- ナノ -




相模・奥州メモリアル 5


「名前、少し付き合え」
「…一本だけか?」
「Yes.一刀勝負だ、不満無ぇだろ?」
「婆娑羅も無しなら」
「OK.小十郎、他は預ける」
「御意に」

会話も一段落した所で政宗が持ちかけたのは一騎討ちの手合わせであった。
脈絡も無く勝負を持ちかけられても、条件を確認して受け入れる。
顔を合わす度、話の席に関係無く必ず一度は持ちかけられる誘いなのだ。
答えるのも受けるのも、ほとんど挨拶のようなものだった。

屋形内部の回廊に囲まれる平たい場で互いに得物を携える。
政宗の腰にあるのは手にする刃と対の鞘のみで、他の五爪は己の右目へと預けられていた。
抜き放たれた白刃の一刀を真っ直ぐに自身の顔前へと構えて浮かべられる不適な笑み。
対して、槍を回転させた後で背へとつけ、下ろしている片腕だけで支えて保たれる一の字の口。
お互いに向け合う牙は本物である。

「Bring it on!」
「先攻どうも!」

突き出された矛先が応じた竜の爪に止められる。
交差して下へ流される刃が何度も打ち合って残影した。
一呼吸も置かせない猛攻のせめぎ合いの反動が空気を震わせる。

粛然と正座する小十郎は、繰り広げられる勝負から視線を落とした。
丁寧に向きを揃えられた五つの名刀、独眼竜の牙とも呼べる爪。
初めて六つの刃を武器とした時から、どんな戦でも常に政宗の身から離れることはない。
右目と呼ばれる小十郎が竜の背を守るように、六爪は竜の前を守り切り開く術だ。

―政宗様、手合わせとて真剣ならば万一という事もあります。御身を思うなれば、預かるなどとても出来ませぬ
―俺が名前に殺られると?
―思ってはおりません。俺は貴方様の右目故、譲れぬものがあるのです

もう昔になるが、政宗が名前へと条件を告げて勝負をもちかけた時に交わした事をよく思い出す。
戦い…特に相手が認めた強者となれば必ず高揚して楽しそうにする己の主が、爪を差し出して静かに鼻を鳴らせて笑ったのだ。

―これは俺が決めた、アイツへの信だ
―信、ですと?無礼を承知で申し上げますが、先代様より続いた誼とはいえ所詮は他国…いつでも敵になり得る相手と政宗様もご承知のはず…
―I see.そんな事は俺が一番よく分かってる。俺以上にアイツもな
―ならば何故
―分かってる、認めてる…だからこそ、俺は刃を抜かねぇ。抜かねぇための枷だ
―!
―お前の手元にありゃ、俺は“俺”を取り戻せるだろ

万一、高ぶった激情のままに動いてしまう事があったとしても。
左目が戦いの熱に飲まれて曇ったとしても、右目が残りの刃を押し留める。
そう言ったのだと、理解した時にすぐに言葉を返せなかった。

(北条 名前…政宗様がてめぇに何を見ようとしているのか、今なら少しは理解できる)

先代、伊達 輝宗が築いた北条との親交を政宗は正式に同盟へと結び変えた。
諸国をも驚かせた奥相同盟の成立だった。
高い誇りと実力、荒々しい気性故に馴れ合いを好しとしない、他者へ膝を折ることなど有り得ない北の竜がと。

真剣をもってしてまで何度も行われる刃の交し合いは殺し合うためではない。
当の目的なら、名前という男は応じないどころか政宗との親交も絶っただろう。
政宗が爪を抜かない枷を己に与えてまで対峙する相手は、戦をする敵ではないと信を確かめたいから。

「機は熟した!俺は本格的に天下取りに名乗りをあげる、竜の飛翔だ!アンタはどうする?」
「俺か?」
「そうだ!名前、天下に興味は無ぇのか!日ノ本を統べるって欲は無ぇのか!?」
「逆に聞かせてくれよ、マサ。天下って何だ?」
「What!?天下ってのは文字通り、日ノ本全土だろ。それを統べたモンが天下人に決まってるじゃねぇか!」

刀と槍が弾き合って距離が開く。
政宗の問いに、名前は笑みを消して静かに思考に沈んだようだった。

「なら天下は国を示すんだろう、日ノ本という大きな一つの国を。悪いが、俺にとっての国はココだ。この相模と東の一円が俺が守らなければならない国だ。それが北条の…じいちゃんと父さんから印を託された時に民へと交わした、俺の信だ。マサのいう天下なら、俺じゃ役不足だよ。俺は自国との信さえ、まだ果たせちゃいないんだから」
「Ha!野望以前に見る未来ってやつか。それこそ天下を得る以上に永久に叶わねぇdreamみたいなモンだぜ!」
「語れる理想なら、叶えるのも理だろう。俺は争いから得る野望よりも、託された先にある未来を選ぶ」
「アンタの目指す先は変わらねぇか…!」
「お前に殴られた時からずっとな!」

―ふざけんな、俺を見くびんじゃねーぞ!俺はお前なんか殺さねぇ!

夕日に負けないほど怒りで紅潮した梵天丸に再度殴られた。
今度はもっと痛かった、あの時。
呆然としている国王丸へ、もう決めた!と勝手に宣言されたのだ。

―お前の話、聞いてて腹が立ったから決めた。その考え、やめろ
―は…?どういう意味だよ
―父上とお前のオッサンが繋げた親交じゃねぇか。それを俺とお前が同盟に変えりゃ良い!そうすりゃ全部解決だ
―そんな簡単にいく訳無いだろ

nice ideaだ、と満足そうにする梵天丸へ呆れ続けた。
個人間の親交と国同士の繋がりとでは大きさも重さも全く違う。
なのに、否定を否定で返された。

―叶えりゃ良い!俺は奥州を統べる竜に必ずなって、その同盟を実現させてやる。だから、お前も俺と同じ所へ来いよ!
―…僕が国主になって目指す先はお前と違うかもしれない。それでも夢を見ろと?見つけろ、と
―それこそ楽しみ甲斐があるだろ?

沈黙の後で、伏せていた瞳を上げてから発した答えは笑みだった。

―分かった。梵天がそこまで言うなら僕も変わってみよう
―excellent!
―でも、梵天が約束を果たしたらの話だ
―心配すら無いぜ

堂々と言い切った梵天丸が、一刀を向けてくる独眼の男と重なる。
頷いて交わした約束を果たされたのだから、今度は己が応える番なのだ。
国王丸が名前となって政宗から受けた信を果たすための。
そして見出した先は天下ではない、別の夢だった。

再びぶつかった猛りが最後。
政宗が刃を下ろした事で名前も槍を下げた。


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