22 10月10日
木ノ葉の里から離れた位置にある川沿いに続く崖。
そこに掘られた洞窟内は、特別な術式が組み込まれた秘密の隔離場所だった。
主に、火影や暗部が任務時に使用する場の1つだったが、今回は目的が違う。
周囲に施された結界も、見張りについている暗部も全ては封印と護衛のためだ。
10月10日、クシナの出産が始まったのだ。
「うぅっぁああっー!痛いっ痛いってばねッッーー!!」
「息を深く吸って吐くんじゃ!ほらっ今じゃ、力むんだえ!」
「ぅつぅ〜〜ぁあぁ〜〜!!!」
洞窟内に響くクシナの叫びと呻きは外で見張っている暗部たちにまで聞こえていた。
クシナ自身、遠い意識で物凄い叫びを上げている事は分かっていたが止まらなかった。
そんな事は微塵も気にならないほど、とてもじゃないが余裕がない。
当たり前だ、尋常でないほど痛くて苦しいのだから。
ギリギリと握り締める杭と手に血管が浮き出るほど力が籠る。
開いた下部ではビワコが手伝ってくれるが、声が遠かった。
何を言っているのか、ぼやけて聞こえてる。
流れる涙で視界も見えなかった。
(痛い痛い痛いっ…苦しい!誰かっ…!!)
1度味わった事がある痛みとはいえ、慣れるものではない。
首を横に振って歪む顔からボロボロと涙が溢れて止まらないのだ。
下手したらこのまま死んでしまうんじゃないか、とすら意識が混同した。
「クシナ…!!ビワコ様っ、この苦しみ様は大丈夫なんですかっ!?」
「当たり前じゃ!四代目火影であろうという者が何という顔をしとるんだえ!お前はしっかり封印を見とれ!!」
「しかしっ」
「お前たち男と一緒にするな、女は痛みに強い生き物なんだえ!何で知っておるか!!」
「!」
「死にそうなくらいの痛みに耐えて、子を産み落とすからじゃ!!」
「わあああ〜〜!!!」と喉を仰け反らせて泣き叫ぶクシナに心配し過ぎて意識が疎かになりかかるミナト。
クシナの叫びに負けないくらい大きな怒鳴りで叱咤したのは助産するビワコだ。
ビクリとなるミナトの顔は情けない、しかしクシナの腹にかざす手は震えが消えた。
良しと頷いたビワコは再びクシナに叫び呼び掛ける。
その横で、名前はカタカタと震えている両手を胸元で握り締めた。
(こんなお母さん…初めて見た…!とっても痛いんだっ辛いんだっ…!!)
いつも明るく優しい元気な母の姿とは全く重ならない今。
子供のように叫んでボロ泣きする姿は、名前の知る大好きな母では想像にできないものだ。
きっとこんな姿を見せるなんて、母も恥ずかしさはあるだろうに。
それでも、と手に力を籠める。
(三代目のおじいちゃんが許してくれた時、お母さん言ったんだ…ずっと見ててって…)
―きっとすっごいビックリしちゃうと思うけど、できればずっと見ていてくれる?
―?
―母さんはね、名前に見てほしいの。命がどうやって生まれてくるのか、ね?
人の命が、どうやって生まれてくるのか。
出産というものが、どういうものなのか。
今、悶え苦しむ母を目の前にして名前には、ようやく意味が分かった。
命を生み出すのは、本当に命掛けなのだ。
「お母さんっ、お母さん!!」
「っ!?」
「痛いよねっ辛いよねっ!でも、もうすぐだからっきっともうすぐナルトに会えるからっ、頑張って!お母さん!」
「…ッ名前…ッ?」
「うんっ!私、ちゃんとココにいる!!ずっと見てるから!」
「名前…」
「お父さんもっ…!お母さんは1人じゃないッ!!」
「!!」
胸元から解いた手は杭を握り締めている母の手へと重ねて。
仰け反っていたクシナの耳に届いたのは名前の呼び声だった。
とてつもない痛みと苦しさの中で、ハッとなった意識のままに横を向く。
涙でぼやる視界には、こちらを必死な表情で見つめる名前とミナトがいた。
瞬間、ぐっと漏れそうになる叫びを堪えて瞳を強くした。
(そうよ…!ミナトも、名前もいてくれるじゃない!!私ってば何を思ってたんだってばねっ…!)
死にそうなくらいの痛みでも、負けない。
どんなになっても耐え抜いてみせる。
だって、1人じゃないのだから。
こんなにも心配して傍にいてくれる家族がいる、掛け替えのない大事な人たちが。
そして、今この瞬間にも。
(ナルトッ!!貴方も!!)
「頑張れっクシナ!頑張れっナルト!!」
「お母さん!ナルト!!」
三人の叫びが、中と外で完全に重なる。
一心に思うは1つだ、大変なのはクシナだけじゃない。
必死で外へ生まれようとしている、お腹の中のナルトも。
「今じゃ!!」
ビワコの声と共に、クシナが瞳を細くして下部に力を入れた。
刹那、目を見開いたビワコが浮かべたのは笑みだった。
「生まれただえ、元気な男の子じゃ!!」との叫びにミナトと名前が顔を上げた。
「おぎゃあっおぎゃあ!!」
羊水に濡れ、皺くちゃな小さな身体。
それでも初めて取り込んだ空気と共に上がったのは元気な産声だった。
命がこの世に生まれ落ちた証。
元気な声で泣き続けるナルトがビワコの手から見えた時、自然と零れたのは涙だった。
(あ…ああ…生まれるって、こんなに嬉しいんだ…っ)
ずっと待ち望んでいた大切な家族。
グスリとなった鼻に構わず、ゴシゴシと頬を擦って名前は笑った。
大好きな大好きな、小さな弟。
「ナルト!!」
「生まれたッハハッ…生まれたんだ!オレの…!クシナ、オレたちの息子だよ!」
同じく霞む視界を手で拭ったミナトがクシナに叫ぶ。
暖かい湯で清め、布でくるんだナルトをビワコが名前へと差し出した。
名前もミナトに見守られながら、しっかりと抱き締めてクシナの傍へ寄る。
横向きで泣いているクシナの横にナルトが近づけられた時、浮かんだのはやっぱり同じ表情だった。
「ナルト…やっと会えた…」
震える手で頬に触れて、またクシナから涙が伝う。
名前も声を発しようとして、途切れた。
「!?」
あまりの刹那的で、何が起こったのかミナトでさえ理解できなかった。
喜びに包まれて力を抜いていたせいもあったけれども、それ以上だ。
クシナの視界では、目の前の子供たちがいきなり消えたのだから。
限界まで目を見開いた時、腹に痛みが走って呻いた。
そして響いたのは、ビワコやタジを含める出産を手伝っていた者たちが倒れる音だ。
「ビワコ様、タジ!!…ッ!?」
「そこまでだ、四代目火影ミナト。今すぐ人柱力から離れろ、さもないとお前の子供たちが死ぬぞ」
「!、名前ッ、ナルトッ!!」
血を流して伏す彼らが既に息をしていない事はミナトにも分かった。
この場で生きあるは、自分たち、そして。
ナルトをしっかり抱いてもがく名前の首にクナイを突き付けている襲撃者だ。
身を強張らせるミナトとクシナに、フードを被った仮面の者は冷静に脅しをかけた。
(コイツ一体っ…!あれだけ厳重に結界を施したのに、どうやって…)
外では精鋭の暗部たちが見張りをしていたのに、くぐり抜けてきて。
それも油断していたはいえ、タジやビワコの命も奪ってしまう強さ。
絶対的に不利な状況であっても、瞳を細めて冷静に現状を分析しようとした。
だが、現状は待ってくれずにクシナの呻きが耳に飛び込む。
「ぁぁッお腹がッ!」との言葉に、ヒヤリと汗が伝った。
「(まずい、九尾の封印が解けかかってる!)待て、まずは落ち着くんだ!」
「オレは十分落ち着いている。さっさと離れろ、ガキどもがどうなっても良いのか?」
「くっ…」
苦い顔をしたミナトをクナイの横から見た名前も唇を噛む。
この襲撃者が誰かは知らないが、自分たちが捕まっているせいで父と母が危ない。
喉元に触れているクナイの冷たさが余計に感情に触れて、腕の中で再び泣き出すナルトを抱く力を強めた。
キッと仮面の者を睨み上げれば、暗い奥に見える片目と合う。
真っ赤な色に浮かぶ三つの巴紋…独特のソレが何なのか分からなかったが片手を伸ばす。
印を組もうとした時、赤い隻眼が反応した。
「ッぅわ!!」
「まずは厄介なお前だ」
紡がれた言葉と同時に、突き付けられていたクナイは素早くクシナへ放たれる。
まさか狙いはクシナ!?と、庇ったミナトと名前の意識が逸れたタイミング。
真の狙いは、空いた片手の全指がチャクラを纏って名前の腹を突いた時に分かった。
襲った衝撃と痛みでも、辛うじてナルトを抱えて耐える名前を両手で乱暴に掴む。
仮面の者はそのまま、名前たちをあらぬ方向へと投げ飛ばした。
攻撃された痛みで動けない名前は受け身を取れない。
ナルトだけはと、全身を使って落下の衝撃を覚悟したが痛みは無かった。
一瞬で飛んだミナトが2人を受け止めてくれたからだ。
ホッとなるも、仮面の者の続きに表情が一変した。
「速いな、さすがは黄色い閃光。だが次はどうかな?」
(起爆符!!)
ナルトを包む布に張り付けられている小さな符が煙を上げた。
名前が叫ぶ前に、ミナトが素早く印を組む。
その場のクシナの呼ぶ声だけが残った。
光景が一瞬で様変わりして着地する感覚。
ミナトの腕の中で目を開いたまま茫然としている名前は後ろの爆発音で身体を揺らせた。
そうして抱えているナルトを見やる、ナルトを包む布は無くなっていた。
「お父さっナルトがっ」
「起爆符は飛ばしたら、もう大丈夫だよ」
飛雷神で飛んで、それで起爆符でナルトの身が、と色々と言葉にならず喉に詰まる。
ただ泣きそうな様子は伝わったのだろう、ミナトの微笑みは優しかった。
その変わらない安心に、自然と力を抜きかけた名前は思い出して再び父の服を掴んだ。
「お母さんが!!アイツ、お母さんを狙ってッお母さんが危ない!」
「ん、どうやら狙いはクシナと九尾だったらしいね。最初からオレを引き離す事が目的だったんだ」
「ッ…私ッ…」
「名前が悪いんじゃない、奴が侵入した事に気づけなかった父さんのせいだ。…名前」
「…?」
眉を下げて顔を伏せかかる名前の腕の中で、まだナルトは泣き続けている。
慌ててヨシヨシとあやすと、反応して声が小さくなった。
そんな2人を見つめていたミナトは名前を呼ぶ。
振り返った時、ミナトは再び飛雷神を使って移動していた。
「ココ…お父さんの…?」
「ああ、もしもの時に使う秘密のね」
飛んだ先は見慣れない室内だった。
見渡した名前は、下げられている術式クナイの存在で推測する。
このクナイを使うのは、自分と父だけだからすぐに分かった。
ミナトは肯定しながら名前をベッドへと座らせて新しい布を差し出した。
言われるまでもなく、ナルトを包み直して抱き直す。
名前の腕の中でナルトが完全に泣き止んで静かになった。
「お父さん…」
それに息を吐いて、ようやく意識をミナトへと戻す。
既に立ち上がって動いていた手が取ったのは火影の羽織だった。
「!」と開く名前の目に焼き付く、四代目火影の文字。
振り返ったミナトは、どこまでも真剣で鋭い雰囲気を放っていた。
天井から下がっている術式クナイを手に取ってホルスターに収める。
これから何をしに行くのか、聞かなくても伝わった。
ベッドへとナルトを寝かせた名前は立ち上がろうとして声を上げる。
「お父さん、私も…っ!?うッ」
「!、名前!?」
自分の行くのだと、身体のチャクラを意識した時に走ったのは痛みだった。
次いで込み上げる気持ち悪さと眩暈。
前に倒れ掛かる名前に血相を変えたミナトが駆け寄って支えた。
蹲るように名前が押さえるのはお腹であり、ミナトは支えながら名前の服に触れた。
「見るよ」と聞いてから、お腹が見えるくらいまで服をめくる。
部屋の光に照らされた白い肌にミナトの表情が険しくなった。
「…?お父さん?私、どうしちゃったの…?チャクラ練ろうとするとっ気持ち悪く…」
「(五行封印をベースに組まれた呪印?何だコレは…)…名前、今はとにかく君も休んでおくんだ」
「でもっ…」
「大丈夫、母さんは父さんが必ず助けてくるから。ナルトをお願いできるかい?」
「…ナルト…」
赤黒い渦を巻く謎の印が刻まれている様は痛々しい。
だが名前の様子を見るからに、チャクラの流れを阻害して術を使えないようにするためのものだろう。
険しい瞳だったが、命に危険はないものだと判断したミナトは冷静さを取り戻す。
(奴は名前が飛雷神を使える事まで知っていたのか…)
見つめる名前も仮面の者に何か術を施された事は分かっていたが、今はそれよりも心配が勝った。
敵と共に残してきてしまった母、単独で救いに挑もうとしている父。
対して、今の自分は何もできないのかと思うと悔しくてならない。
しかし、ミナトの微笑みと紡がれた願いに暗い思考が上向く。
振り返れば、ベッドで寝息を立てているナルトがいた。
「名前もお姉ちゃんだ。ナルトを頼めるね?」
「ん!!」
「良し、じゃあ父さんは行ってくるよ」
名前の頬に触れた手は離れて、術式クナイをかざし印を結ぶ。
音もなく空間から消えた父を見送って、名前は明るい表情を止めた。
お腹に触れるは謎の呪印だ、ぐっと力を込めても激しい吐き気と眩暈で上手くいかない。
溜息をついてベッドへと寄った。
「ナルト…大丈夫、何があってもお姉ちゃんが絶対守ってあげるから」
伸ばされた手が小さな指に触れると、眠ったままのナルトが握り返した。
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