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瀬戸内・九州道中 8


字の如く、綺麗なお星さまになったのがザビーであると城の爆発を見上げた信者たちにも伝わったらしい。
将を失った群れがどうなるかは分かりきったものであった。
戦意を失った信者たちを長曾我部軍の野郎どもが追い詰めていき、戦況は決した。
「おおおっー!!」と拳を上げてこちらへ手を上げて雄叫びを上げる野郎ども。
それを破壊した穴から姿を見せた元親が応えた。

「よぉしっ野郎どもー!鬼の名を言ってみろぉぉ!」
「も・と・ち・か!!」
「アニキー!!」
「大量だぜぇぇ!」

城内を揺るがすような大声援に、「アニキ!アニキ!」の鳴り止まないコール。
感心するチェスト改め島津は、向きを変えて歩く名前を見やった。
監察していれば、迷わず向かった先は意識を失って倒れているサンデー改め毛利の元だった。
横たわっている身体の外傷を確認する姿に目を丸くしてしまう。

「おまはん、一体どういうつもりね?」

敵だった自分たちを討ち取らないばかりか、心配までするとはと。
島津の呟きを聞いた元親がようやく振り返って、毛利に向いている名前に気づいて機嫌悪く反応する。

「オイ、名前!毛利なんか放って置きゃ良いだろう!」
「いや、元就公は中国に連れて帰る」
「なっ本気かお前!」
「ああ、本気だ」

名前の発言に怒り通り越して衝撃が強かったらしい。
唖然とする元親にも動じず、真剣な表情のまま名前は元親を振り返った。

「この人は中国に必要だ、このままにはしておけない」
「ソイツは人を人とも思わねぇ冷血野郎だぞ!?連れ帰ったって中国が荒れるだけだッいねぇ方がよっぽどッ」
「それでも、俺が見た中国はこの人を失って確かに荒れ始めていた」
「なっ」

元親から視線を元就へと移す。
閉じられた瞳と力の入っていない身体は意識が無い事を示している。
元親の言うように捨て置くのも、一層斬り捨てるのだって今なら簡単だ。
だが、それは誰であろうとさせない。
冷静に見つめながら瞬いた名前は、再び瞳を元親へ向けた。

「それに、俺はこの人が冷血だとは思わない」
「何言ってやがる!?コイツは!部下である野郎どもでさえ平気で捨て駒呼ばわりして切り捨てる奴だ!血も涙もねぇんだぞ!?」
「チカの言うようにさ、本当に血も涙も無いんだったらココにはいないよ」
「!?」
「ザビー教なんかに耳を貸したりなんてしないじゃないか?愛なんて叫ばないんじゃないか?」
「そりゃぁ…ッだがよォ…!」

う、と口ごもる元親は苦々しい表情で唸りまくる。
葛藤しているようにも見える姿に、変わらず瞬いていると代わりに笑ったのは島津だった。

「オイも同じ思うばい!サンデーどんは確かに愛ば満ち溢れ取った!」
「けど、コイツは…愛とか情とか欠けてる野郎で…ッ」
「欠けてる?」
「あぁ!俺はコイツと初めて会った時、そう言ってやったのさ」

吐き捨てるように答えた元親に、名前は表情を崩してしまった。
真剣な顔が穏やかな微笑みになったのに面食らう元親。
身近な笑い声を立てて、「そうは思わないな」と優しい声色で言った。

「元就公の心は欠けてなんか無いさ。それに、ザビー教に縋って愛で埋めようとする必要も無いよ」
「名前?」
「この人は十分過ぎるくらい愛と情を持ってるよ。それは中国と安芸を見たから分かる」
「!!」

何かに殴られたかのように固まる元親の言葉を待たなかった。
元就へと肩を貸して身体を支えながら立ち上がる。
その状態で、いまだ息を飲んでいる元親に改めて言葉を紡いだ。

「だから、俺から頼むよチカ。元就公を瀬戸内まで連れ帰ってくれないか」
「アンタ…俺とソイツが相容れねェ宿敵同士だって分かってんだよな?」
「承知の上さ。でも、チカだってこのままじゃ嫌だろう?その宿敵とはさ、ちゃんとした状態で雌雄を決したいんじゃないか」
「……」
「それに…チカなら頼めるって思うから」
「〜ッああッ分ぁあったよ!連れ帰れば良いんだろう!良いか、名前!コイツはァ毛利の為じゃねぇ!おめぇと俺の為だ!!」
「ありがとう、チカ!」

ついに折れた元親は盛大に嫌そうにしながらも、最後はちゃんと約束をしてくれた。
地に差していた碇槍を抜いて、外の野郎どもへと号令を飛ばす。
元就を支えながら名前は、こちらを何やら満足そうに見ている島津へ軽く頭を下げた。

「義弘公も、いずれ縁がありましたらまた見えられる事を願ってます」
「オイもじゃ。名前どんゆうたかの」
「はい」
「おまはん、オイたちと同じ者の気がするけん。改めて、勝負できるんを楽しみにしとるね」
「!…ハハッ…その折には、是非」

島津の言い切った言葉を胸に、敢えて深くは追求せずに背を向けた。
最後、島津が後ろを振り返る。
そこには最初から何も無かったように黒い影の気配は綺麗に消えていた。

「…おもしろか若者ばい」


瓦解したザビー教からの追撃は無かった。
行きよりも遥かに早く陸を進んで海へと出るのに数日とかからなかった。
海原へと船を出せば、後は遮るものなど無い。
瀬戸の海へと向けて帆を張り、海の男たちの力を借りて波をきる。
その帰りの旅の間も元就は死んだように眠り続けていた。

彼に味方はおらず、長曾我部軍も因縁の敵将とあらば良くは思わない。
元親が命を下していなければ、たちどころに斬りかかってくる輩だっていただろう。
その危険性も考慮して、名前は片時も傍を離れなかったし、ずっと看病を続けていた。

甲斐あってだろうか、元就が目覚めたのは厳島も目と鼻の先という頃であった。

「…ココは」
「眼を覚まされましたか。ご加減はいかがですか、元就公」
「貴様は…ッ、ぐ…我は…」
「俺は名前と言います、しがない旅の者ですよ。覚えてますか?貴方はザビー城で…」
「言うな!その名を口にするでない!」
「!」
「我は何も知らぬ!思い出したくもないッ!」
「…(どうやらサンデーではなくなったみたいだけど…この様子じゃ、この人にとっちゃとんだ思い出になるんだろな)」

これ以上その話をするなら斬り捨てる!と人殺せそうな瞳で睨んでくる。
けれど、もはや名前には毛利元就が冷徹無慈悲で完璧な知将であるという印象は綺麗に無くなっていた。

「とにかく、元気になられて良かったですよ。ホラ、厳島も間もなくです」
「…長曾我部の船か」
「ええ。大丈夫、チカも…元親も承知の上ですから誰も貴方に危害は加えません」
「そのような世迷言を、我が信じるとでも?」
「別に信じなくなって構いませんよ。貴方がどう思おうが、事実は変わらないから」
「……」

睨み据えてくる元就が意識は取り戻したといっても、全快しているのではないと知っている。
他ならぬ容態を見守って来たのは名前自身なのだから。
穏やかな笑みを変えずに、むしろ楽しそうにしながら立ち上がる。
厳島の荘厳な鳥居が大きく見えた。

それからの元就は元親が気味悪がるほど大人しかった。
抵抗もせず、名前が鎧を着るのを手伝うのも拒まない。
ただ、声を掛けようとする元親たち長曾我部軍に対しては「近寄るな、下種が」と吐き捨てて警戒全開だった。

そんな調子だから、船が厳島へと停泊するや否や己の怪我にも構わず飛び降りて距離をとった。
直前で返された輪刀を装備されているから、船上の元親たちも戦闘態勢を解かない。
名前だけが普通に降り立って歩いていくと、やや距離をとった位置で止まった。

無言の元就と穏やかな名前の間に静かな空気が流れる。
スッと瞳を細めた元就が先に口を開いた。

「貴様…何が望みだ」
「望み?特に何も」
「嘘をつくな、何もない訳が無かろう。あの鬼を使い、我を助けるなどと…何が目的ぞ」
「んー…そう言われても」

挙動の一つ一つすら見逃さないと、全身へ元就の射るような視線が刺さっている。
それでも、どう考えたって浮かんでくるものは無いのだ。
考える仕草をしてから、ふと言葉を選ぶ気も失せてしまった。

「強いて言うなら、貴方のつくる国と元就公…貴方が見たかったから。かな」
「なに…?」
「深い意味は無いよ、ただ中国に来てみたら貴方がいなくて驚いたけど(ザビーに洗脳されちゃってたし)」
「……」
「それに、おこがましいかもしれないけど、貴方が俺と似ているんじゃないかと思って会いたかったんだ」
「!、我と貴様がだと…?」

不快だとばかりに怒り湧いた感情が止まる。
元就自身の意識を奪ったのは、風に吹かれた輝きだった。
厳島の鳥居を背に、輝く日輪の光がなびいて揺れる。
キラキラと光を放つのは、名前の金茶色の髪だった。

(この男の…日輪が、増して見える、だと?)

まるで日輪の光が形どったような…と考えて、ハッとなった。
眼を丸くして不思議そうにしている名前の姿に戻る。
対して、少しでも思考を奪われていた己に眉を寄せる。
名前としては静かになった元就を気にする事もなく、納得いったように続けた。

「だから目的は果たせたって事です。望みは、このまま俺と元親が瀬戸海を渡れる事…で、どうですか?」
「…フン、勝手にしろ」
「元就公…」
「我の気が変わらぬ内に、どこへとなり去れ。だが、再び相対するは容赦せぬ」

クルリと向きを変えてさっさと歩き去ってしまう背。
見送りながら、ホッと力を抜いて頬をかいて笑う名前に後ろから元親が呼ぶ声がした。

「ふぅ…良かった、問い詰められなくて」

頬を緩めつつ、去っていく緑の鎧姿を目に入れて。

(中国を、西国を頼むよ、毛利元就…)

「さぁ、俺たちの国へ帰ろう風魔」と呟いて身を翻す。
同じく背を向けて歩く元就も瞳を閉じて開いた。

(アレが日輪の光だと…?日輪の申し子たる我ともあろう者が…どうかしている)

恐らく、助けた事に謀など無いのだろう。
告げ答えた言葉にも嘘は感じられなかった。
煌く陽光を受けて輝く姿を体現するような、暖かくて得体の知れない男。
名前、と名乗る者だと思考を澄ませて、輪刀を握り直した。

こうして、太平洋に沿って北上する長曾我部軍の船に乗せられ、名前が自国へと帰国するのは数日後の事だ。


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