19 君の名前を
イタチと自来也がリビングに向かうと、既にお茶菓子を用意して待っているミナトと名前がいた。
ミナトがいらっしゃいとにこやかにイタチを歓迎すれば、軽くお辞儀をして挨拶を返す。
すぐに名前が呼んだので、テーブルから少し離れたソファの方へと歩いて行った。
ソファに座って並ぶ赤と黒の頭をミナトが穏やかな表情で見やる。
そうして、バッと振り返って自来也に素晴らしい微笑みを向けて近づいた。
「…それで、自来也先生。あの子たちは良いお友達!なんですよね?」
「おぬし、久々に再会した師匠に対して開口一番がソレか!!近いっ!落ち着かんか!」
「!、すみません、つい」
「まったく、おぬしといいクシナといい…会う度に親馬鹿が酷くなっておるのう」
音もなく自然に迫った身のこなしは、さすが四代目火影いや黄色い閃光と言った所か。
それも褒め言葉にならないな、と脳内で否定した自来也は弟子の様子に呆れて笑った。
火影として里を護る立派な姿でも、弟子たちに見せる頼りになる姿でもない。
今ではすっかり、我が子の成長に焦ったり心配したりする…どこにでもいる父親の顔だ。
「心配せんでも、お前の心配しているような仲ではないようだぞ。むしろ良いコンビに見える」
「そうですか…いや、別に変な心配はしてませんよ?」
「ふうん?…だが、少なくとも、今は!といった所だがな!あぁ、色々な意味で成長が楽しみだのう!」
「!?、先生っ!!」
あからさまにホッとした癖に、いつもと同じ爽やかな雰囲気に戻りそうになったのに目を光らせる。
やや大きな声でソファの方へ向いて答えれば、小さな頭が反応して振り向いた。
それに大慌てなミナトが自来也を止めると、「何でもないから気にしないで大丈夫だよっ」と誤魔化す。
イタチは訝しんだが、名前は深く考える事もなくすぐに手元に意識を戻してしまった。
ニヤニヤと笑う自来也に、「先生!」と珍しく焦り怒り顔なミナトの師弟会話。
傍から見れば、テーブル挟んで何やら内緒話をしている大人たちに見えてしまう光景だ。
そこへ、間にお茶を差し入れて会話の流れを変えたのはクシナだった。
「自来也先生、そこまでにしてやって下さいな。そんな貴方だって名前に毎回甘味奢ってあげてるの知ってますよ?」
「ぬぅっ!?な、何故それを知っておるのだ…!」
「イタチくんが話してくれましたもの。2人とも、あんまりしつこい父親は将来、娘にうざがられるってばね!」
「「!!」」
腰に手をあてて宣言したクシナの言葉がグサリと刺さって黙る大人2人。
ニシシと笑ったクシナは、まだこちらを見やっているイタチにVサインを見せた。
それが何の勝利宣言を示しているのは分からないが、大人たちの会話でクシナが勝ったのだろう。
「?」となりながらも、とりあえず頭を軽く下げて返したイタチは再び背を向けた。
ゴホンと咳払いした自来也が空気を改めるために、出されたお茶をすする。
ミナトはアハハと苦笑交じりに、「君にはホント敵わないや」とクシナに紡いでいた。
「先生、今度の旅はいかがでしたか?良い取材はできました?」
「ああ。雷の国近くを中心に回ったんだがな、中々良い取材ができたぞ…そりゃもうたんまりのう…ぐふふっ!」
「へ、へぇ…!それは、良かったですね!(クシナの拳が凄い事になってる!)」
どんな取材をしてきたのか、ミナトが聞きたかったのは別のものだったが。
勘違いした自来也のスケベ笑いに、ニコニコと笑いながら握り拳を背後で構える殺気に冷や汗がした。
慌てて、「もっと別の取材もできたんですよね!?」と話題を変えれば頷ぎがある。
「そうだな…」と自身の手で顎を撫でる真剣な面持ちに、聞いている2人も表情を変えた。
「雲隠れの動きは相変わらずのようだった…」
「そうでしたか…」
「戦争が終わったばかりと言うのに、コレばっかりは中々思うようにいかんの…クシナ、お前さんも大変な目に遭ったらしいな」
「ええ…でも、それはこの身に九尾を受け継いだ時から変わりませんから平気です。それよりも、私は…」
「クシナ…」
雲隠れの忍に襲撃された月夜を思い出して、ぐっと顔を歪めたクシナをミナトが見やる。
テーブルに置かれた手が震えているのに、己の手を重ねて温もりを伝えた。
クシナが何よりも怖いと心配しているのは己の身でない事くらい、ミナトも自来也も知っているから。
「……命の意味って何なんだろう…」
「?」
そんな会話をソファを挟んだ背で聞いていたイタチは呟いた。
広げた本を示して語っていた名前が瞬いて顔を上げた事で目が合う。
2人して本を覗き込んでいたから、いつもよりも余計に距離が近かった。
イタチは一度、視線を伏せて文字を見やる。
「命は、群れる…争って、傷つけ合う。だから戦争も無くならない」
「……」
「誰も死にたくなんてないはずなんだ…なのに、最後はみんな失われる、命の意味って何なんだろうなって」
追っている文字もちょうど描いている場面は争いだ。
無くならない忍同士の戦いを巡る物語。
黙ってしまったイタチ自身、紡いだ言葉はほとんど独り言に近いと思っていた。
けれども、ゆっくりとページがめくられていく事に瞬く。
「むずかしい事は分かんない。でも、何で一緒にいるのかは分かるよ」
「!」
「1人じゃ寂しいから、一緒になるの!1人じゃできないから、頑張れるの!」
「…1人、じゃない事…か」
「ケンカも傷つけちゃう事もあるけど、そうやって教え合う事もあるのかなぁ」
うーん、と首を傾げて難しい顔をする名前は途中から上手く思いつかなくなったらしい。
だが、開かれたページを瞬きで見つめるイタチには伝わっていた。
悩む名前だったが、「あ!」と閃いたように指を立てて言い切った。
「火の意思!」と。
それにイタチも頷いた。
(命は…争い傷つけ合うけれど、巡り支え合って互いに受け継いでいくもの…なのか)
笑う名前が最後に指で触れた文字、それは物語の主人公の台詞だ。
『オレが諦める事を、お前が諦めろ』と。
静かに本を閉じたタイミングで、名前は手に持って立ち上がった。
一緒にテーブルで話をしている自来也たちの方に向く。
すると、名前の言いたい事に気がついたミナトが優しい微笑みを向けて自来也へ切り出した。
「ところで、自来也先生…これから生まれる子の事で少しご相談がありまして」
「んん?何じゃ?」
「男の子であるのは分かっているんです、それで名前を決めたんですが…ね?クシナ」
横に添い立つクシナが愛しそうに大きなお腹を撫で触る。
手招きしたミナトの傍に名前が寄ったので、イタチは不思議そうにした。
それは話を振られた自来也も同じだったようで分かりやすく疑問符を浮かべた。
対して、笑うは夫婦と娘だ。
「先生の小説の主人公の名前を、この子につけたいんです。良いでしょうか」
「なっ!?ま、待て待て!本気で言っておるのか!?」
「はい、本気ですよ?私も名前も大賛成ですってばね」
「いやいや、悪い事は言わん!ぶっちゃけ、わしがラーメン食べながら適当につけた名じゃぞ!?そんなで良いんか!?」
焦る自来也は必至で考え直すように言うが、ミナトの決意は変わらないようだった。
片手でクシナのお腹に触れて、名前から本を受け取る。
自来也の著書、『ド根性忍伝』だ。
「先生のお話はとても素晴らしくて何度も読み返してます。オレも、名前も。だからこそ、この子にはそんな子に育ってほしいんです」
「どんな苦しい事や辛い事があったとしても、決して諦めないで立ち向かえる強い心を持った、そんな子に」
ミナトに続いて、クシナの強い決意を向けられて自来也を溜息をついた。
これは何を言っても聞かないらしい。
「2人とも、わしとその本を過大評価しすぎじゃ」と紡いだが、漏れたのは笑いだった。
会話を聞いていたイタチが名前を見やると、名前が笑う。
花が咲くような明るいもので、ミナトの手の隣にその手を置いた。
「早く生まれておいで、ナルト!私たち、待ってるから!」
ミナトと、クシナと、そして名前と。
3つの手が触れるお腹に送られた言葉、それは命としての意味だ。
(ナルト…)
紡いだイタチは、ミコトに宿るまだ名のない弟に想いを馳せた。
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