23 九尾襲来
一方、離れた岩場が連なる泉の場に印の鎖で繋がれているのはクシナだった。
両手を封じられ、捲られたままの腹部は九尾の封印式が剥き出しになっている。
しかし、緊迫しているクシナの意識は佇んでいる仮面の男にあった。
「お前…っ一体何のつもりだ!」
「知れた事だろう、お前から九尾を引き剥がして木ノ葉を潰すためだ」
「!、なんだと…!?」
驚くクシナだったが、その腹部を指し示した仮面の男の雰囲気は変わらなかった。
「術式マーキングのある箇所へ空間から空間を瞬間移動する飛雷神、ミナトとその娘だけが使える術。お前の封印式にも組み込まれているのは知っている…ミナトが常にお前を守る。故に待ち続けた、この好機をな」
「!!」
「出産により極限まで弱まった封印式…そしてお前を守るミナトを遠ざけた今、目的は果たされる」
男の紅い隻眼が三つ巴紋を浮かばせた時、目の合ったクシナの身が大きく反応した。
クシナ自身ではなく、正確には身に宿っている九尾が、だった。
「ぐぅっ!」とクシナが呻く中、三つ巴紋の眼…写輪眼を光らせる男にも九尾を見透かせていた。
身の内、巨大な呪の鎖によって縛り付けらている九尾。
そして、呻く低い声も隻眼の写輪眼に気づいて叫ぶ。
―お前は…っ!!
叫んだ九尾の正気はソコまでだった。
写輪眼に捕らえられた瞳から色が失われ、巨体を縛る鎖が一気に溶解していく。
幾重にも施された封印が解かれ、内から解き放たれた。
「さあ、出てこい!九尾!!」
解、と最後の印を結び叫んだ男の声と共にクシナの悲鳴が上がった。
内から溢れ出したチャクラが形を成し、クシナの真上で形を成して咆哮を上げる。
グォオオオ!と凄まじい吼えで大気を揺らして出た獣。
尾獣最強と謳われる九尾の狐だった。
グルルと唸って瞳を細める九尾は見上げてくる仮面の男を見下ろす。
気迫に反して静かなであるのは、男によって無理やり契約を結ばれて本来の性を失っているからだ。
既に目的を成した男は、この場に興味を失っており向きを変えた。
見据える先にあるのは木ノ葉の里だ。
「よし、次は木ノ葉の里だ」
手を上げて九尾に示そうとした時、後ろから響いたのは予想外の呻き声だった。
「ぅ…!」と小さく聞こえた事で、横顔だけを向ければ岩に伏している身が見えた。
力を失って倒れているクシナが震える身で必死に顔を上げたのだ。
「…っま、待て…!行かせ、な…!」
「…これは驚いた、尾獣を抜かれてもすぐには死なないとは。聞いてはいたが、うずまき一族とは本当に生命力の強い奴らだ」
「くっ」
「だが終わりだ。人柱力であったお前への手向けに、コイツで殺してやろう」
男が再び瞳を輝かせる事で、グォオ!と反応した九尾が振りかぶった前足を振り下ろす。
下にいるのは動けないクシナ…潰されてしまう、とクシナ自身も瞳を閉じた時に身体が浮いた。
「!」
前足が岩を砕く直前、瞬時に現れた影がクシナを救い上げて消える。
目標を踏み損なった九尾が低く唸って、気配を追った先を睨めば男にも分かった。
離れた木の上に佇むのは、クシナを横抱きしているミナトの姿だった。
「ミナトっ…」
荒い息のクシナは見下ろしてくるミナトを確認しながら、手を伸ばして腕へと触れた。
対して反応したミナトへと真っ先に投げかけるのは勿論決まっていた。
「あの子たちは…っ名前とナルトは…無事なの?うぐっ」
「ああ、無事だよ。安全な所へ移したから大丈夫さ、だから今は静かに」
「良かった…ミナト、お願い、アイツと九尾を止めて…!木ノ葉を襲うつもりなの…っ」
「……」
子供たちの無事を聞いて、ホッと息を吐いて口元を緩めた刹那。
本来ならば呼吸をするのも苦しいはずなのに、すぐに表情を厳しくしたクシナが願ったのは木ノ葉の里を救う事だ。
顔を歪めながら痛みに耐えつつ、掴んだ腕に込められた力にミナトは黙する。
それから瞳を閉じてグッタリとなってしまった己の妻を見つめて、細めた瞳を背後へとやった。
静かな怒りを醸し出す鋭い眼光が映すのは仮面の男と九尾。
次にはクシナを抱えたまま、更に飛雷神で飛んだ。
「また飛んだか。まぁ良い、どうせ何もかも手遅れだ」
ミナトとクシナが消えた場所を見上げていた男は、興味を失くしたように九尾へと命を下した。
「!、お父さん!お母さん!!」
場所は変わって、隠れ屋でナルトを抱いて待っていた名前は目の前に現れた両親に反応する。
急に現れたにも関わらず全く驚かずに、存在を確認すると叫んで立ち上がった。
今にも駆け寄って来そうな様子を、片手でやんわりと制したのはミナト。
「!」と気づいた名前が止まると、微笑んだミナトが優しくクシナをそちらへ運んだ。
「ミナト…どうして」
「…良いから、君はこの子たちの傍に」
「っ」
顔を上げたクシナが何かを問うようにしたが、ミナトは静かに笑うだけで答える。
その意味は、目を見開いたクシナ自身がよく理解していた。
ミナトが仮面の男と九尾の襲撃を阻止する時間を削ってまで、わざわざクシナをココまで運んだ理由。
唇を僅かに噛んだクシナは小さく頷いて、運ばれたベッドの壁に身を寄せながら座す。
そして不安そうにこちらを伺っている名前へ両手を伸ばした。
「!、お母さ、」
「名前…ナルトっ…!」
ナルトを抱いている名前ごと包み込むように抱き締めて名を呼ぶ。
驚く名前はされるがままになっていたが、母の様子が明らかに違っている事に不安そうにした。
母の無事は嬉しいが、明らかに何かが違う。
クシナの腕の中でミナトへと視線を向けたが、ミナトは何も答えずに立ち上がってしまった。
「お父さん…」
「ミナト、ありがとう。行ってらっしゃい」
「!」
背を向けて足を踏み出した背に戸惑う名前とは反して、クシナの優しい言葉が響いた。
目を見開く名前に笑いかけるクシナ、そして横顔を向けたミナトが答えてくれた。
「すぐに戻って来るよ」
微笑みを残して、舞う火影の羽織が消える。
残された静けさに名前は、ただ心中に募る何かの正体に胸がいっぱいだった。
名前からナルトを受け取ったクシナがあやす声は、どこまでも優しく暖かいのに。
言葉に出来ない不安のまま、眉を下げた表情にクシナが手を伸ばした。
「怖い思いをさせてごめんね。よくナルトを守ってくれたわ、偉い」
「お父さんが助けてくれたから、怖くなんてなかったよ。それよりもお母さん…私、分からないけど今の方がすごく怖いの」
「……名前、よく聞いて。それは…っ!?」
「なっ何!?」
クシナの言葉は途中で大きく大地が揺れた事と轟音で途絶える。
凄まじい爆発を響かせて、数度に渡って地響きが家屋をも揺らす。
その様に身を強張らせた名前が窓の外を振り返ると、遠くで揺らめく火が見えた。
クシナの腕の中で泣くナルトの声が更に不安を掻き立てる。
(あの火…灯りじゃない…アレは…)
闇夜を照らす灯火ではない、遠くの火。
小さく揺らめているように見えるが、ゾワリと身体を強張らせた名前には炎が映った。
途端に脳裏を貫くように何かが感じられて、カタカタと震えが止まらなくなる。
「名前…!」
「お母さん…何が、何があって…アレは!」
「……九尾よ。あの男が母さんから九尾を開放して里を襲わせようとしているの」
「九尾が…里、を?」
「そう、お父さんはソレを止めに行ったのよ。そして母さんも…」
「え…?」
言葉を切ったクシナは真剣であり、泣き止んだナルトを抱く力をしっかりとしていた。
伸ばしている片手は固まっている名前の頬へと添えられたまま撫でる。
そして、意を決して口に出された内容に名前は目を見開いた。
「うそ…」と茫然と紡ぐ名前に、クシナは首を横に振って言葉を否定した。
「う、わ…!何だ…アレは…!!」
「まさか、そんな…」
「九尾ッ…九尾の狐だぁー!!!」
里中に人々の悲鳴が響き渡り、逃げ惑う彼らの合間を反対に駆け向かうは忍たちだった。
上忍、中忍たちを中心に月夜に吼える九尾へと必死で応戦する。
しかし、尾の一振りで里の一角を簡単に破壊してしまう圧倒的な力の前では微々たるものでしかなかった。
歴然とした力の差、暴虐なまでに破壊を体現する獣が九尾だ。
尾は里の街並みを破壊し、放たれるチャクラの塊が忍を含める多くの人たちの命を一瞬で奪う。
あちこちから炎と悲鳴、そして轟音が止まない中で九尾の雄叫びが木霊していた。
「あーあ…本当に失敗しちゃうとはねぇ」
そんな中、里の外れに位置する建物の上で九尾と交戦している忍たちを眺めるレンゲが笑った。
この惨状を本当に何とも思っていない軽さを含んだ口調は、笑みさえ携えていて軽い。
手にしていた本を閉じた時、ちょうど九尾が放った尾獣玉が焦土の道を作り出していた。
ヤレヤレと手で髪をかいて、ダルそうに立ち上がって呟く。
背後で数人が動く気配がして、「分かってるって」と答えた。
「当然、里へと現れた九尾は現在、市街地にて三代目が指揮する部隊と交戦中。四代目と人柱力の姿は確認できません」
「四代目はともかく、人柱力は死んだんじゃない?だって九尾、出てきちゃってるし。アレがいるから、ボクも動かなきゃならないんでしょ」
「……」
「ハイハイ、分かってるよ。“次”の無事はちゃんと押さえてあるから、心配しないでって伝えて」
手を振って笑ったレンゲに対し、影に控えていた『根』の暗部たちが姿を消した。
残されたレンゲは小説を荷へと閉まって、闇夜をゆったりと仰いだ。
「ダンゾウ様には悪いけど、ボクには心地良い夜だわ」
声を立てて笑う後ろ、木ノ葉の里が破壊されていく惨劇が続いていた。
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