- ナノ -




2 主将の理由


銀八先生と契約を交わしてから数週間。
どんなパシリをさせられても驚かないぞ!って覚悟してたんだけれども、実際は想像と全く違っていた。
現国の授業がある日は、授業に使う教材やプリントを授業前の休み時間で職員室から運ぶ。
グループ学習がある時は、他の休み時間やお昼休みも使って、先生と一緒に人数分の準備。
たまに放課後にも呼ばれて、国語資料室の整理も手伝うくらいだった。
国語の準備係に関係なく、もっと色んな雑用をさせられるものだと思っていたのに、だ。

「放課後だって、なるべく拘束を少なくしてくれるし…部活の時間に重なった事無いんだよ」
「単に遅くまで学校に残りたくないだけヨ」
「そうよ、こないだだって源外先生や服部先生と飲み屋に行こうって、職員室で馬鹿笑いしてたもの」
「帰りのホームルームでウ○ンの力を飲んでいるのを見ました」
「トイレで踏ん張るアルか!?」
「ふふふ、神楽ちゃん。惜しいわ、下からじゃなくて上から用よ」
「まとめますと、アルコールを大量摂取する時は、事前に上下用の、」
「はいはーいッ!! たまさん、まとめなくて大丈夫! トイレから離れましょう!!」

おかしいな…! 
今、教室にいる私たちって女子だけなはずなんだけど!!
油断すると、話題が下な方に転んでいくのは、Z組だから…!?
たまちゃんの発言を阻止して、神楽ちゃんと妙ちゃんにも両手バッテンのストップ宣言。とにかく、この話題は女子として宜しくないから禁止!と。
そうしたら、ちょうど教室の扉が開いて風紀員トリオが顔を覗かせた。
私と最初に目が合った沖田くんが「あれ」と短く声を上げた。

「主将、何してるんでィ?」
「校内見廻りお疲れ様〜。来週のグループ学習で使う古文のワークシート作成とプリント綴じしてるの」
「そりゃ見れば分かる。何でコイツらもいやがんだって事だ。部活サボってんじゃねェだろうな?」
「落ち着け、トシ! 皆で主将の準備を手伝ってるんだろう? なんて優しいッ、惚れ直してしまいますーッお妙さーん!!」
「近寄んじゃねェ! ゴリラァァ!!」
「ぼべへぇえ!? そ、んなお妙さんもッ素敵だーアーァー……!」
「近藤さん、エコーかけて窓から落ちたァァ!?」

妙ちゃんに飛びつこうとした近藤さんは、例の如く返り討ちに合って。
そこまでなら良いんだけど、開いている教室の窓から外へ吹っ飛び落ちてしまった。
大変!? と普通は思うだろう…でも、すぐ外から「近藤さん降ってきたァアア!?」と新八くんの声が聞こえた。
それから、「お妙さーーん!」と近藤さんのメロメロ状態な叫びが聞こえたから、心配無いと結論に落ち着ける。
席を立ちかけたのは私くらいなのも、どうなんだろうか…。
真っ先に心配しそうなはずの土方さんと沖田くんに至っては、顔すら向けないんだから。ある意味で信頼なのかもしれないけれど…。

「大丈夫か!? 今、妙ちゃんの声が聞こえたんだが…!」
「落ち着け九兵衛殿。大方、また近藤が妙殿に飛びついて殴り飛ばされ、窓から落下して新八くんをクッションにして助かったんだろう」
「そうか、妙ちゃんが無事で良かった」
「新八くん、クッションにされたんだ…というか、桂くんは何で詳細に分かるの!?」
「フッ、何故だと? 愚問であろう、主将…それは俺がクラス委員長だからだ!!」
「あ…うん…」

近藤さんが落下してからすぐに、教室の前の扉から入って来た桂くんと九ちゃん。
準備室の方に残りの紙を取りに行ってくれていて、騒ぎの声を聞いて急いで戻って来てくれたらしい。
九ちゃんから紙の山を受け取りつつ、桂くんに頷いたら、土方さんに「そこは頷く必要ねーよ」と訂正された。

「オイ。まさか、その紙束もか?」
「え? うん。ページごとに選り分けてホチキスで止めるだけだから、私がやれば簡単だよ」

そこまで遅くならないと言ったつもりだった。
けれど、何故か土方さんは大きな溜息を吐いてから、私の手からホッチキスを奪ってしまった。
「ちょ…!」と、声を上げた横から沖田くんにまで残りのホッチキスを取られてしまう。
唖然としている間に、二人は紙束を手にしてホッチキスを留め出す。

「てめーの事だから一人にすると、余計な事まで思いついて凝り出すだろ」
「大会前の居残り事件は忘れてねーぜ、主将」
「う…! それ持ち出すの卑怯じゃない!?」
「はいはい。つーか、そもそもコレ押し付けた先生は、どこに居んだよ?」
「あ、先生なら…」

規則正しい音でプリントの束山が出来上がっていく。
土方さんが話題を変えた、ちょうどその時に教室の扉が再び音を立てて開かれた。
皆がそちらを向いて、私も言いかけていた言葉を止めた。
片手にビニール袋を持ったまま、死んだ魚の眼を更に死なせて教室を見る先生。
買い物からの帰還だけど、先生が何で何度も目をゆっくり瞬いたり、擦ったりしているか分かる。
幾ら擦っても、変わらないと結論したのか…最後は口に含んでいるレロレロキャンディーを噛み割ったみたい。

「あれェ〜…おっかしなァー、主将ちゃんに留守番頼んだはずなんだけど…主将ちゃん一人だったはずなんだけど」
「ハイ! 先生! 主将は一人でちゃんとお仕事してマシタ!」
「途中から私たちが一緒に手伝いに混ざったんです。だから、人数は増えるんですよー?」
「廊下の方が騒がしいな? もしかして性懲りもなくゴリラか…!?」
「近藤さんとメガネだな」
「みたいですねィ。先生〜、あと二人追加でーす」

銀八先生の問いに、最後は沖田くんが授業の回答のように手を挙げて返す。
とっても綺麗な起立に返事だったけど…先生の口から、またキャンディーを噛み割る音がした。

「二人じゃねェだろ、馬鹿二匹追加だろ。勘弁しろよ、授業外までクラス全員のお守させる気かコノヤロー」
「そんな事言って、アンタ、主将を扱き使ってんじゃないですか」
「そーアル。主将と二人っきりで危ないコトなんて許しませんヨ!」
「そうですぞ、先生! 不純異性交遊などッ、ふしだらな行為はクラス委員長として許す訳にはいきませんな!」
「ふしだらなのは、お前な。とりあえず、保健室で鼻血止めてこい。あと、そのまま頭の病院でも行ってこい」

先生は鼻血の止まらない桂くんを片手で追い払う動作の後、うざそうな表情をしていた。
まだ神楽ちゃんや沖田くんが話し掛けようとしていたけど、慣れた動作で教卓の方へ避難。
定位置に座った先生は足組みポーズで、横に置いていたジャンプを開いて読むのを再開してしまった。
こうなってしまえば、よっぽどの事が無い限り、先生は動いたりしない。
皆も知っているから、明らかに「また自分だけサボりかよ」や「高見の見物ですね」と言葉が発される。
それでも、先生には『馬耳東風』、『暖簾に腕押し』、『糠に釘』だ。
気を取り直して、手元の作業を再開しようとワークシートに使う画用紙をまるめて整える。
すると、ふと視線を感じて目を向けたら、神楽ちゃんが私を見ていた。

「どうしたの? 神楽ちゃん」
「主将は、どうして銀ちゃんのパシリになったネ?」
「どうしてって…剣道部の顧問をお願いする必要があったからだよ。三年の先生じゃ、もう頼めるのは銀八先生しかいなかったから…」
「そこよ。貴女が頼む必要があったかって事よ」
「妙ちゃん?」

二人の言いたい事が分からなくて、疑問符を浮かべていると、廊下側の小窓がいきなり開く。
ヌバッと飛び出るように上半身から現れた近藤さんには、悲鳴上げそうになっちゃったけど…!

「ズバリ! 君が顧問を探すために動く必要があったかだ!」
「近藤さん、どっから顔出してんですか! …すみません、えーと、つまり主将だからじゃないんですか?」
「そこから、まず違うんだよ新八くん! 考えてもみろ、俺たちは今年で三年。高校での最上級生だぞ?」
「うちのクラスだけ、とても三年とは思えない精神レベルだけどな」
「土方さん、そこは触れないお約束です!」
「つ、つまり?」

皆が聞きたい疑問って…と思っていたら、一斉に視線が集中して静かになる。
さっきまでのバラバラな騒がしさはどこへやら。こういう時だけ驚くほど息がピッタリになるのも、Z組の特徴なんだけど…。
土方さんが率直にまとめた言葉は分かりやすかった。

「普通、三年は長くても夏のインハイまでだろ。後は二年をメインにして引退だ。なのに、お前は何でまだ続けてんだ?」
「!」
「百歩譲って、続けるだけなら分かる。だが、主将として引っ張り続ける意味は何だ?」
「……」

普通なら三年生は全員引退して、例え残っていたとしても、影に回る事が自然だ。
必ずしも全部の部活がそうではないだろうが、うちの高校は三年の引退が暗黙になっている。
皆、私を「主将」って呼んでくれるけれど、今まで疑問に出なかったのが不思議だったかもしれない。
いや…聞いてくれなかっただけで、ずっと不思議ではあったんだろう。
少しだけ迷って黙ってしまったけれど、皆の視線にあるのが『心配』なのだと伝わるから…。
結局、私の方が迷っていた力を抜いて笑った。

「今度の休みに春雨高校との練習試合を予定してるって、言ったよね」
「ああ、評判は最悪だが、あそこも古くからの強豪だよな」
「その試合に、絶対勝ちたいから。ううん、その試合まで…それまで、私は主将で居続けたいから、引退してないの」

沖田くんが「ふーん」と相槌を打ってくれつつも、風船ガムを膨らますのに集中が無い。
ここまで話したら、皆がそのまま気にする事も分かる。勿論、はぐらかすつもりもないけど…自分だけ小さな覚悟で息を吸って真剣になった。

「…好、好きな人に…伝えたい、から…」

「……」と、沈黙の中で、いきなり全員が大絶叫して教室に響く…!
私が耳を押さえている間、皆が詰め寄ってきたり、叫び走り回ったりで大変な事になっていた。

「好、好きな人ォオ!?」
「えぇええッ!? それって、こここ恋!? 貴女がッ!? だだだ誰でッ」
「春雨高校の奴か!? ロミジュリかァァ!!」
「土方さん、今から春雨高校に闇討ちに行きやせん?」
「待て、総悟。とりあえず、どのクソ野郎か主将に吐かせてからだろう」
「なんかサラッと暗殺計画混じってるゥ!?」

とりあえず、それだけ皆が驚いてくれている事にまとめよう、うん…!
落ち着いてと言いつつ、まだ途中だった話を叫ぶように続ける形になった。

「好きって言っても、ずっと昔に私を助けてくれた人の事だから! 私が小学生の時だから…!」
「春雨の野郎じゃねェのか」
「助けられたアルか?」
「うん。私ね、今でこそ少しは人より強くなったって言えるようになったけど、昔は泣き虫のいじめられっ子だったんだよ」
「嘘ォ!? 主将が!?」
「信じられないですよ…貴女、去年のインハイだって個人ベスト四なのに…!」

今まで話した事が無かった昔の私の話をしても、信じられないって声の方が多いのは少し嬉しい。
けれど、本当なんだと、気恥ずかしさで頬を掻いて苦笑いした。

「小学二年の時に、たまたま柄の悪い高校生に絡まれたの。逃げたんだけど囲まれちゃって…ソイツらは皆、武器に竹刀を持っていたし、もう逃げられないって本当に怖かった。…その時だった」

何人もいる不良相手に、塀の上から悠々と飛び降りて来た人。
全く分からないスピードと強さで、あっと言う間に不良全員を伸し倒しちゃったんだ。
泣き止めなかった私を優しく撫でてくれたのを、今でも覚えている。

「嬉しかった…私も、こんな風に強くなりたいって思える人だった」
「素敵な初恋の思い出ね。それで、その人は何て名前? 顔はイケメン? 今はどんな仕事に?」
「妙ちゃん…勢いが…。そ、それが…何も分からないんだ」
「えぇ!? 名前も!? 顔も!?」
「うん…泣きじゃくってばっかりだったから…本当に当時の自分を叱ってやりたいよ…」
「小二だったら、十年前だろう? 八歳のガキじゃ仕方ねーぜ」
「お前は八歳でも手に負えねェ悪童だったがな…!」
「土方さん限定でィ」

火花を散らせる土方さんと沖田くんを無視して、妙ちゃんは残念そうにする。
神楽ちゃんも「どんな奴か知りたかったアル」と言ってくれるから、私も申し訳なかった。

「こう言うのも苦しいが、じゃあ、伝えようが無いんじゃないか…? それと春雨高校とは一体…」
「確かに九ちゃんの言う通り、本人には直接会うのは無理だって分かってる。でも、後から少しだけ調べて分かった事があるの」
「分かった事?」
「当時の不良は、春雨高校の剣道部員だった事」
「マジで!?」
「うん。だから、今度の試合は負けられないし、私は絶対に剣道部の主将として勝ちたい」

試合で正々堂々、剣の道として勝ってやるんだ。
昔、剣道をしながら、その竹刀で私や誰かを虐める事を当然として…今も尚、同じ評判の悪さを保っている彼らに。
そして、春雨高校に勝てるくらい、私も強くなれたよって…あの人にいつか伝われば良いと思える。

「願掛けみたいなものだよ」
「良いじゃねーか」
「俺もアンタが主将なのには、十分な理由だと思うぜ」

笑ってくれても良かったのに、返されたのは優しい肯定だった。
思わず熱くなる目頭を堪えながら、慌てて目元を擦る。
たまちゃんがハンカチを差し出してくれて、「きっと伝わりますよ」と言ってくれた。
そんな皆の優しさがあるから…私も伝わるんじゃないかと思える。
借りたハンカチを手で包んで、恥ずかしさも緊張も無く、言葉に出来た。

「うん。伝わったら嬉しいな…シロヤシャさんに」

教卓の方で、先生だけが全く変わらない様子でジャンプを読みふけっていた。

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