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5 crossdressing / 苗字 名前


頭がクラクラする時あるなぁと思ってたけど、急に意識が遠くなるとは思ってなかった。
いや…正確には、このタイミングでなるとは思ってなかったに訂正しよう。
別に始めてじゃない、前にも徹夜ぶっ通しで稽古やり続けてたらエチュード中にやった事がある。
それで、丞にたっぷり説教くらったんだった…二時間正座はキツかった…その間は稽古できなかったもの。
あれから注意して自分なりに限界ギリギリでコントロールできるようにしてたつもりだったんだけど。
今回は焦りに意識が集中してて失敗した。

―名前!!お前って奴は!

うぅ…分かってます、今度から倒れないようにギリギリ注意するから。
そんなに怒鳴らないでよ丞…もう正座は勘弁…主宰もネチネチ止めて…
晴翔は馬鹿を見るような目で見な…あ、こっちは別に気にならないから良いか…

重たい頭の中で聞き慣れた声がリピートして眉を寄せてしまう。
エネルギー切れで力の入らない身体が重力を感じるにフワフワしてる気がする。
おまけに身体中が寒くて冷たい感じがするのは風邪まで引いちゃったのかな…
嫌だなぁ…そしたら、また舞台に立てなく…

「!!」

舞台に立てなくなる!!嫌だ!!
ただでさえ勘当くらってる身なのに、ますます怒られるじゃないか!!
しっかりしろ私!!ぶっ倒れてる場合じゃないでしょう!!

「風邪引いてられるかぁっ!」
「!?、うぉわ!?」
「わっ!?アレ…っ!?」

ヘトヘトな身体に力を込めたのと意識がハッキリしたのは同時。
拳を握って起き上がれたと思ったら、目の前にいた人物にビックリして更に驚かせてしまった。
唖然とした顔でいるのは…あぁ万里だ!一緒にストリートAC…もう長いからストACでいいや…!してくれた高校生!
もしかして、私っあの後ぶっ倒れて彼に助けられちゃったのか!?
瞬いて慌てて辺りを見回すと、脱衣所っぽいのでどこかの屋内だ。
何だか寒いと思ったら身体も濡れて、そのせいで…で…?ん…?濡れ…脱衣所…?

「……?……!!」
「嘘だろ…ア、アンタ…」
「ッ!?」

目の前のイケメンが凄い顔してる…やや頬赤め。
下の自分の服が脱がされて肌蹴ている…思いっきりサラシ見えるどころか解けかかって。
コレが意味する所は…と、思考が理解する前に反射が先に出ていた。

「おん、」
「ッきゃぁぁぁあ!?」

見事な平手打ちじゃなかったか、めちゃくちゃ良い音した。
いやっそんな事言ってる場合じゃッ!見られた!!コレもう胸見られたぁぁ!!
恥ずかし過ぎて頭混乱して意味分からない!ホント何でこんなッ!?
いや、もう死にたい!!裸見られた!!

「うッうぅ…っ!」
「っつってぇ…ッ!?ま、泣っ!?待て待て!悪かったッ俺が悪かった!!だから泣くなって!」

なんか万里が言ってるけど何にも耳に入らない。
張りつめてた気が爆発してしまって、『俺』じゃない私だから涙が止まらない。
クソっ!って髪かいて手伸ばしてくるけど、散らばっている服拾って隠すように後ろへ下がった。
そしたら引きつり顔で動きが止まって…

「ばんり、さんかくあったの!?さんかく〜!」
「「!?」」
「三角さん、急に開けては面白くな…いえいえ、ビックリさせてしまいます…す…?」

たっぷり沈黙…急に扉が開いて顔を覗かせたのは見知らぬ男性と…なまえ?
え、なまえが何でココに…
お互い何が何だか理解できなくて、たっぷり見つめ合う事数秒。
口元で手を覆って優雅に驚いていたなまえが誰よりも先に動いていた。

「万里くんが名前を襲ってますわ!!」
「はぁああ!?違っ違ぇ!襲ってねぇ!!」
「さんかく?さんかくじゃないの?」
「さんかく?」
「うん、さんかく〜俺、さんかく探すの好きなんだ〜♪あ、君のさんかく模様!」
「え…あ、ハイ…」
「三角ちょっと黙ってろ!」
「名前をーッ万里君がーッ襲ってーッますわー!!」
「お前は叫ぶなぁ!!」

スーパーさんかくくんって…何だか可愛らしいさんかくを手渡されたんだけど。
ホント何が何だか…っていうか、なまえが廊下に叫んでるのを万里が凄い慌てて止めてる。
余裕そうにしてる所しか見たことないんだけど、あんな慌てたりもするんだ。
や、なまえが相手だから何となく納得…あ、稽古こなしてるだけあってかわすなまえは素早い。
え、何でこっちにニッコリするの…?いやいや!!

「なっ何にも思ってません!!」
「私まだ何も言ってないんですけど。でも良いですわ。名前、お久しぶりです」
「お、お久しぶりです」

ヒラヒラと手を振られて、反射的にさんかく持ったままヒラヒラしてしまう。
後ろで万里が「知り合いなのかよ!?」って驚いてるけど、あっまた後ろから足音がバタバタと。

「襲ってるってどういう事!?犯罪沙汰は無しで!万里くん、早まらないで!!え?」
「万里お前何して!?…え?」
「セッツァー修羅場!?さすがにココじゃヤバ気だって…え?」
「何がどうしたんッスかー!?…って名前サン!?」
「あ、太一…」
「「「「え?」」」」

狭い扉から次々と顔を覗かせる面々。
その中に見知った顔があって呼んでしまうと、他メンバーの顔が太一に集中した。
それから訪れる沈黙と混乱…何が、どうなってるの?

「さんかく〜」
「名前、スーパーさんかくくんです」
「う、うん?」

とりあえず、さんかくさん?となまえは通常運転ですね。
おかげで冷静に戻れてるけどさ…とにかく、コレ事情理解するのが大変かもしれない。

それから落ち着くまで大変だった…多分、万里の方が。
私はお風呂を借りている間に、万里は穏やかそうだけど笑顔の怖い顎に傷があるお兄さんに連れて行かれて。
出てくる頃には、なまえと太一が皆さんに私について軽く説明してくれたみたいだ。
談話室の方まで移動している途中で、私もココがMANKAIカンパニーの寮だと知った。
倒れた私を運んでくれた万里が雨に降られちゃって、濡れた私を着替えさせようとしてくれた事も聞いた。
も…申し訳ない…コレ完全に私が悪いんじゃないか。

「あの…大変お騒がせして申し訳御座いませんでした…!」
「頭を上げて下さい!謝らなきゃいけないのはコッチの方ですよ!!万里くんが申し訳ありませんでした!」
「いやいやっ大元は私なんですからっ監督さんこそ頭を上げて下さいっ!?」

私イズ土下座だったけど、監督さんまで平謝りするものだから頭を上げざるを得なかった。
後ろでは、新たに加わった…ヤクザ?な柄の悪いお兄さんが万里に青筋立ててる…
って横にいるのはこの間のヤンキーくんだ!彼もMANKAIに入ったんだ!?
ビックリする事が多くて瞬いていると、ヤンキーくんが万里の胸倉を…て!?駄目駄目!!

「てめぇッ!!顔に傷つけただけじゃなく何て事してやがる!!」
「オイ…コンクリ詰めが良いか、バラされるんのが良いか選べ」

バラすって何!?すっごい物騒な発言にしか聞こえないよヤクザのお兄さん!!
万里は万里で何で対抗しないの!?ヤンキーくんにあんなに喧嘩吹っ掛けてたじゃない!
何で今は大人しいのッされるがままなの!?
あ、監督さんとチャラそうな子が間に割って入ってくれた!ありがとう!
とりあえず、いっぱい人いるしトマト液が飛び散る事態にはならなさそうだ。
それよりも、なまえと太一を見た。

「なまえはMANKAIにいるって聞いてたけど、太一もだったんだね。知らなかった、連絡くれれば良かったのに」
「!、そっそうだったスね、ごめんなさいッス!俺っち忙しくて…でも名前サンには連絡しようと思ってたんですよ!」
「そっか。でも、太一がMANKAIに入って私も嬉しいよ!おめでとう!」
「っ…ッス」

移動している間に太一が事情を説明してくれるがてらに、MANKAIの人たちには以前の事は内緒にして欲しいって言われた。
そうだよね…前職場がGOD座だもの、色々障りもあるかもしれない。
太一が今は隠したいというのなら私も無理は言いたくないし、私の昔からのファンだったって事にした。
でも何でそんな顔するんだろう…太一、何か辛い?

「…と、話の途中でした!改めまして、私、GOD座の苗字 名前と申します」
「GOD座…あの?」
「はい、なまえとは演劇関係で昔から親しくしていまして。太一も私のファンでいてくれて知り合いだったんです」
「世間は狭いって言うけど、太一お前凄い人と知り合いだったんだな」
「名前サンは優しくてカッコイイんッス!」
「……」
「十座はどうかしたのか?」
「…何でもねぇっす」

ヤンキーくん…十座くんと言うらしいが、顎に傷のあるお兄さん…臣さんに話掛けられていたが顔を逸らした。
っていうか、今の今まで私がガン見されていたので逸らされるとショック大きいです。
私、何かしました?あ、そう言えば番長中に思いっきり割って入ってましたよね…アレか…!
ヤクザさん改め左京さんがこちらを品定めするように切り出した。
そうだそうだ、やっぱり話題にしますよね…覚悟はしてました。

「GOD座の苗字と言えば、高遠 丞、飛鳥 晴翔と並ぶトップ役者だったな。繊細で派手な演出を主体にしていたGOD座が、笑いやアクションにも大きく手を出すきっかけにし、老若男女問わず人気がある、男だと聞いたが?」
「はい、仰る通りです。GOD座の名前は私…いえ、俺で間違いありませんよ」
「!」

左京さんの凄みは一般人だったら気圧されるだろうけど、『俺』は違う。
今は化粧も落とされてウィッグもしてないけど、大胆不敵な人気役者な名前で応じた。
一瞬、驚いた彼らが口を閉じたのに、ダージリンを飲んでいるなまえがフォローしてくれた。

「名前はGOD座の主宰が直々に拾い上げたんです。GOD座が新たに立ち上げる劇団の試験的な存在として」
「新たな劇団ですか?」
「はい、男装の麗人と言いましょうか?ほら、最近は女性に需要高いですから」
「という訳でして、私の正体はGOD座関係者しか知りません。身勝手で申し訳ないと分かっているのですが、この事はどうか内密にお願いできないでしょうか」

この通りですと再び頭を下げた。私にはこうして頼むしかない。
バレてしまったのは私の完全な落ち度だし、彼らに非はない。
それでも試験運用している今の段階で、大きく外に公にされるのは避けたかった。
彼らがそんな存在だとは微塵も思っていないけど、頼むのは当然だ。

「も、勿論誰にも言いませんから!ね、みんな!?」
「条件次第だな」
「何言ってるんですか左京さん!」
「お前こそ何言ってる。こんな上物件を簡単に手放す訳ねぇだろ」
「名前さんにはいっぱい迷惑掛けちゃってるんですけど、どこから出てくるんですか…その自信…」

監督さん優しい…凄い良い人だ…左京さんはブレないね、やり手だろうなぁ。
ともあれ、私もしばらくGOD座には戻れないし…どうお願いしよう…私には演劇しか能がないし…演劇…

「それでは、しばらくの間だけMANKAIで働きます!下働きでも雑用でも何でも言って下さい!」
「はぁ?」
「えぇえ!?名前サン何言ってるんッスか!」
「今はGOD座から出禁くらって空いてる身ですし、稽古のお邪魔はしませんから存分に使って下さい。その代わりに内密では無理でしょうか」
「いやいや!人気役者さんにそんな事できませ、」
「交渉成立だ」
「左京さんー!?」

やった!!話分かってくれる人で助かった!
なんか含み笑いが考えてそうだけど気にしないでおこう!
舞台や稽古はできないだろうけど、ココにはなまえと太一がいるし、まるっきり1人で彷徨うよりは良い。
演劇の近くにいられるなら、雑用下働きバッチ来い!昔は散々扱き使われてたしね!

―…そこの君。そう、君だ君…ちょっとこっちへ来たまえ。…ふむ、良い素材を見つけた

ふと昔に呼び止めてくれた声が頭を過った。
舞台裏で、掃除がてらに捨てられた台本を読んでいたら声を掛けられたんだ。
あの日から全てが変わったんだったなぁ。

「MANKAIカンパニー雑用、名前です!よろしくお願いします!」
「決定!?その肩書は止めましょう!」
「アハハ、監督さんも面白いですねっ!楽しいや!」
「楽しいですか…」

溜息つかれちゃって、同時に私のお腹が派手な音を立てて力が抜ける。
そう言えば、エネルギー切れで倒れたんだったな。
ちょ、皆さんの呆れた目線が痛い…!なまえさん、三角さんっおにぎり見せびらかさないで!!

後ろで万里と十座くんがとても複雑そうな顔を浮かべてたけど、今は気にならなかった。

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