔も表情の全部、わたしにはすごくとおいから。

つっくんと同じ世界が見たいとか本気で考えちゃうの。190cm以上になんてそうそうなれないから、だからせめて恋人にふさわしい身長がほしいの。
形だけはいっておかしい子だと思われるだろうか。でもそうしたら、つっくんのこともっと理解できるわたしになれるんじゃないかって。


「野望はなんなのか教えてくれないんだ?」
「うん、いつか叶ったらつっくんにも教えてあげる」
「応援してるよ。それじゃあね、また明日」
「また明日」


調子にのってハイタッチしたわたしの手とつっくんの手の温度差にびくりとした。なんだかいやだよ。

広い背中を向けて教室を出て行ったつっくんは、いったいどこに帰るのだろう。






∴ただひとりのにんげんでした







×
- ナノ -