- ナノ -




6 休日の薔薇


「ああ!輝く太陽…!眩しい日差し…!晴れ渡る空…!」

ズビシッと、カーテンを開けて見える風景を指す。

「まさにお出かけホリデー!イッツ休☆日」
「……………」

変なポーズで嬉しがる名前を、蒼星石は遠くから僅かに冷や汗をたらして見つめていた。
ノーコメント。まさにそれが相応しい。最近名前の暴走が目に見えて激しい気がする。
普段冷静沈着な上に根が真面目な蒼星石にとっては、この予想外な行動ばかりするマスターにどう対応して良いか分からない。

「つーわけで!出かけるぞ、蒼」
「…え…?」

いつもの笑顔で鼻歌を歌いながら皿を洗う。
そんな名前の発した何気ない言葉に、蒼星石は驚く。

「マスター…僕は人形で…」
「担任に頼まれた後輩のさ〜桜田っつー子とオレのプリント、家まで行って取り替えなきゃいけないんだよ〜」
「マスター…だから…」
「こんな良い天気なのに外で遊べないなんてツイてないよなー」
「…マスター…」
「あー!でもやっぱり嬉しいぜ!ホリデー!」
「……」

人の話を聞かない。
さすがに自分人形だから外に一緒に行けないよなんていうのも諦らめてしまった蒼星石。
このマスター、本当に一筋縄じゃいかない。
薔薇乙女第4ドール、非常識なマスターに悪戦苦闘。

「さ!行くか!」
「…はい、マスター」

でも、そんなのも良いかもしれない。
そう考えて小さく笑ったのはまた別のお話。



「おー…」
「大きい家…」

見上げるのは一戸建ての立派な住宅。
桜田家の近くで、バイクに乗った名前と、その後ろに乗せられていた蒼星石はいた。
ちなみに、結局バイクで来たので蒼星石が外へ出てもあまり目立たなかった。
しかし、若い高校生男子がバイクの後ろに人形乗せて走ってるという面では目立ったが。

「桜田ってこんな家に住んでたのか」
「本当に大きい…」

住んでいる名前のマンションに比べれば、それは大きく見えるだろう。
それに少し苦笑いした。

「桜田って同じ委員会ではあんだけど、後輩で学年違うから一度も話したこと無いんだよ。だから少し緊張するかなー」
「(マスターでも緊張するんだ…)」

朝の様子からつい失礼なことを考えてしまう蒼星石。
それも名前相手では仕方のないこと。

「じゃあオレ行ってくるな」
「僕はここで待ってる。マスターに迷惑はかけられないから」
「おう」

蒼星石がついてくれば、他の人間はびっくりしてしまうだろう。
それを察してそのまま桜田家へ行く。

押したベルの音がやけに大きく聞こえたような気がした。
少し緊張して待っていれば、反応はない。
首を傾げてもう一度ベルを押す。しばらくの間があって、ゆっくりとドアが開いた。

「苗字だけど!プリントを…って誰!?」
「…それはこっちのセリフだけど」

出てきたのは想像をしていた後輩の桜田のりではなく、眼鏡をかけた黒髪の少年。
中学生ぐらいに見える。
少年は不審そうにこちらを見ていた。

「桜田はいないのか?」
「ブ…、お姉ちゃんなら買い物に行ったよ」
「げ…すれ違いかよ…」

困ったな〜と頭をかく。
まだ黙ってこちらを見ている少年の視線に気がついてニヤリと悪戯っぽく笑う。

「お前、桜田の弟?」
「……そうだけど」
「名前は?」
「…ジュン」
「ジュン!お前に頼みがあるんだけど!」

ああ、あの笑みはどっかの毒舌ドールに似ている…と思ったジュンは慌てて拒否しようとしたが、遅かった。
とびきりの笑みで持っていたらしいプリントの山を両手に引き渡す。
あまりの重さに重心が後ろへ傾いて倒れそうになった。

「このプリント、桜田に渡しといてくれ。オレの全部処分しといて良いって伝えて良いから!」
「ちょっ…おも…て!」
「どうせ過去問の山だし。じゃあ、頼んだぞージュン〜」
「ま…待てー!!」

あははははとか言いながら、爽快な笑顔でご機嫌そうに去っていく。
待てと叫ぶことしかできず、結局バランスを崩してプリントの下敷きになった。
ジュンはこの瞬間思ったという。
あいつ、次あったら絶対許さんと。そして、どうやってこのプリントの山を軽々持って来たのかと。

「こ…コノヤロー!!」

後日、のりから聞いた苗字名前という名前がジュンのブラックリストに載ったのはいうまでもない。



「おかえりマスター」
「ただいま、蒼。いや〜イラナイものも片付いて軽くなったし、帰るか!」
「随分軽くなったよね」

イヤ、ホントに。
行きの倍のスピードで走るバイクの上で蒼星石は考える。
あの大量の山のプリントをどうやってこのバイクに詰め込んだんだろう。
というか、何で走れたんだろう。
それは結局謎である。

「…!あれは」
「?」

ふと見上げた丘の上の屋敷に目がいく。
いつもと違う道を通って帰ろうとしたら、丘まで登ってきてしまったらしかった。
その一際大きく、薔薇に包まれた屋敷に思わず目を奪われる。

「ちょっと見てみるか」

バイクを止めて門前で薔薇の庭園を眺める。
本当に見事だった。しかし、少し枯れかけているようにも見える。
もう少しよく見てみようと柵へ顔を近づけたとき。視界に、影が見えた。

「薔薇は好きかね」
「おわっ!?って…誰ですか!?」

本日二度目のマヌケ声を上げる。
目の前には、柵越しに車椅子の老人がいた。
多分、この家の主だろう。趣のある風貌に服装をしている。
そう直感して慌てて勝手に見ていたことを謝ろうとして、老人の目線が自分にないことに気がつく。

「…?(って蒼かよ!!)にっ人形は好きですか!?」
「……」

老人の目が蒼星石に向いているのに、慌てて誤魔化しの言葉をはく。
じっと静かに動かない蒼星石を老人は未だ見つめていた。

「これは君の人形かね」
「あ…そうですけど」

少し考えるような表情を見せた老人は再度視線を移して見つめてきた。

「薔薇は好きかね」
「え…いや、オレは普通なんだけど…誰かが好きだったような、なかったような…って、ワケ分からないんですけど何だか惹かれるってダケです!」

本当に自分でも分からない。これは失った記憶に関係があるのか。
ふと疑問に思う。

「…君に薔薇を分けてあげよう。入って摘んでくるといい。その代わり、その間その人形を見させてくれ」
「え!?…あー…」

どうしよう、と迷う。
一瞬蒼星石に視線を移す。
蒼星石は相変わらず大人しく、動かない人形としている。
散々迷って「はい」と返事をしてしまった。

「さあ、ゆっくりしていきたまえ」
「はあ…」

おずおずと開いた門へ足を運び、薔薇園へ向かう。後には老人とバイクに乗っている蒼星石だけが残された。
少しの静寂が生まれる。

「動かないのかね」
「……」

老人は蒼星石に話しかける。
蒼星石は動かない。

「君も薔薇乙女だろう。動いても驚きはしない」
「(!)…」

蒼星石を凝視する老人に、蒼星石は少しためらった後ゆっくりと目を開ける。

「何故、それを」
「私の元にも届いたからだよ。もっとも今は逃げてしまっていないがね」

蒼星石のオッドアイを老人は冷ややかな目で見る。

「その目を見ていると思い出すよ。あの忌々しい人形」
「……」
「翠星石…まったく愚かな人形だったよ」
「…翠星石のマスターか」

鋭い目で老人を睨んで問う。
翠星石、その名前に胸が痛んだのは気のせいではないだろう。

「…いや、螺子を巻いただけ、それだけだ。あの人形は私との契約を拒み逃げ去った」
「…」
「今はどうこうしようとも思わない。もうお前たち人形とも関わりたくもないね」

無言で睨み続ける蒼星石。老人もはき捨てるように語る。

「あの少年は君のマスターかね…指輪をしていたから契約はしたのだろう」
「それがどうした」
「随分と重いものを抱えているようだ。君もその一部かね」

違う。と反射的に答えそうにになってその前のセリフに言葉を飲み込む。
重いものを抱えている?何だって?
それを聞き返そうとしたが、その言葉は発せられずに終わった。

「いや〜、調子に乗りすぎちゃったかなー」

名前が戻ってきたのだ。
両手に花束抱えて。
そんな名前を見た老人と蒼星石の間に沈黙が走る。
数十本…?はあるだろうか。お前、摘みすぎだろ。というぐらいの量。
そして満足そうに汗を拭う名前。

「どうも!じゃあありがとな!旦那!」
「…また来るかね」

あの後、後ろから名前を追ってきた屋敷の執事からの説教を老人に庇ってもらった。名前はバイクのエンジンをふかせて、老人に手を振って笑った。

「もちろん!」

風を切らせてバイクは走る。
老人はそれを無言で見つめていた。

「マスター…何故、薔薇を?」
「ん?」

アパートについて部屋へ上がると、蒼星石は質問する。
少し照れくさそうにして横においてあった薔薇の花束から一本引き抜いた。

それを、蒼星石の前に差し出す。

「蒼に似合うかなと思ってさ」

時が、止まる。
蒼星石は瞳を大きく見開いた。

「だってお前の鞄に薔薇の刻印があっただろ?それにも映えるじゃん!」

深い意味はないのだろう。でも何だろうか。この動揺は。
顔を背けて俯いた蒼星石には気づかず、夕食の準備を始める。
薔薇を持って未だ立ったままの蒼星石の顔が、ほのかに赤かったのは誰も知らない。

[ 23/69 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]