- ナノ -




瀬戸内・九州道中 3


「端っからアンタを殿(しんがり)で捨てられた兵だとばかり思っちまった。本当に悪かった!」
「い、いや。分かりづらい状況をしていた俺も悪いので、そんな頭下げないで下さいって…!」

項垂れるように下げられている頭が首を振る。
遠くから戦況を見守っていたらしい船から「アニキー!どうしたんッスかアニキ!」と大声が上がりまくっていた。
気分は一転、居た堪れない上に居心地悪さ最高だ。
まさかこんな行動に出るとは思わなかった。
豪快な気性もココまでくると一本通り過ぎて清々しい。

(確かにアニキだわ)

頬を緩ませて脱力する。
後方からの声はやがて走り寄って来る足音と騒音に変わった。
段々と鮮明になる兵の面々はどこを見ても筋肉隆々、強面の人相悪い揃い。
体格も良く、平均はあると思っている己すら包囲されてしまえば小さく感じさせられる。
おまけにガンつけと飛ばされる野次の迫力と言ったら。
その顔で農民を恐怖死させられるだろうと半目になってしまうのは仕方ない。

「このガキ!アニキに何しやがった!」
「卑怯な真似してんじゃねーぞッ!!」

どうやら姑息な手を使ったとかで、元親に頭を下げさせているのだと思われているらしい。
何もしてないのに面白いくらい汚名が注がれていくのに、かえって愉快ささえあった。
苦笑いで何も言わずにいると、代わりの一声が全てを黙らせた。

「やめねーか!!」

元親の一喝に、子分たちが喉を鳴らせて黙り込む。
よく通じ合っているな、と感嘆すら出る。
上げられた相貌が再び向き直ったので、ふと考えてから腰を落とした。

高低差のあった視線が、座高差分まで縮む(この差は悔しいが、自力ではどうにもならない)。
ポカンとしている元親の半開きの口や表情がおかしくなるのを堪えつつ、同じように胡坐をかいて向き合った。

氷海の上、むさ苦しい野郎どもに囲まれている真ん中に、座して向き合う男二人の図。
さぞかし形容しがたい趣があるではないだろうか。

「アンタ…何してんだ?」
「話し合うんなら、目線合わせるもんでしょう?」

間抜けなさを含んだ問いに、軽い対応のようでしっかりと言い切る言葉。
短い間を置いた後、「良い事言うじゃねぇか!」と元親の上機嫌な頷きがあった。


長曾我部軍の対応は見た目と違って、非常に柔軟で気安かった。
あの後、軽く自己紹介をして会話を重ね、怪我をしている事も知った元親は自身の船へ乗船を許してくれた。
毛利軍は既に厳島を退却してしまっているため、凍っている部分の自然融解を待ちつつ、軍船の停泊が進められる。
元親の指示の下、意気揚々と働く野郎どもは逞しかった。

薬を手渡され、甲板の隅にちょうど良い座り場所を見つけて一息入れようとした。
そこへ雑な足音が板を軋ませて近づいてきたので顔を上げる。
機嫌の良さそうな笑みを浮かべる元親が「よォ!」と手を上げてきた。

「こんなトコにいたのか、名前!中に入って休めって言ったじゃねぇか」
「そういう訳にはいかないですよ。俺は部外者ですから」

名前、と呼ばれると肩の荷が抜ける気がする。
元親の人好きする気性もある、気の置かなくて良いと感じさせてくれるソレが魅力だと思った。

名前の返答にも、調子の良い機嫌は損なわれる事は無いらしい。
「そうか?」と言いつつ、動く気が無いと分かったのか隣に腰を下ろしてきた。

「この俺が良いって言ってんだし、気にする事ァねぇさ!」
「アニキらしい」
「!、お?おう…」
「なんか変な事言いました?」

褒めたつもりだったのだが、歯切れ悪く言葉に詰まった元親の戸惑いに不思議がる。
何とも言えないような面持ちだった。

「何かよォ、アンタにそう呼ばれっとスッキリしなくてな」
「では長曾我部公?」
「あ〜そりゃ違ぇだろう」
「元親公?」
「いっそ呼び捨てで構わねーぜ!」
「そういう訳には…」

たとえ海賊を自称していようとも、相手は四国を統べる国主だ。
立場というものがある、それを軽んじるつもりは毛頭無い。
今度は歯切れ悪く、遠回しに遠慮しようとする様子を見せる名前に元親は不満そうだった。

「別に俺を敬うってつもりもねぇだろう?」
「下手な敬語使うなって事ですよね、それ」
「おうともよ」
「…これでも一応難しい立場なんですよ、俺も。だから、俺が呼び捨てにするのは友と思う者だけです」

下手な言い回しや濁しは、嫌うだろうし納得しないだろう。
真っ向から向き合う元親に対しても失礼だと思ってしまうほどには、この男の人柄に好感を抱いていた。
何より、話せば話すほど、どうしたって重なる人物がいる。

―Wait!アンタと俺は、いずれ対等だ。なら、何の問題もねぇだろう。You see?

左右違えど同じ隻眼の風貌だからだけでなく、荒々しく統率力に優れた粋の良さ。
かつて、一番初めに友と呼べる存在になった男が不敵に記憶の中で笑った。
目の前の西海の鬼は、彼にそっくりだから。

困った笑みのままでいると、元親は諦めたように立ち上がった。
残念そうな様子は隠されないが、無理意地はしないらしい。
船へと上がって来る兵たちが元親を呼ぶ声がした。

「そうかい。無理にとは言わねぇが…まぁ、良いさ」
「アニキー!」
「何だ、大声出しやがって。一体どうした?」
「それが…!捕らえた毛利の兵が吐いたんスけど!」

報告に来たのだろう、急いで走って来た息を荒げながらも子分の告げた内容は驚くものだった。
一瞬、大きく肩を揺らせた元親の驚愕が見て取れた。
名前は静かにやり取りを見つつ、横目だけを厳島の向こうに見える対岸の中国へやった。

「この戦い、大将は毛利じゃなかったんですよ!」
「何ィ…?オイ、そりゃどういうこった!!野郎が尻尾巻いて逃げるタマでもねぇだろうッ、ちゃんと説明しやがれィ!」
「いや、そう言われても…っ俺も何が何だか…!」

驚愕は言葉を理解してから憤怒へ。
詰め寄って怒るとタジタジな子分に、ようやくハッとなった元親は身を離して嘆息する。

「これもお得意の策って奴か?にしちゃあ、拠点の厳島を捨てるのはどう考えても不利になるだけだろうに…」
「ココは毛利が固執する日輪崇拝の場所でもありますからねぇ…」

普段、詭計を巡らせて戦うのを得意としない元親にだって分かるくらいにお粗末過ぎた戦。
策と思うよりも、ただ単純に核たる総大将がいなかったからだという事実だけに納得できてしまう。
唸って難しい顔をしていると、更に今度は別の方向から報せが上がった。

「大変ですっアニキ!!四国に襲撃が!」
「何だとッ!?やっぱり毛利か!?」
「それは違うと思う」
「!?、名前っ?」

急な自国への襲撃の報に戦慄して反射的に叫んだ元親に響いたのは、名前の静かな呟きだった。
今まで意識を逸らしていたから、バッと振り向く。
そこには変わらず座っていたが、その手には黒い羽根が遊ぶようにあった。

「主犯は毛利公じゃない。そうなんじゃないですか?」
「…あ、ああ。アニキ、襲ってきたのは奇抜な格好しやがった集団だったらしいんです…!」
「奇抜な格好の集団だぁ?」
「ッス!武器庫に保管してた試作のカラクリを奪っていきやがったらしくて…ッ」

先導していたのは可笑しな言葉を唱える南蛮人だった、と。
「何だとォ!?」と先ほどよりも更に衝撃を受けている元親が、身体を震わせて碇槍を持った。

「俺の島を荒らしただけでなく、カラクリにまで手を出しやがったと…!絶対に許さねぇ!!」
「追いかけるッスか!」
「たりめぇよ!野郎どもーッ!すぐに船出の準備だッ!」

大きく掲げられた碇槍に、周囲から野郎どもの叫びが重なった。


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