アフタヌーン・ティー
朝、眩しい日差しがカーテン越しから降り注ぐ中、一人の人形が窓辺に立っていた。
朝露がその綺麗なオッドアイの瞳に映る。
しばらく窓の景色を見つめていた後、隣で鳴る目覚ましに、視線を移した。
そして、ふぅとため息をついて呟く。
「マスター…起きて下さい、マスター」
「ぐぬぬぬ…」
ローゼンメイデン第4ドール、蒼星石。
ただ今、何やら悪夢にうなされているらしい主を起こそうと奮闘中。
というか、いつもの光景だが。
「マスター」
「ぐっ!肉まんがーっ!肉まんがオレを…!」
「マスター」
「ベータカロチン!何故人間はベータカロチンが必要なんだー!」
「…マスター」
「イヤだー!人体模型とお見合いなんてイヤだー!しかも結婚前提かよ…!」
「……レンピカ」
もはや寝言じゃないだろ、と言いたい寝言に蒼星石が低く自分の人工精霊を呼ぶ。
冷静沈着なドールが珍しくキレる数秒前。
「『庭師の鋏』」
「…オレはーーっ!…は!!夢か」
やっと意識を覚醒させて目を見開いた名前が安心したのもつかの間。
その真正面には、ちょうどレンピカから召喚したお得意の鋏を光らせる人形の姿。
「「……」」
お互いの軽い沈黙の後、早朝の名前の悲鳴がマンション中に木霊した。
「いやー今日も良い天気だよな〜?蒼!」
「…」
名前は台所で紅茶を淹れながら、いつもより数段明るい声で蒼星石に話しかける。
その体に数箇所バンドエイドが貼られているのは見なかったことにしよう。
名前の声に蒼星石は答えない。
「オレが悪かったよー…反省するから機嫌直してくれ」
「それは何度目ですか」
不機嫌そうに名前を見やる蒼星石に名前は苦笑いして目を泳がす。
「ほら、ハーブティー」
蒼星石は名前から自分専用のカップを受け取り、ゆっくりとティーを味わう。
そしてまた小さくため息をついた。
「貴方みたいなマスターは初めてです…」
こんな非常識且つ支離滅裂な。
そんな紡がれない言葉が名前には痛いほど伝わってくるのであった。
それに思わず笑いながら、名前も蒼星石の横に座って紅茶を飲む。
「でもオレはお前のマスターになれて幸せだけどな!」
あっけらかんと笑う名前を蒼星石はただ目を丸くして見つめた。
「幸せ…?」
「ああ!今まで蒼の姉妹たちに会ってきたけど、オレは蒼が一番だから」
水銀燈も、金糸雀も、翠星石も、真紅も、雛苺も。
「最初に出会えたのが」
色んなドールがいたけど。
「蒼だったから」
「僕、だから…?」
蒼星石はゆっくりと目を見開く。
ずっと探してきた双子の片割れとして生まれてきた自分の存在理由。
不完全と、束縛と、そんな思いに駆られ、囚われていたものを、
そんな自分を、名前はいとも簡単に打ち破ってくれる…。
「マスター」
「ん?」
(だから僕は貴方が好きなんだ)
「おかわり」
「おう!これ飲んだら今日は出かけようぜ、良い天気だからな!」
アフタヌーン・ティー。
それからは二人で、気ままに。
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