- ナノ -




第1章-2


気まずい空気の中だから、どうしたって口を開くのは憚られた。
局長さんたちの反応から私が彼らと同じもの…真選組でない事は確か。
攘夷浪士でもないらしい、これは有名どころだけだろうから確かではない。
もしかしたら名前も顔も出ていない、新入りの浪士だったりするかもしれない。
けれど、そんな小さな可能性や想像ならいくらでも出来るし、キリが無いだろう。
要は、今、この状況で私の手掛かりが何一つ無いという事なのだ。
それだけは自覚しないと、僅かに落とした視線で思った。

「とにかくだ。山崎が役に立たなかったとは言え、怪し過ぎる奴を野放しには出来ねェ。女、取り調べさせて貰うが、構わねェな」

タバコの煙を吐いた副長さんが先に口を開いた。
この空気を読んで正してくれるのは彼だろうなと感じていたから、話を振られても驚かない。
彼らの服を着て廃刀令の時世で帯刀なんてしているんだから、穏便に済むはずは無い。
それは私にだって分かるし、どれだけ疑われようと反論出来る材料が無いもの。
そもそも、浮かばないのだ…何も。
沖田さんが私を知らないと言った時から浮かんだ予感が、誰だコイツはと言った副長さんの言葉で確信になった。
ずっと考えていたけど、どんなに考えても、思おうとしても浮かばないのだもの。
何一つ、空っぽで、真っ白で…それが。
頷こうとした時、私の前へと影が差して顔を上げてしまった。

「待って下さい。この人は悪い人なんかじゃありませんよ」
「そうネ、待つアル」
「!」

新八くんと、神楽ちゃん…?
と、呟こうとした口は開いたままで言葉は出ない。
ただ、彼らが私の前にいて、副長さんから庇ってくれている。

「ずっと話してたけど、面白い奴アル。悪い奴じゃないネ」
「確かに真選組の隊服着ていたり帯刀していたりは不思議ですけど…でも、この人は自分の事も分からなくて困っている女性です。取り調べだなんて、犯罪者として扱うのはおかしいですよ」
「ハァ…てめェらのダダを聞いてやるほど俺たちは暇じゃねェんだよ。くだらねェお人好しで不審者を庇うのは止めろ」
「……」

副長さんの溜息と共に向けられた言葉。
二人へ向けられた言葉に、上げた顔と足が前へ出ていた。
多分、庇ってくれている二人よりも反応が早かったんだろう。
驚かれているのは分かったけど、そんなの気にしていられなかった。

「…何だ、本性でも出す気になったか」

ギロリと音がしそうなほど鋭い目だ、射殺されそうな。
「…オイ」って、状況を見ていた坂田さんが声を掛けてきたけど、それも構わない。
副長さんと、この人と向き合っているこの感情が、私の中にあるものだと頭に浮かんでいく。
私は記憶が無い、自分が誰なのか、自分の名前も分からない。
何も無くて、空っぽで、真っ白だ…でも!

「!」

キッと睨み上げた時だった、唐突に風が吹いた気がして。
顔の横で何かが激しくぶつかり合う音と、ハッとなる。
私の目の前にあるのは黒く長いもの…そして、ソレとぶつかり合うのは刃…!
何をして。そうか、視線と同じ位置にあるのは私が腰から引き抜いた刀で。
刃を反射させて映ったのは、口端を上げた沖田さんだった。

「そ、総悟!おまッ、いきなり何してんだ!」
「やっぱりか…アンタ、戦えんだろう」
「!…」

言葉は出なかった、代わりに身体が動く。
引き抜いた刀を横薙ぎにして払えば、彼が刀を引いて更にニヤリと笑う。
戦えるか、って?そんな事は分かるはずが無い。
けれど、彼の動きや周りの気配にザワリと肌が立つ感覚と手に馴染む感触が教えてくれる。
刀の柄は、こんなにも私の手に馴染んでいる。
沖田さんを見れば、私の刀をずっと見ていたらしく目線がこちらへ戻った。

「不満があるってんだろう?なら、どうですかい。俺と勝負で決めるってのは」
「ハッ、ハァアア!?」
「総悟ォォ!?」

局長さんの叫びと副長さんの口からタバコが落ちた。
あと、「俺の存在、薄くねッ!?」って坂田さんが主張してた。



場所は中庭で、今、目の前には木刀を構えて笑う沖田さんがいる。
対して、私が握っているのも木刀、真選組が修練するためのものを貸して貰った。
最初は駄目だと局長さんと副長さんは言っていたけど、私が受ける返事をしてから話は決まる。
沖田さんもやる気、私もやる気で引くつもりは無い。
彼らが何と言おうと、鬼と恐れられる副長さんが凄んでこようと。
だから、今に至っている。
殺し合ったり傷つけ合ったりするのは駄目で、真剣ではなく木刀か竹刀が条件だと。
最終的に根負けした副長さんと局長さんたちが立ち会ってのルールだ。
木刀が良いか、竹刀が良いかと聞かれて、私の口から出たのは木刀だった。
どうして迷わず選択したのかは分からない。
でも間違ってはいないと思った。
今の私にあるモノが、そう選択したのだから間違いじゃない。

「安心しなせェ。何にも覚えてねェ素人にKO勝負たァ言いやせん。ルールは簡単、アンタが一太刀でも俺に入れられりゃアンタの勝ち。俺が先にアンタを伸せば、俺の勝ちでどうですかい」

私が勝てば、私の『不満』を聞いてくれるらしい。
勿論、私が負ければ有無を言わさず取り調べだと。

「構いません」
「成立ですねィ。それで、それは俺へのハンデで?初っ端から舐められたもんでさァ」

木刀を悠々と構えている沖田さんに隙は無いけど、私は腰に沿える形で動かさなかった。
別にハンデでも舐めてる訳でも無いけれど。
今、それを彼に言う必要は無い。

「手加減はしてやりませんぜ」
「どうぞ、沖田さんからお願いします」

空気が震えた気がして、局長さんの「始め!」という合図。
同時に、全身から殺気を放つ沖田さんが真っ先に斬りかかってきた。

「ッ!!」

正面から全く無駄が無く、スピードすら落ちずに迫ってくるのだ。
刃が無いと分かっていても、冷笑と向けられるもので泡立つ肌が告げる。
これが殺気だと。でも、逃げないし引かない。
引く訳にはいかないのだ、私の中に今あるモノは。
無から至近距離で合わせられた鋭い視線で、ギリギリの一線をかわして。
どう振るうか、攻めるか守るかなんて意識どころか考えさえ浮かばない。
ただ、絶え間無く何度も交えて音を立てる刀と動かす身体の筋肉が新たに気持ちを起こす。
最初は笑っていた沖田さんの笑い方が、打ち合いの合間で変わったような気さえした。
無意識に動くままに応じていたけど、段々と湧き上がる感覚が分かった。
そうか…楽しいんだ、私は。
打ち込まれる一つ一つに応じて身を反転させて、またこちらから攻めて。
彼がどう動いてくるか、どこに打ち込んでくるのか自然と身体が動いて。
連続して続くやり取りに、最初は見守っていた局長さんたちと坂田さんたちが短い声を上げていたけど。今は、何の声も音もしなかった。
木刀を交差させた時、間近になった沖田さんがふと口を開いた。

「殺気、じゃねーんですねィアンタのは…」
「!」

僅かにズレて落ちた木刀の向きで、今だと思った。
パシリと音を立てて、確かに私の刀先は沖田さんの肩を叩いた。
でも、正確には沖田さんが防ぐと思って向けたのに防がれなかったからだ。
どうして…?
動けないでいるのに、沖田さんは勝手に伸びをして、「俺の負けでィ」だなんて。
飽きたようにしているのは、さっきと様子が全然違う。

「総悟てめッ!手ェ抜きやがったな!?」
「ちゃんと見てなかったんで?この人の腕は本物ですぜ、その目は節穴かよ死にやがれー」
「ふざっけんなコラッ!真面目に答えろって…!」
「落ち着けトシ!勝負は勝負だし、ルールに則ってあの子が勝ったのは事実だ。そうだろう?」
「そうですよっ!土方さんであろう人が約束を破るんですか!?」
「嘘つこうとしても、こっちにはマルっとお見通しネ!」
「ッ」

あの副長さんが神楽ちゃんと新八くんに押されてしまって、反論を口に出来なかったみたいだ。
顔は盛大に不満で大変な事になっているけど。
何かしなきゃと思ったけど、急に止まった身体は疲れでドッと重くなってる。
まだ小刻みに手が震えているのを、片手で持っている木刀で感じた。
私の勝ちなんかじゃないとは、私も思ってる。
あくまで沖田さんが(飽きたのか)手を緩めた隙があったからだ。
けれど、『勝ち』は『勝ち』なのだとも思う。
局長さんが腕組みのまま、私を見て笑ってくれた。

「それに総悟の言う通り、凄い使い手だ!何より、見てよく分かった…真っ直ぐで正直な打ち方だ!トシよ、やはり刀は侍の魂だなァ…この子は、ちゃんと俺たちと同じ士道を宿した刀を持っていると思うぞッ俺は」

「久々に良い打ち合いを見た」とまで言ってくれる局長さんに心がむず痒くなる。
副長さんは何か言いたそうだったけど、煙草をふかして私の方へ向いた。

「非常に不本意だが、約束は約束だ。仕方ねェが、アンタの望み通りに調べねェで…」
「それなんですけど」
「あ?何だ」
「私の不満、聞いて頂けるんですよね。なら、副長さん、二人に向けた言葉を撤回して下さい」
「…は?」

ポカンと、そんな表現が合っているかもしれないくらいだった。
タバコが落ちかかってるけど、皆がこちらを見ているのも承知で。

「くだらないお人好しだって、新八くんと神楽ちゃんに向けた言葉を撤回して下さい」
「…まさか、それで俺に、か?」
「はい」

勝負前に何故、自分に向かって行ったのかと言いたいんだろうな。
頷いたら、とても微妙そうな顔をしてしまった副長さん。
何もおかしな事じゃないと思っているんだけど、違わないよね。
確かに私は不審者で怪しくて疑われるのも仕方ないのだから、そこに不満なんてない。
けれど、二人に向けられた言葉は別なはずだ。
私自身が庇われたからなんてものじゃなくて、もっと根本的に。

「くだらないお人好しなんかじゃない」

新八くんと神楽ちゃんが優しいから。
だから、その優しさを、くだらないと表現した言い方が聞き逃せなかった。
今の何も分からない私に生まれたモノ…感情だったから、それは強く言える。
譲れない、と。

「……そうか、そうか!ダッハハハ!」

一瞬だけ、シン…となった後で響いたのは局長さんの大笑いだった。
「トシ」と、副長さんへ呼びかけて、沖田さんは…あぁ呆れた目で私を見てるの何故なのかな。
新八くんと神楽ちゃんからは物凄く凝視されてるんだけど。

「あの…坂田さん。私、何かおかしかったですか?」
「…別に、おかしくねーよ」

声を掛けられると思わなかったのかもしれない。
最初だけ目が大きく開いたけど、すぐに死んだ魚に戻って返してくれた答え方は短かった。
それでも、十分過ぎて湧く気持ちを言える。

「良かった」

そしたら、微妙そうな顔をされてしまった…怒ってはいないだろうけど、不思議な人だ。
私が坂田さんと会話をしている間に副長さんが新八くんと神楽ちゃんを呼んでいた。

「…あー…メガネ、チャイナ娘。言い過ぎちまって…悪かったな」
「いえ!気にしてないですから!ねっ神楽ちゃん!(謝った!あの土方さんがァァ!)」
「誠意が足りないアル、酢昆布買って来いヨ」
「違うでしょォォォ!」

嫌そうなのが変わらないのは仕方ないよね。
じゃあ、私も伝えよう。

「副長さんも、ありがとうございます」

すぐに眉が中途半端に上がって、「礼を言われる意味が分からねェよ」って返されてしまった。

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