瀬戸内・九州道中 4
四国に奇襲をかけてきてカラクリを奪ったという輩は、豊後の方角へと逃げ去って行ったという。
部下の詳しい報告を受ける元親の判断は、叫びを上げた通り、追撃の一択だった。
今や毛利軍を退かせて踏み入れた厳島にも興味は無い。
あれほど元親が瀬戸内を挟んだ戦いに拘ったのは、総大将である相手が所以だ。
その相手がいないのであれば意味は無い。
「悪ィが、すぐに船を出すつもりだ。アンタはどうする?」
周囲の船の準備は整えられ、甲板に立ったままでいた名前に声を掛けたのは元親だった。
奇襲された怒りはまだ収まっていないようで、険しい表情は真剣に見つめてくる。
準備を進めて集まる兵の動きや数、船に積まれている表の装備をずっと眺めていた名前が初めて振り返った。
チラリと向けられた瞳に、元親も僅かに目を開いてしまう。
「俺も一緒に行っても?」
「構わないぜ。だが、何かあるのか?」
「その襲撃者の事で気になる事があるんですよ。元親公は九州での新興勢力による乱をご存じですか」
「新興勢力?いや、聞いた事もねぇな…」
「何でも、南蛮の宣教師が布教している宗教が始まりだとか。彼らの噂は各地で耳にしました」
「そういうやぁお前さん、南から旅を戻ってる途中だって話だったな」
「ええ。豊後の方角へ逃げたというのなら、限りなく黒に近いと思いますよ」
南蛮人を主導にして、奇天烈な格好の集団、そして九州とくれば。
と、冷静に順を追って紡ぎ並べていくと、元親が難しい貌で低く唸る。
「アンタの言いぶりなら、厄介な相手なのか」
「その答えだけなら、以前はと言いましょう。今なら、相当厄介になっている可能性はあります」
「そりゃどういうこった…?」
「輩は長曾我部軍のカラクリ兵器を奪ったんでしょう。兵器技術なら、西国どころか今の日ノ本で四国に並ぶものは無い」
「!…」
「評判には聞いてましたけど、実際に見て納得しました。だからこそ、追撃の判断には俺も賛成です」
装備されている大砲や独特のカラクリ兵器の数々を表面上見ただけでも頷ける。
これをモノにされ、更に改良などで力をつけられてしまえば新興勢力と言えど侮れなくなる。
叩き潰すなら今が機だろう、と瞳を細めて下へと落とした名前は言葉にはしなかった。
急に静かになった元親に気がつき、不思議に思って伏せた瞳を上げようとした。
バン!と落とされた衝撃に視界が大きく揺れて驚く。
「アンタ、見る目あるじゃねぇか!!ハハハッこの俺のカラクリが日ノ本一か…!!」
「え…ええ…(痛ぇ!?何つー馬鹿力!)」
「名前、安心しな!この船にいる限り、アンタの身はこの西海の鬼が守ってやらァ!」
豪快に笑う元親の機嫌はすこぶる良くなったらしくて、何度も叩かれる背の衝撃がジンジンする。
肩組みされるがままになってしまった己の油断にウンザリしてしまった。
煽てたつもりは無いのだが、先ほどの言が元親の矜持を満たしたようだ。
「気に入った!」とニカッと笑顔で宣言する元親の身がようやく離された。
やや疲れた表情でいると、勢いのままに命を下す大声が響いた。
「行くぜ野郎どもッ、出港だッー!」
うおおーっアニキー!と、叫びと手が挙がって帆が広がる。
七つ方喰を象徴する長曾我部の家紋が描かれた白が風を受け、船が海へと動き出す。
海流に乗って、すぐに速度を上げていく船が続々と続いた。
足を甲板の縁へのり上げさせた元親が蹴り上げて身を跳躍させた。
見事な回転をしながら、船首の方へ着地して叫ぶ。
「目指すは豊後!俺たちに喧嘩を売った事、後悔させてやる!海賊の流儀って奴を教えてやるぜ!」
呼応して高まる野郎どもの興奮に、曖昧な笑いを浮かべた。
これが瀬戸内の両雄の片割れ、長曾我部軍かと理解した。
(マサの軍と変わらねぇ…)
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