- ナノ -




帰ってきた補佐官


「判決、大叫喚地獄行きに処す!」

死後、亡者たちが辿り着く五番目の裁判所である閻魔庁。
法壇で小槌を叩き、閻魔大王に判決を言い渡された亡者の男は身体を震わせていた。
両脇についている獄卒は、判決の結果に恐れ慄いているのだと思う。
けれども、伏せていた顔を上げた亡者の様子は真逆であった。

「ふざけんじゃねぇ!まっぴらごめんだクソジジイ!」
「く、くそじじい!?」
「お前っ閻魔大王様に何てことっおが!?」
「へっへーんだ!」
「ま、待てーーっ!!」

亡者に思いっきり馬鹿にされて、ガーン!とショックを受ける閻魔の隙を突き、獄卒の足を踏んで攻撃。
そのまま後ろへ猛ダッシュしていく亡者が逃亡を図る。
そこへ、裁判記録の巻物を新たに持ってくるために一時的に席を外していた補佐官の横を通り過ぎた。
擦れ違い様だったため、亡者はそちらを見なかったが、手伝いをしていた小鬼獄卒の二人―唐瓜と茄子は血の気を引かせた。
それほど、横の補佐官―鬼灯の形相が凄かったのである。

「大変だ、早く捕まえないと…!」
「鬼灯様、いつもみたいに金棒ぶん投げないんですか〜?」
「何でお前は、そんなに冷静なんだよ茄子!」
「だってアイツ足早いみたいだし、もう扉直前だし俺たちじゃ何にも出来ないでしょ?」
「そうだけど!焦るだろ普通!!鬼灯様!?」

取り乱す唐瓜とは別に、茄子はいつもの調子に戻って聞く。
普段なら、亡者の逃亡を見つけるなり、野球選手も顔負けな光速球の金棒が唸るのだが。
憤怒で凄い形相だったのも一瞬で、すぐに無に戻っている鬼灯が動かないのは珍しい。
こうしている間にも亡者は既に法廷の出入り口である扉の直前まで逃げていた。
「外に出ればこっちのもんだぜ!」とまで叫んでいる調子乗りの背を見つつ、鬼灯は金棒を肩にし、佇んだまま冷静に返した。

「心配いりませんよ、先ほど彼女が戻って来ると連絡がありましたから」
「彼女??」
「それって一体」

途端、法廷内に大きな銃声が響き渡る。
亡者の叫びと、唐瓜と茄子が驚きで身体を跳ねさせるタイミングが重なる中、再び数発の銃声が木霊した。

「い、いてぇぇッッ…!こ、このアマ…ピストルなんてぇぇ…!」

手足の複数個所を撃たれたらしい亡者は痛みで床を転げまわっている。
紅いものが飛び散っていない所を見ると、外傷が無いのが不思議ではあるが、激痛は本物のようだった。
痛みで苦しみながらも、目の前に立っている足元から上へと視線を上げていく。

今まで見てきた草鞋や草履とは違う西洋風のカジュアルブーツがまず目についた。
服装は他の鬼獄卒たちが着用してるような黒い軽衫だが、腰にはホルスターを身につけている。
手に握っている拳銃が証拠だろう、薄い煙が発砲後であると分かる。
極めつけは、尖っていない耳と何も生えていない頭だった。

「おっお前、鬼じゃないだろ!」
「その通り、私は鬼じゃないよ。アンタと同じ、元亡者だけど?」
「やっぱり!なら…ッひぃ!」

しぶとく這い起きようとした亡者と目線を合わせるように、しゃがんだ女はニコリと笑う。
次には、容赦なく拳銃を男の顔面…鼻を押し上げ潰す形で冷たい銃口を向けていた。
顔を蒼くする亡者に対し、女は引き金に僅かに力を込めて変わらず笑っていた。

「今はね、閻魔大王に仕える補佐官なんだ。補佐官って何するか知ってる?忙しい十王を補佐するための役職でね、特に地獄の中心である閻魔様はどの王様たちよりも忙しくて大変なの。だから、閻魔様の補佐官も他庁より倍以上に忙しいわけ。それなのに、アンタみたいなのが出るとどうなるか分かる?」

ゴリリッと鼻の穴に突っ込まれた銃口がフックする形で亡者が涙目になって声にならない悲鳴をあげる。
呼応して反射的に引きつり笑いになっている唐瓜が恐る恐る口を開いた。

「補佐官って言ってたけど、あの人って…」
「まだ唐瓜さんたちは会ったことがありませんでしたね。丁度良い、紹介しましょう」

ポンと掌を叩いて閃き仕草をする鬼灯なのだが、無表情なだけに唐瓜から見ればシュールだ。
そんなやり取りをしている間に、すっかり逃亡心をへし折られたらしい真っ白になっている亡者の首根っこを引きずってきた女が合流する。
鬼灯の「お帰りなさい、名前さん。捕獲ありがとうございました、助かりましたよ」発言を受けて、亡者を床に落とした。

「只今戻りました、鬼灯様、閻魔様」
「名前ちゃん!お帰りーっ、待ってたよー!」
「はい、閻魔様。私も早く戻ってこれて嬉しいです」

両手を万歳する勢いで喜ぶ閻魔に対し、鬼灯が眉間を険しくて不機嫌を向ける。
けれど横に並ぶ名前は全く気にする様子もなく、閻魔に喜びを返して笑んだ。

「名前さんっていうんですかー?」
「君たちは新卒の子?初めまして、閻魔様の補佐官してる名前です、よろしくね」
「初めまして、俺は茄子〜、こっちは唐瓜っていうんだ。よろしくー」
「オイ、いきなり馴れ馴れし過ぎだろ!すみません、コイツいつもマイペースで…!今年から獄卒になった唐瓜ですっ、よろしくお願いします!」
「茄子くんと唐瓜くんね」

2人へと手を伸ばして握手するのは、さっき亡者を脅していた怖さは無く、それどころか明るくサッパリとした気さくな雰囲気が印象強くなる。
ホッと自然に肩の力を抜いた2人に、名前は更に優しい笑みを向けた。

「あれ…?そういえば、今、大王様の補佐官って言いました?」
「補佐官って鬼灯様じゃないの?」

交わした会話を思い出し、ふと疑問を口にした唐瓜に続いて茄子がストレートに紡ぐ。
飾らない聞き方だったため、向けられた最初はパチクリと瞬いたが、すぐに声を立てて笑った。
目を向けた先の鬼灯も口を開いた。

「ええ、閻魔大王の第一補佐官は私です。けれど、彼女もなんですよ」
「えーと、つまり…第二補佐官ってことですか?」
「いいえ、第二補佐官は別にいます」
「分かった!第一補佐官が二人ってことですねー!だから、名前さんがさっき閻魔大王の補佐官は倍忙しいって言ってたんだ〜」
「茄子さん、正解です」
「え!?そーいう事なんですか!?」

驚く唐瓜は、「そう言えば、研修でも聞いたような…」と思い出そうと頭を捻った。
名前は特に気分を害したようでもなく、丁寧に補足をした。

「鬼灯様は他の王様たちの補佐官以上に忙しいんだけど、ここ数百年は特に負担が増してるからね」
「名前さんには私がいない間の代役から、出張や研修を頼む事も多いんです。このあいだまでEU地獄への長期視察をお願いしていたので、貴方達が知らないのも無理ありません」
「その大役も晴れて終わったし、こうして日本地獄に戻ってこれたから。鬼灯様も、またよろしくお願いしますね」
「勿論です、成長した働きぶりを期待しています」
「貴方は相変わらず、鬼ですね」

遠慮なく仕事任せる宣言を向けられ、苦笑いする名前が軽くねめつける。
全く意に返さない鬼灯は当然という面持ちで答えた。

「地獄の鬼ですから」

[ 52/69 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]