- ナノ -




3 目覚めの声


明るい。
最初に感じて、急に視界がクリアになった。
緑葉が生い茂る森の中、蒼星石はいた。

「…?ここは…」

見たことも無いほど美しくて綺麗な風景。
葉が風でそよぐ音。
遠くで聞こえる水の流れ。

「レンピカ?」

呼べば現れて周りを飛ぶ蒼い人工精霊。
それですぐにピンときた。

「…ここはマスターの夢なんだね?」

そう、ここは夢の世界。
名前の夢の中。

「レンピカが僕をここに連れてきたの?」

横を飛ぶレンピカにそっと問いかけるが、レンピカは否定する。
それで疑問に思った。
夢の扉を開いたワケでも、レンピカが呼んだワケでもない。
なのに、名前の夢に引き込まれた。
何故?

「それにしても、綺麗な所だね…こんな綺麗な夢の中、初めて見たよ」

穏やかな空気が漂う森の中。
しかし蒼星石は無意識に自分の中で感じる戸惑いに気づく。

(綺麗…すぎる…一点の曇りもない)

ニンゲンは誰しも心に闇を持つ。不安、怒り、妬み、悲しみ。
その影すらも感じられないほど、澄み切った名前の心。
気味の悪いぐらい完璧な世界に不安を覚える。

「…!…これ、何だろう?…ピース?」

ふと、足元に光る物を見つけて拾ってみる。
それは小さな、ガラスのパズルだった。
不思議に思ってあたりを見渡し、それが一つではなくあちこちに散らばっているのが分かった。

「レンピカ…これは…!…何だ!?」

――出ていけ――

地の底から響くような低い声。
急に突風が巻き起こる。
唐突なことに受身を取れず、そのまま風に吹き飛ばされた。

「うわあぁ!」

強く、強く吹き飛ばされて、
聞こえた、掠れ声。

――ミンナ、キエテシマエ――

(……!?…)

夢は、そこで途切れた。



「おーい。朝だぞー?起きろー?」

コンコンと。蒼星石の寝ている鞄を叩く。
今日は珍しく寝覚めの良かった名前はご機嫌だった。
その音に反応するかのように、ガバッと鞄が開いて蒼星石は目を覚ました。

「あ…マスター…」
「よ!おはよう」

ポカンと名前を見やれば、何事もなく笑うその顔。
先ほどの夢のギャップに蒼星石は戸惑う。
そんな蒼星石の様子に気がつかず、いつもの笑顔で大きく言った。

「さあ!朝ご飯にしようぜ、蒼!」
「え…?蒼…?」

「蒼」という聞きなれない言葉にまたポカンとしてしまう。
その様子にやっと気がついた名前は視線だけ蒼星石を見て、料理を始めた。

「あれ?結構良い愛称だと思ったんだけどイヤか?」
「い…いえ…今までそんな風に呼ばれたこと無かったので」

というか全てが予想外なニンゲンに会うのすら初めてだ。
と、いうのが今の蒼星石の心境だった。
戸惑うように話す蒼星石の言葉に、フライパンで卵を焼いていた名前は眉を寄せた。

「あのなー?昨日から気になってたんだが、その敬語と“マスター”ってのヤメてくれないか?オレ、そういうの慣れてないんだ。つーかガラじゃないしな」
「あ、はい。じゃなくて…分かったよ、マスター」
「……」

敬語は抜けたが、マスターが直ってない…と言おうと思ったが止めた。
多分蒼星石にしても「マスター」は癖になのかもしれない。
そう頭に過ぎったからだ。

「ま、いいか。よし、できた!ほら、スクランブルエッグ」
「ありがとう、マスター」

そう言って、思わず唖然とした。
目の前のスクランブルエッグの凄さに。
恐ろしく、上手い。見た目が、プロ並みだ。

「マスター…って、料理上手なの?」
「ん?ああ。一応趣味で少しやってるんだけどな」

一人暮らしだからそれぐらいできないとな。と呟き、自分も食べる。
その呟きをちゃんと聞き取っていた蒼星石は何気なく疑問を口にした。

「一人って、マスターの家族は?」

その一言を聞いた瞬間、名前の空気が一瞬変わった。
そして、俯いたまま…

「……いっちまった」
「え…?あ…ごめんなさい…」

名前の答えに、触れてはいけないものに触れたと思って謝る。
その瞬間、名前は立ち上がって、叫んだ。

「あいつらオレを残していい歳して新婚旅行に行ってくるわとか言って、世界一周旅行に行っちまったんだよ!!!幾つだよ!!結婚してもう20年も経ってるクセに新婚とか言うなよ!」

ビシッと、棚の上にあった写真たてにつっこんでいる。

「マ…マスター…?」

蒼星石はおずおずと話かけながら、学んだ。
このマスターは、時々暴走する、と。

しかし蒼星石の呼びかけでは止まらず暴走している名前は、「毎年、オレの誕生日にだけベータカロチン大量に送ってきやがって!イヤミかー!」などと叫んでいた。写真たてに。
そんな変な空気を、けたたましく時計の音が突き破った。

『8時でーす!8時でーす!遅刻数秒前!』

「げ!遅刻するー!!蒼!悪い、オレ学校だから!夕方には帰ってくる!」
「えと…いってらっしゃいマスター」
「おう!」

慌てて鞄を持って、玄関で靴を履く名前は目の前の大鏡で身だしなみをチェックした。
いつもの癖の抜けないセピア色の髪。ちょっと寝むそうな目。
いつもと変わらない自分がいる。変わっていると言えば、蒼星石も一緒に映っていることだけ。

「よし!バッチリ…今日のオレも変わらず歪んで……?歪んで…!?」

鏡の中の名前は、歪んでいた。

「歪んでる!?何なんだ!?」
「!nのフィールド!!」
「は!??」

状況がさっぱり理解できない。
しかし、そんなこともお構いなしに鏡の歪みは大きくなる。
途端に、視界が光で閉ざされた。

「マスター!!!」

最後に聞こえたのは、蒼星石の声。

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