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瀬戸内・九州道中 5


瀬戸の海から北九州方面へと船を進めた長曾我部軍。
豊後の国に入るや否や、早々に新興勢力改めザビー教団と交戦した。
彼らを一言で言い表すならば、とにかく奇抜で奇天烈。

「私たちが愛を教えて差し上げまーす!」
「全ては我が主ザビー様のために!愛ミナギル!」
「らぶいずまねー!!」

両手万歳で高らかに愛を謳って、武器持って襲い掛かってくる異様さと言ったらもう。
初戦で既に真顔しか出来なくなった名前は、「やべぇな、コイツら」と呟いてしまい、頷いた元親と意気投合してしまった。
とにかく語る事、愛、ザビー様、愛、愛、ザビー様。
聞き飽きるくらい主張されて、「だあああッーうるせぇ!黙りやがれぇ!」とブチギレた元親の“三覇鬼(さばき)”でぶっ飛ばされていた。

「へぇ、アンタの武器は槍だったのかっ」
「ああ、主はね。必要に応じて色々使うけどさ」

乱戦の中を突っ切る際に、敵信者から奪い取った槍を巧みに振り回す。
それを見た元親は、名前の得意武器を一目で判断した。
対して名前自身は少し感嘆しながらも、隠す気も無く素直に認めて応える。

元親と刃を交えた時は刀だった。
他にも、ココにくるまでに格闘を交えた肉弾戦や弓、銃、大筒といった飛び道具からクナイ、手裏剣といった忍武器も使用した。
共に戦う元親ですら目を引かれてしまうほどに実に多彩な武器を扱っていたのだ。
どれにもに共通するのは、状況に応じて敵から奪ったりして用途と武器を素早く変える事だった。

そんな名前が、槍へと切り替えた瞬間、明らかに雰囲気が変わった。
同じ槍系の武器を扱う己であるからこそ、より分かる。
名前の得手するのは槍だった。

「ハハッ!やっぱり強ぇなぁアンタは!一緒に戦って退屈しねーぜ!!」
「…俺もアンタと戦えるのは楽しいな」

荒々しく豪快に碇槍を奮って道を斬り拓く元親の発する熱気。
小細工など使用せず、己の信ずる実力で敵を蹴散らし進む戦い方には漢を感じさせるものがある。
だから、多くの野郎どもに慕われるのだろう。
やや疲れるのが難点だが、元々、そういったノリが嫌いな訳ではない。
戦に高揚して全体の戦況に意識が疎かになりがちな元親と長曾我部軍の動向を見極める眼を緩めずも、共に並んで突き進むのは楽しかった。

気がつけば、敬語が取れてしまっている事を分かってはいながらも頷き合う。
交わす言葉は少なくとも、共に構える刃と戦場を共に突き進む事で培われるものがあった。
名前も元親の実力を知って得手不得手を把握したし、その逆にして元親も同じだった。

元親の勢いを中心とした長曾我部軍の爆発的な攻撃力を、最大限に活かすために。

「元親公!大筒隊を右方へ展開させて、歩兵隊を大回りに突き進ませた方が良い!あっちは俺に任せろ、前方は…任せられるか!?」
「分かったぜ、名前!一気に蹴散らしてやるぜ!全部、この鬼に任せなッ」
「ああ!アンタに全部任せる!」
「おうともよ!!ハッ!オラオラッどけどけっこの田舎者がよォ!!」

元親と共に先陣を駆けながら、視界に飛び込む新たな地形、状況、兵の配置、布陣へ素早く目を走らせるのは反射だ。
既に息を吸うように身についている癖が情報を集め、高揚していても頭を全力で思考させる。
歩兵一人一人の動き、旗の布陣の機微ですら見逃すものかというくらい。
五感が研ぎ澄まされていると感じるくらい、全てに対して貪欲なまでに意識が覚醒していた。

名前の発する戦法を元親も頷いて野郎どもへと指示を飛ばす。
正面突破をするだけだった長曾我部軍は今や、戦場に応じて部隊を散らして布陣を形成していた。

結果として、豊後で繰り広げた複数回の戦は全て完全勝利を得る事になった。
豊後から肥前の国へと進軍していく時、名前は元親を「元親公」ではなく「チカ」と呼ぶようになった。


「ココが奴らの根城か。ようやく辿り着いたぜ…まったく手間取らせてくれたもんよ」
「何というか…前衛的だな…」
「最初から分かっちゃいたが、悪趣味にも程があんだろう」

更に数日をかけて陸路を進み、ついに敵の本拠地と目と鼻の先まで辿り着く。
直近に見える巨大な城には、ザビー教がいかに大きな勢力となったのか知れるが。
それ以前に、その造りのぶっ飛びように顔が引きつるのは避けられない。
うげぇ…とゲンナリした顔の元親と、もはや呆れ通り越して真顔で評価してしまった名前。

「俺としちゃ正面から殴り込みてぇんだが」
「…いや、それは良策じゃない」
「じゃあ、アンタならどうすんだ」

足場へと突き刺していた碇槍を引き抜いて肩にのせ、名前に問う元親。
名前は、真正面に見える荘厳?…なザビー城に瞳を細めて黙り込む。

城壁や門の造りは見た目の悪趣味さに反して、非常にしっかりとしている。
警備をしている信者たちの配置と数、動き方も的確に近い。
今まで戦ってきた信者一派の乱とは明らかに異なってくる。

(油断すれば、こちらも受ける傷が大きくなる)

将として采配をふるい損ねる事は、自軍の兵を殺す事に直結する。
戦況を見誤れば見誤った分だけ、敵を侮って己を過信した分だけ。

(忘れるな。今の俺は、長曾我部軍の将であるチカを護る“将”だ)

思考する心中は波の無い水面のように恐ろしく凪いでいた。
どんな状況であっても、一軍を統べる将たる者が違えてはならないという根幹。
流される血と失われる命の数が、将としての器を表すのだと。

小さな風を吹いたのを名前だけが感じて、立ち上がった。

「夜を待とう」
「乗じて奇襲するってか」
「いや、仕掛けるのは夜明けが良い。その方が性に合うだろ?」
「へッ、分かってるじゃねぇか」
「まぁな」

本来なら、斥候や囮を使った陽動や夜襲によって強固な守を崩すのが王道だがと考えて笑った。
夜と聞いて渋い顔をした元親が、奇襲や騙し討ちを好まない事を理解している。
そんな主の気性を反映するように、長曾我部軍自体が隠密作戦は不得意だ。
ちゃんと説明して話せば、話の分からない男ではない。
けれど、名前としても元親の良さを曲げて欲しくなかった。

「チカは、それで良いんだ。アンタのそういうトコが俺は好きだから」
「煽てんじゃねぇよ、照れるだろうがよ!」
「いでっ…」
「俺もアンタが好きだぜ、名前」

バシリと背を叩かれる痛みに抗議しながらも、お互いニカッと笑い合った。
そのまま拳を作ってぶつけ合う。

最初出会った時は、こうなるとは思っていなかったけれど。
名前は元親を友だと思っているし、元親も名前を友だと言ってくれた。

「俺に出来る事があったら、いつでも言えよ!」とヒラヒラと手を振って陣へ戻る元親に手を振って返す。
それから、改めて崖の向こうに見えるザビー城を見据えたまま笑みを消した。
口を開いて低く名を呼んだ。

「風魔」

瞬間、岩影になっている場所に姿が出現する。
既に片膝をついて礼をとっている姿勢を知っていたが、振り返らずに冷静な声色を紡いだ。

「頼めるか」
「…!」
「ああ、構わない。行け」

微かに顎を動かした風魔の仕草に頷いて許可を下す。
黒い羽根を散らすように霧散した風魔が霧散すると、名前は瞳を細めたまま口端を上げていた。
夕日が城に影を落とし、群青色が闇を誘っていた。


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