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3 ガチの実力 / 摂津 万里


やらかしちまって、俺の頭を離れない事。
兵頭をぶっ潰すのと、あの役者へ謝らなきゃならねぇって。
こんなにも1つの出来事に悩まされたのは初めてだった。

最近じゃ、ようやく見つけた兵頭の後つけりゃボロい劇場に辿り着いて。
そんで、何かよく分かんねぇ内にオーディション受けてうかっちまうし。
聞けば、マジで役者に成るんだとかいう兵頭の台詞に笑っちまった。
そんな大根で芝居なんてできる訳ねーだろ、俺の方が断然上手い。
事実、ショボいオーディションに集まった連中の中でも俺が1番だと思った。
当然!俺にできねぇ事なんてない、俺にとっちゃ全部余裕だし、兵頭に負けたのもゲームで言やぁバグみてぇなモン。
兵頭が喧嘩しねぇっつーなら、その演劇とやらで勝負をつけてやる。
そう思って、MANKAIカンパニーっつうマイナー劇団に入った俺は一応役者って事になんのか?

―ウチの主演?『番長の誓い』…あぁ、名前の事?名前にアンタみたいなチンピラが何の用?
―あぁ?喧嘩売ってんの…いや、少し話があるだけっす
―ふーん…?名前ならいないよ。しばらく出禁になったから、当分出る予定もないね
―!…そりゃどういう事ですか
―まぁ、お仕置きって奴?

合間で足を運んだGOD座から出てきた主演っぽい奴に声掛けて知った。
いけ好かねぇ野郎で、しゃべり方も内容も嫌味っぽかったが結局はぐらかされた。
俺は部外者だし、ペラペラしゃべるとは思わなかったが、それ以上に俺の罪悪感を煽った事実。
公演が休みになってて、本人しばらくいない?しかも出る予定ねぇってそりゃアレしかねぇ。
全部俺のせいだろ。

そっから気分は最悪だった。秋組の練習とかマジやってらんねぇし…兵頭にも構う気になれなかった。
思いつく限りの時間で外へ繰り出して、ビロードウェイを歩き回った。
それでようやく見つけたと思ったら、コイツ…俺を覚えてねぇだぁ?
ケロッとした顔で殴られたのは気にしてないとか、答える雰囲気とか全然違うし肩透かしくらってばっか。
ホント、何なんだコイツ。

「そんなに気にしてくれてるならさ、俺とストリートACTしてくれないか!」

そしたら、今度はチャラにする代わりにストリートACTしてくれって…面白ぇじゃんか。
こないだの不意打ちをし返せるし、都合が良い。

「俺も役者っすから、ちょうど練習になるし」
「役者?君も!?わ!すっごい偶然だ!名前なんていうの?どこ所属?」
「!…、MANKAIカンパニーの摂津 万里っす」
「MANKAI…あぁっあの!俺、GOD座の苗字 名前!名前で良いぜ、万里って呼んで良いか!?」
「良いっすけど」
「よろしく、万里!あ、敬語も別に良いぜ、何か使い辛そうにしてるの見え見えだ」
「なら遠慮なく。よろしくな、名前」
「あぁ!」

途中でコイツ年上っぽそうだからと思ったが、必要なかったみてぇ。
何も考えてなさそうな明るさとか、太一に似てるかとも思ったが違う、意外と鋭そうだ。
握手を交わした後、「じゃあ、やろうぜ!」と言って駅前広場の方へ走って行った。
元気な奴、ホント俺より年上?
っていうか、すっげー楽しそう…何があんなに嬉しいんだ?
ストリートACTできんのかが?どんだけ演劇好きなんだよ…

「で、どんなのにすんの?」
「何しよっかなぁ…万里は演劇経験どれくらい?」
「最近始めたばっか。でも別に気にしなくて良いぜ、言ってくれりゃ余裕で出来っから」
「え?そうなの?」
「昔っから何でも出来んだよね、俺。次の劇でも主役やるし」
「へぇ、凄いんだね!じゃあ遠慮なくお願いしようかな!うんうん、そうだなぁパントマイムも入れて…」

後はブツブツと勝手に独り言で上の空。お前、俺の話途中なんだけど。
決まったらしく、言ってきた題は『病弱な少年にペットのリスを届ける親友』だと。
は?正直、聞いた瞬間マジで聞き返しちまった。

「何だ、その長いお題…聞いた事ねぇぞ」
「長いか?そうそう、設定は俺は病弱な少年で、幼い頃から病気がちで外に出た事なくて、引きこもりで内気な静かな性格。お前は、そんな少年の親友役で、幼馴染で短気で乱暴な所はあるけど根は優しくて世話好きで…」
「!?、タンマ!マジちょっとタンマ。何だって?」
「だから、設定は〜(以下そっくり同じ内容リピート)」

よくも、そんな細かいマニアックな設定あの時間で思いついたな!
稽古でのエチュードでさえ、監督ちゃんでもそんな細かい指示しねぇぞ?
俺の返しを聞き取れなかったと解釈したのか、真顔でゆっくり繰り返してきた。
いや、別に聞き取れなかった訳じゃねーし。1回で十分だよ、問題はその細かさだ。
何でたかがストリートACTとはいえ、即興劇でそんな長ったらしく細かい前提がいる?

「もう1回繰り返そうか?それとも、やっぱり難しそう?」
「いらねーよ。別に無理ってんじゃねぇ。分かった、やれば良いんだろ、1回だな?」
「ああ!」

設定の凝り方といい、コイツはマジで演劇馬鹿なんだな。
付き合ってるとこっちの身が持たなくなるタイプだ、さっさと終わらせちまおう。
コイツの設定は頭に入れたし、適当に合わせれば問題ねぇ。
ストリートACT事態は、秋組の連中とも何度かこなしてるし。

「今からストリートACTやりまーす!!」

って、宣言すんのか!!
注目されっけど、宣言してからやるモンだっけ?
別に良いけどよ…とりあえず、1回やりゃ終わりだし。

そう思って、俺もアイツを見た時…正直、息を飲んじまった。
急に黙ったかと思ったら、地べたに寝転んだんだ。

「なになに?ストリートACTだって?」
「見て見て、あの子寝っ転がったよ…どんな内容かな?」

ガヤの目がまずアイツにいく、そりゃそうだ…寝転がれば注目は集まる。
それより、アイツの表情…本当に同じ奴かってくらい別人じゃねぇか。
なるほど、主演やってるだけはある演技力…どっかの大根野郎とは大違いってとこか。

「『よぅ、邪魔するぜ。元気してっか、名前』」
「『…万里?あぁ、遊びに来てくれたんだね』」
「『おう、お前また、そんな顔で一日過ごしてんのか?いくら病弱とはいえ、もっと明るくしねぇと良くならねぇぞ?』」

動いた俺に対して、上半身だけ起こして振り返って弱弱しく笑う。
マジで誰だよって言いたいくらいの演技だった、本当に病気みてぇに咳をして俺の台詞に身を震わせる。

「あの子、病弱なんだ…わ、今布団を動かして身を起こしたよね…!」
「それで、もう1人の子がお見舞いに来た?ってかイケメーン!どこの子だろ」

「『…うん、でも僕は人と話すのなんて得意じゃないし…僕には、万里とその子がいれば良いよ』」
「!」

そう言って、笑いながら俺の手元を指差した。
手元?あぁ、設定ではペットのリスを持ってきてやったんだったぜ。
パントマイムか…稽古でやったんだとこんな感じか?
手を上げて籠を持つ仕草で笑ってやる。

「『んな事言ってんじゃねーよ馬鹿!俺は腐れ縁だから世話焼いてるだけだ、全く迷惑ばっか掛けやがってよ。このリスも返すぜ』」

中にリスが入ってるって事で良いだろ、籠なら持ってる仕草すれば終わる。
当然、ガヤも「リスのいる籠って設定か」って感心してる。
こんな具合で良いんだろ、余裕じゃん。

「『…そんな事言わないでよ。はぁ…とりあえず、ありがとう…こっちに渡してくれる?』」
「『オラよ』」

短気で乱暴な所がある親友だったな、じゃあこんな感じか。
少し派手な動作で手元が揺れている表現をしながら、籠を押し渡した事にした。
ちゃんと設定的には合ってるし、これでコイツが礼を言って終わりで…

「『あっ!?そんな乱暴にしちゃ駄目だよッ…!あぁっ待って!』」
「『!』」
「『馬鹿!籠が開いちゃったじゃないか!』」

受け取って会話に進むと思ったのに、受け取る仕草をする直前で手元を滑らせやがった。
いや、本当に滑らせたように見えた…何もないはずなのに。
いきなり取り乱した声で怒るコイツ…名前が俺でなく顔の向きと上半身を動かす。

「リス逃げちゃったってこと?」
「うん、みたい。ホラ、多分あの辺!あの子の視線から、こうしてあっちに逃げたんだよ!」
「あー分かる分かる!ホントに逃げた!?って見えたみたいだった!」

目の動きと上半身をずらして向きを示す細かい動き。
下半身は全く動いてねぇのに、それだけでリスがどこを伝って逃げたのか俺にも伝わった。
それだけ細かでリアルな動き…俺のパントマイムとは全然違う…いや、それだけじゃねぇ。
コイツの放つ雰囲気が、本気で見えないリスを追って俺を非難していた。

「『…万里、あの子をこっちへ連れてきて…早く』」
「『何で俺が…分かったよ、そんな目で見んじゃねぇし!』」

控え目だが、無遠慮な感じの視線で俺を見るからつい舌打ちしちまって気づく。
今のはマジでやっちまった、演技じゃなかった…何だ、コイツの…名前の演技…演技って気がしなくなる。
喧嘩の時もそうだった。マジで兵頭の助っ人にきた奴だと思えて。
どっか胸の中で何かがゾワリとなった気がした。
これが演技?嘘だろ?MANKAIの誰もこんな演技は…

「『そっち行ったぞ!』」

こっちかと思う方へ適当に歩いて、リスを追いたてる動作をする。
見えないからよく分からねェけど、追うってこんな感じだろ。
なのに、何で俺の後ろのガヤの視線がキツイんだ?

「あの子のアレ、リスを追っかけてるの?」
「…よく分かんない…逃げたの?上手くいったの?」

そんな呟きが聞こえて余計に内心で舌打ちをした。
俺にだって分からねーよ、んな事。
見えない動物を追うなんて無理に決まってんだろ、フリだって理解しろよ。

「『はぁ…万里は本当に乱暴なんだから。すっかり怯えちゃってるじゃないか…もう…』」
「『近くまではやったぞ。後はお前が捕まえろ』」

さっさと籠に戻すなりして終わらせろ、ガヤもすっかり白けてるしコレで終わり。
そう、思ったのに名前が零したのは微笑みで。

「『うん…ホラ、おいで。怖くないよ』」
「!!」

何もいない場所に手を差し出して…いや、リスが乗った…掌から腕を伝って肩に。
それから名前の顔に頬擦りして数回肩を行き来して遊ぶ。
遊んでる…分かる、見えねぇのに、分かった。
正直、完全に飲まれて台詞が出て来なかった…目が、離せなかった。

「凄い…本当にリスがいるみたい…」
「あの子と一緒に遊んでる、掌にいるんだよねっ」
「もう片手で籠の扉開いたっ…リスが入ってった!分かる!!凄い!!」

俺だけじゃねぇ、ガヤ…観客の声が全てを現していた。
なのに名前は目もくれずに自分の手元、リスしか見てない。
それが余計に浮いて見えて、目が逸らせなかった。

「『ハイ、おしまい』」

最後に扉を閉める仕草で、カシャンと金属が鳴った気さえさせて。
場が静まり返った後、顔を上げた名前が立ちあがってお辞儀をする。

「ご鑑賞ありがとうございました!」
「ブラボー!凄かったぞ君たち!」
「またやってー!」

「……」

言葉が出ねぇってマジであんだな…。
あん時と同じ、それ以上の拍手と歓声に囲まれて普通に笑っている姿はさっきと別人だ。
病弱でリスと遊んでた少年じゃねぇ、さっきまでの演劇馬鹿の顔。
いや、演劇馬鹿じゃねぇ…コレがガチって奴かよ。

「チッ」

ぶん殴られた気がした、兵頭に膝をつかされたのと同じだ。
すっげぇイライラする、けど分かってもいた。
俺はコイツに負けた、コイツの演技に気圧されちまった。
最後、観客の目は俺に無かった…名前しか映ってなかった。
完全に俺の負けだった。

「万里、お前ってMANKAIカンパニーで主役やるって言ってたよな?」
「…言ったけど、何だよ」
「…あんまり言いたくはないけどさ。お前の演技で主役やるMANKAIの実力って…俺が思ってたほどじゃないんだってガッカリした」
「ッ!!んだと!?どういう意味だ!」

挨拶を終えて戻って来た名前が迷いつつもハッキリ言った事にカッとなった。
胸倉をつかんで凄んだのに、やっぱり動じなくて瞬くだけ。
何で、そんな目を俺に向けられんだよ。

「お前、確かに上手いと思うよ。でもさ…演劇を好きでやってるんじゃないだろ」
「!、だからどうしたよ?別に好きじゃなきゃ駄目な理由ねぇだろ。みんなお前と同じだと思うなっつの」
「…そうだ、好き嫌いは関係ない。俺の言いたいのはさ、万里…お前、演じるってのを分かってないよって事」
「あぁ?」
「役はフリをする事じゃない。役になる、演じるって事だ。ソレを分からないお前の演技は駄目だ」

演じる?役になる?全然意味分からねぇ。
つか、そんな真剣に語って馬鹿じゃねーの。
よくよく考えれば、カッとなっちまってる俺もらしくねぇし…マジ有り得ね。
馬鹿馬鹿しい。

「お前は…っ!…うぅ…」
「!?、ってオイ!?どうした!?」

やってらんねぇと手を離そうとした瞬間、真剣な顔からいきなり呻いて俺の方に倒れ掛かってきた。
反射的に支えちまって、よろめく形になる。
何だってんだ!?まさか、俺の殴った傷が今更痛んだとかじゃ…

「……お、おなか…すいた…」
「は…?」
「…さ、すがに…飲まず食わずは駄目だった…」
「はぁぁっ!?」

すげぇ間抜けな叫び上げた自信あるわ、俺。
コイツ、馬鹿じゃねぇ。底抜けの演劇馬鹿だ。

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