1 世界を超えて輝く青
―逃げなさい名前!
―お父さんお母さん!!
―煌髪人どもを捕らえろ一人残らずだ、抵抗する者は殺せ!
見慣れた、海を一望できる水に囲まれた綺麗だった村が。
今は燃え盛る炎と水の民の叫びと血の匂いで充満している。
名前はまだ小さい空色のテルクェスの鳥を共に海へと一直線に走っていた。
その心をかきむしるのはただ純粋な怒りと悲しみ。
自分たちの村は少人数ではあるが陸の民の目を逃れてひっそりと平和に暮らしていた。
だが、陸の民の軍勢に見つかってしまい、あっさりといとも簡単に滅ぼされた。
憎い悲しい陸の民が。人間が憎い。
幼い名前の心情に呼応するかのように海がいつにもまして荒れていた。
どうして、わたしたちが何をしたっていうの。
怒りよりも支配する感情は悲しみ、裏切り、罪悪感。
大人の注意を無視して村を出て、たまたま遭遇した怪我をしていた陸の民を助けたのが始まりだった。
ただ、純粋な好意だった。それだけなのに。
傷が癒えた陸の民は自分を化け物、と罵って仲間を呼びに逃げた。
どうして、貴女は癒したテルクェスなのに。名も知らない陸の民の少女が憎かった。
「うぁっ…っ、ふ…っ!」
号泣で視界が霞み、崖から海へ転落して荒波に飲まれても恐怖は感じなかった。
わたしのせいだ、全部わたしのせいなんだ陸の民が来て皆を殺し何もかも奪っていったのも。
ごめんなさい、謝罪は止まらず、水の民でさえ呼吸が苦しい海の荒れ様の中でもそれが罰だとさえ思った。
「わたしを殺して滄我!!」
海の意思たる、自分たちの生みの親である滄我と意思疎通が出来るのはメルネスただ一人のみ。
そんな恐れ多いことをしようとしているのは十分承知だった。
それでも叫ばずにはいられなかった。不思議とその証拠の答えるように海が荒れているようで。
涙で濡れた瞳と共に暗い海中で意識を失った。
―死ぬな、メルフェス 我が“輝ける青”
遠くなる意識の寸前で聞いた、自分の誠名を呼ぶ優しい声。
海が輝いたような気がした。
「お頭!お頭!」
世界を走る赤い大陸《レッドライン》と偉大なる航路《グランドライン》とは別にある四つの海の一つ。
《東の海―イースト・ブルー》、四つの海の中で最弱と言われるその海の上に赤髪海賊団の船レッドフォース号はあった。
派手な宴の後だったらしく散らばった酒樽やごちそうをかきわけて船内を走ってきたのは見張り男だった。
その慌しい呼び声にかなり酒を飲んで頭を痛めて寝転んでいた船の船長こと“赤髪のシャンクス”は起き上がった。
「何だ…?敵襲かぁ〜?」
「違うんですお頭大変なんです海が!」
尋常でない見張りの動転振りに意識を覚醒させたシャンクスは首を傾げた。
その慌て声を聞きつけ、副船長ベン・ベックマンやらヤソップ、ルウといった幹部まで揃う。
見張りはシャンクスらが聞くまでもなく心底仰天した声で叫んだ。
「海が輝いてるんです!海が!見て下さい異常ですよ海がっ」
「はぁ??」
海が輝くだって?そんなことがあるわけがない。
シャンクスたちの思考にそれは当然のように過ぎった言葉だったが、甲板の徐々に広がる驚きの声に信じざる得なかった。
海が光ってるぜスゲェ、何だこれ、すごい綺麗だぞまるでサファイアの海だ。
そんな声が壁越しでも聞こえるほどに船内に響く。
半信半疑で甲板へ足を運んで、シャンクスも今度こそ言葉を失った。
海が、青海原で穏やかなはずの海が。
まるで自分たちが他の敵船から奪ってくる金のように美しく眩い青い光に満ちている。
海全体が生き物のように輝いているのだ。そのあまりの壮大さと美しさに言葉を失った。
「す、げえ…、海賊やってきてそりゃ色んなことがあったがこんな驚くことは無ぇよ」
「俺もだ、これは夢か?」
旗揚げして何十年とかそこら経っているわけでも無いが、初々しい海賊と言うわけでもない。
赤髪海賊団と聞けばある程度名も通っているし、今までだってそれなりの不思議現象や修羅場をくぐってきた。
しかしこれはそんな自慢話を吹き飛ばすほどの輝きだった。
騒ぐ部下たちを見れば、一人が興味ありげに海水を掬っていた。
案の定その海水も美しい淡い青の輝きを放っている。
「何なんだこりゃ?海がおかしくなっちまったのか!?」
「しかし異常気象にも思えなんな、寧ろ暖かすら感じる」
海にこれほどまでに暖かさを感じたのは初めてだと、常に冷静沈着なベックマンさえ言う。
しばらく呆けていたシャンクスだが急に満面の笑みになり、酒瓶を掲げて叫んだ。
「何かよく分からねーがこんなめでたい海はねぇ!ヤロウ共宴だぁーー!」
「おおおう!!!」
「あんたは酒が飲みたいだけだろ…それにさっきまで二日酔いで苦しんでたんじゃなかったのか?」
苦労の耐えず、胃薬でも貰ってくるかと冗談をぼやくベックマンにガッハッハとシャンクスは笑った。
そして再び宴で賑やかになろうとした船を大きな揺れが襲った。
一瞬何事かと身構えた瞬間、レッドフォース号のすぐ傍で大きな波の柱が立ったのだ。
それは、グランドラインで見かけるという天に波が上がるノックアップストリームに似ているかもしれない。
金色に輝く波の柱を驚きで眺める中で、最初に声をあげたのはヤソップだった。
女の子が、波の中に女の子がいる、と。
その声に反応して次々とその存在を確認し、驚愕はそれ以上だった。
波にまるで守られるように包まれる眠る少女の髪が海のように蒼く輝いているからだ。
最初に動いたのはシャンクスだった。
徐々に静まり、普通の海に戻っていく波と一緒に海に落ちそうになる少女を助けるために船から海へと飛び込んだ。
シャンクスがしっかりと海の中で少女を抱えて戻ってくる間も少女の髪は輝き続けていた。
「おい手を貸してくれ!」
ルウの手を借りて少女を抱き上げつつ船へ戻れば、海水から離れると同時に少女の髪は輝きを失い、淡い金色の髪になっていた。
その何とも不思議で特殊な事態に船員たちはどう対応してよいか戸惑う。
しかしシャンクスとベックマンはすぐに船医を呼んで、毛布で少女の体を包み、船内へ運んだ。
「大丈夫衰弱しているだけだ、よく体を温めて寝かせておけば直に良くなる」
船医の言葉に安堵の息をつかせて、咄嗟に運んでしまった自分のベッドで眠る少女を見やる。
少女の血の気は先ほど運んだ時は青白かったが船医の手当てで大分良くなっていた。
見れば年のころは自分たちが今拠点としているフーシャ村のルフィと同じか上くらいだ。
何故こんな幼い少女が、いきなり輝く海の波の柱にいてしかも髪が蒼く輝いていたのだろう。
シャンクスの疑問は溢れるばかりで、隣で様子を見るベックマンへ視線を向けた。
「そんな目で見られても今回ばかりは俺も全く分からないぜお頭」
「今日はびっくりすることばっかだな、輝く海に輝く髪を持つ女の子、だが無事で良かったぜ」
「この子が異常だとは思わないのか?」
気味悪がっているわけではないが、ベックマンは試すかのように聞いてくる。
見れば少女の着ている衣装は蒼と白を基調とした独特の紋様が施されている衣装。
大方どこかの民族衣装だろう、髪が輝くのもその民族の特性なのかもしれない。
しかし水中に縁のある生物と言えば、海王類か魚人かたまた人魚しかいない。
だがこの少女は見る限り自分たちと同じ人間であるようだし、魚人には到底見えなかった。
「見ろよ、ルフィと同じくらいだぜ」
シャンクスの言葉にベックマンは少女を見やる。
すると少女が急に顔を歪め、呻くように身を縮ませた。
意識は無いようで魘されているだけらしいが、その泣き様は悲痛だった。
お父さんお母さん逃げて、ごめんなさい、殺して
少女の最後の言葉が重く船長室に響いた。
泣きながら空しく宙をかく手を、シャンクスが握ってやったのにベックマンは驚く。
「大丈夫だ大丈夫、泣くな」
殺して わたしを 殺して
少女はしっかりとシャンクスの手を掴んだままそれでも悲痛の泣き声は止まず。
殺してを数回繰り返し、再び眠りに着いた。
少女の声に、この少女にとてつもなく重い出来事があったくらいは検討がつく。
「で、これからどうすんだ?」
「今は寝かせてやるさ、目が覚めてから後のことは決めればいい」
シャンクスの言葉に頷いた。
シャンクスの手を必死に掴んで離さない眠る少女を見やる。
金色の髪が、枕をゆっくりと滑り落ちた。
外では既に日が沈み、輝いていた海は嘘のように通常のものに戻っている。
その海をレッドフォース号が進路をフーシャ村へと向けて順調にゆっくりと進んでいた。
眠る名前を乗せて。
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