- ナノ -




2 始まりの


「で…?どうして貴女がここに?翠星石」

夜も更けた頃の桜田家。
その一室…現在ひきこもり真っ盛りの桜田ジュンの部屋に、真紅はいた。
真紅の目の前には今しがたガラスを突き破り、泣きながら助けてくれという翠星石。
その返答をいつもの落ち着いた口調でしたのである。

「うっうっ…!聞いてくださいです、真紅―!」

その真紅の言葉に留め金が外れたかのように泣き出して話す翠星石の話は、自分の螺子を巻いた人間は老いぼれのおじじで薔薇乙女の力を復讐のために使うのだと言ってきた。
それで、それに従うのはイヤだと抵抗して逃げてきたというものであった。

「だから真紅に助けてほしいのですぅ…」
「…貴女の話は分かったわ。けれど、それにしても妙ね…貴女が一人でいるなんて」
「…!」
「いつも一緒のあの子はどうしたの?」

真紅の問いに翠星石はビクリと体を震わせて、ホロホロと泣き出した。

「…なかったです…いなかったのですぅ!ニンゲンの所に着いたのは私だけだったです!」
「おい」
「こんなの今まで無かったです…きっと今頃は…!他の外道ヤロウにいじめられてるのですぅ!!」
「おい!!」

部屋の主、ひきこもり桜田ジュンは先ほどから自分を無視して進められる話に必死に怒っていた。
が、誰も話を聞かないのだった。

「そう…やっぱり妙ね…詳しい話を…いけない!もう7時5分だわ、就寝しなくては。ということで翠星石、話の続きは明日にしてもらうわ」
「ちょっと待て!窓直せよ窓!」
「うううっ…!意地汚くて汚らわしい下等動物なんかに螺子を巻かれて困ってるに決まってるですぅ〜…!」
「今はひとまず寝るのが先よ、翠星石。焦っても何も始まらないわ」
「…はいです」
「人の話を聞けよーー!!」

ジュンの叫びは、パタンと閉まった三つの鞄の音と共に虚しく響き渡った。



「ぶぅえっくしゅーん!」

その頃、時を同じくして名前は大きなくしゃみを一つして鼻をすすった。

「ちきしょー…誰かどっかでオレの噂してんな?」
「大丈夫ですか?マスター」
「……」

もう一度軽く鼻をすすって、沈黙した。
そう、尋常でないほど大きなくしゃみなど今の名前には気にもかからない。
今の問題は目の前で自分を心配そうに見つめる、動く人形である。

「…で?そーせーせき…?だっけ…?」
「蒼星石です」
「ああ…そう…」

つい今しがた螺子を巻いた人形は、目を開けて自分を「マスター」と呼び、契約をしたいと請う。
蒼星石の話では、自分は螺子を巻いた契約者(マスター)。だからだそうだ。

「…ん?あのな、何て言ったら良いのかな…」
「何ですか、マスター」
「オレ、お前とその契約とやらをするつもりはない」
「!」

その発言に蒼星石は驚いて言葉を失う。
そんな蒼星石の様子に頭を少し掻いて気まずそうにした。
少しの間、お互いに無言が続く。

「……僕では、駄目なのですか?」
「え?」

ふと、うつむいた顔を少し上げた蒼星石の小さな呟きに、反応する。
思わず見てしまったその顔は何ともいえない悲しい表情だった。
いや、やりきれない、と言った方が正しいだろうか。
その顔にふとした恐怖を覚えて、

ごんっ!!
「「……」」
「マ…マスター…!?」

頭を隣の壁に勢いよくぶつけて流血した。
視界の端で、心配そうに呼ぶ声と逆に思わず後ずさりした蒼星石の姿が見える。

(あー…オレ、バカだ…)

「……そうじゃない……」
「…マスター?」

駄目とかそんなんじゃねえ、と呟いた。

「契約とかってとても大事なコトだろ。お前にとって」
「…」
「それをただ螺子を巻かれた初対面の人間とすぐするのか?」
「それは…」
「それにオレお前のこと名前と動く人形だってことぐらいしか知らない。はっきり言ってそんな奇妙な存在と契約なんてできるかよ」

沈黙する蒼星石。
ああ、言い過ぎたかもしれない。相変わらず、不器用なことしか言えないもどかしさ。
それに腹が立つ。

「でもオレはお前と仲良くしたいなーとか…思ってたりする。だからさ、お前のこともう少し教えてくれるか?」
「…僕は…」

戸惑う。そんな言葉が過ぎった。
そんなことを言われたのは初めてだ。
今まで誰一人、“人形”の都合なんて考えなかった。無論、自分もそんなことなど思いもしなかった。

「…僕も…知りたい」

目の前で笑って、手を差し出すマスターのことを。

「オレは苗字名前、高3。ヨロシクな」

触れたその手の温もりは、始まり。

「ところでマスター…僕の他にもう一つ鞄はありませんでしたか」
「いや、お前だけだけど?」
「……」

(翠星石…?)

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