21 誕生前夜
「分かっているとは思うが、出産は九尾の封印が最も弱まる時じゃ」
「はい、分かっております」
周囲を人払いした三代目火影の執務室では、真剣な面持ちが並ぶ。
三代目とその妻ビワコ、そして後ろに控える暗部数名。
向かい合って座るのは、頷くクシナと寄り添うミナト、隣で息を飲む名前だ。
すっかり日も落ちた頃合いで、人気もまばらになる時間帯。
更に人払いをして、わざわざ三代目の執務室に呼び出されてまで話す内容は機密事項であるからで。
勿論、出産間近のクシナの事についてだった。
「里の安全を考え、万一のために今回も極秘に結界を張った場所で出産してもらう。出産時には、わしの妻ビワコと暗部のタジをつけよう。良いな?」
「封印はオレに任せて下さい」
「うむ、四代目なら安心じゃろう」
「ありがとうございます、三代目。ミナト…」
立ち上がって自ら最も難しい役を買って出るのはミナトである。
三代目に礼を言いながら、ゆっくりとお腹を摩ったクシナは夫を見やった。
ミナトが微笑んで応えてくれるから、それだけで出産の恐れなんて無かった。
名前だけが瞬きつつ、三代目と両親を交互に見て静かにしている。
それに気づいた三代目が、ようやく笑みを浮かべて話しかけてくれた。
「心配せんでも大丈夫だぞ名前。ちょっと用心するだけじゃ」
「…お母さんとナルトは大丈夫ですか」
「勿論じゃ。心配なら、お前も一緒にいると良い」
「!、三代目…!」
「ホントですか!?はいっ、一緒います!!」
「良いんですかってば!?」
笑みを向けられて、ようやく口を開いた名前の声色は恐る恐るだ。
詳しい事情は分からないけれども、幼い自身にも分かる事はある。
この真剣な空気と話ぶりで、母の出産が危険を伴う事なのだという事。
そして、それは簡単に知られてはいけない秘密事項であるという事。
だから、名前にできるのは辛抱強く大人しくする事だと思っていた。
けれども、察してくれた三代目の提案は優しかった。
身を乗り出して迫る母と娘に、「!?」となった三代目だったがミナトが宥めに入る。
苦笑気味なミナト相手でも興奮気味なクシナと名前の話は止まらない。
「ミナトも名前も一緒にいてくれるなんて、こんな心強い事はないってばね!あ!でも名前、お母さん凄く痛がっちゃうけどっびっくりしないでね…!」
「ん!赤ちゃん生む時ってとっても大変なんだって、ちゃんと知ってるよ!だから私、びっくりしないから頑張って!」
「〜〜!なんて良い子なんだってばね!名前っ、大好きよ!!」
「私も、お母さんとナルト大好きだよ!!」
「名前!!」
「ハイ、そこまでにしよう?クシナ、名前も!三代目様が困ってるからっ、ね!」
チラチラと三代目夫妻を見やったミナトも、さすがに気にしているらしい。
しかし軽い溜息をついたビワコとは異なり、三代目の微笑みは穏やかで温かかった。
席を立ちつつ、振り向いた名前に手を伸ばして頭を撫でる。
「お前の時も、こうしてクシナがミナトに宥められておったんじゃぞ?」
「私が生まれた時ですか?」
「そうじゃ。確かにクシナの出産は特別に大変なものじゃが、初めてではない。…お母さんの傍についてあげなさい」
「!、はいっ!!」
パッと笑顔を浮かべて力強い頷きで返すと三代目も笑う。
顔を見合わせたミナトもクシナも小さく笑んで、互いに笑い合った。
その手がお腹へ触れる、この場で思う気持ちは一緒だった。
(無事に生まれておいで、ナルト。みんなが君に会えるのをこんなにも待っている)
灯りがついている三代目の執務室から離れた位置にある建物を遠目で眺める人物がいる。
暗い闇に同化するように隻眼を細めたまま表情を崩さず、手に持つ杖が床を叩いた。
すると、音もなく影が揺らいで人の形になる。
その背丈はどう見ても明らかに年端もいかない子供のものだ。
だが人物は細く開いた瞳で見据えたまま口を開く。
「うずまきクシナは明日にでも出産するので間違いないな?」
「間違いありませんよ。三代目は以前と同じように極秘に生ませるようですけど」
「…当然だ」
口端を上げられて漏れた音は失笑に近かった。
礼をとって控えたままでいる少年は暗部の面越しに同じく失笑した。
「で、どうします?予定場所も掴んではいますけど、ボク動く必要あります?」
「お前は任務をこなせば良い、余計な事はするな」
「…ハイハイ、分かりましたよ」
そのまま、もし、と紡がれた言葉の力強さに低さが増す。
顔を上げれば、窓の外を見ている老いた横顔が見えた。
「九尾の封印が解け、里が危険に陥るような事態になれば…分かっているな?」
「勿論、それも変わらずですよね」
「……」
「ちゃんとやりますから心配しないで下さいよ」
ヤレヤレと手を振っておどける面の少年に、沈黙は厳しさを増すだけだ。
そうして立ち上がった少年は、「あ」と思いついたように手を叩く。
「そう言えば、伝えてなかったでしたっけ。ボク、名を決めたんですよ。さすがに、これからは暗部名だけじゃ支障があるかなぁって。レンゲって名乗りますんでよろしくお願いしますね」
「お前の名など、わしには関係ないだろう」
「そうですけど、ま、貴方は“生みの親”ですし。ね、そんな邪見にしないで下さいよダンゾウ様」
レンゲと名乗る少年は面越しに笑いを変えなかったが、ダンゾウは振り向かなかった。
それきり言葉を紡がないことから、もう話す気はないらしい。
「じゃ、戻りますわ」と手をヒラヒラさせて、レンゲが闇に消える。
残ったダンゾウは、忌々しげに呟いた。
「出来損ない風情が名など、笑いも出んわ」
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