17 新しい家族
「お母さーん!自来也先生から手紙届いてるー!」
雪が降り積もっている外から家の中に戻って来た名前は手紙の束を見分ける。
その中に、見慣れた差出人の名を見つけて嬉しそうに母を呼んだ。
他国へ取材してくると旅立ってしまってから随分と経っているため純粋に嬉しかった。
「ホントに!?お父さんも喜ぶってばねー!」
「ほら!」
名前の声にリビングの方から顔を覗かせたクシナも顔を明るくさせて喜ぶ。
そのままリビングまで戻ってテーブルの上に他の手紙を並べた名前が横にそれぞれ並べる。
差出人が見えるように、より分けやすいように。
ほとんどが父宛て、それから母宛てであったけれども1つ1つを確認して2人に渡すのが最近身についた癖だった。
難しい文字は読めないが、両親の名や自来也の名は読めるまでにはなっている。
クシナの返しに、振り向かずに「ん!」とニコニコしながら手紙を見る。
後ろでは台所でクシナが夕飯の支度をしようとしているのは分かっていた。
「うっ…!」
最後の手紙を手に取った時だった、後ろから小さく息を詰める音を耳にしたのは。
その一瞬、最初は唐突過ぎて理解できなかったがハッとなって手紙を落とす。
後ろにいるのは母しかいない、そして先ほどの小さな声は明らかに呻きだった。
「お母さんっ!?」
バッ!と音を立てて振り返って席を立ち駆け寄る。
衝撃でバランスを失った椅子が倒れてしまったがそんな事は全く気にならなかった。
振り返った先、既にクシナは身を屈めて片手で口元を押さえ頭を垂れていたからだ。
サァと頭の中が一気に冷たくなる感覚が、血の気が引くものだというのは幼い名前には分からなかったが。
「大丈夫!?」と今度こそはっきりと叫んで手を伸ばすも寸で止まってしまう。
母が苦しんでいる、だが今触っても良いものなのか。
もしかしたら動かしちゃいけないかも。
と、回らない頭がグルグルと思考を混乱させて本能的に手を止めてしまう。
震える手をオロオロと宙に浮かすしかない名前は泣きそうな顔でぐっと口をへの字にした時。
片手で口元を押さえていたクシナがいきなり顔を上げてカッ!と目を見開いた。
「気持ち悪ぅってば、ね〜〜!!」
「!?」
へ、と名前が驚きで目を丸くしている間に、勢いよく叫んだクシナはダッと走って廊下の方へ消えてしまった。
そのままバタン!と破壊音に近い扉を閉める音が響き渡る。
残されたのは呆気に取られている名前と舞い降りた静けさだけだった。
「……」と未だ何を発して良いか分からない名前が首を傾げながら思う。
(おトイレ?)
凄い形相と勢いでクシナが駆け込んだ先は多分そこしかないと。
その後、げんなりした顔でお手洗いから出てきたクシナを心配して駆け寄った。
先ほどと違って幾らかすっきりしたらしい様子は何をしたかを語らずだが。
名前に答えられる余裕を取り戻したらしいクシナの表情は予想外にも苦笑だった。
オロオロとしている名前の手を取って、グッとガッツポーズで返した一言。
「今から病院に行くわよ!」
「えっ!?じゃあ、お父さんに連絡とかっ」
「それは後々!まだもしかしたらだし…いや、ほらとにかく急いで行くってばね!」
「ちょ、お母さん!?」
先ほどの気分悪そうな様子はどこへやら。
いきなりいつも以上に元気なまま何かを思い立ったように名前の手を取って玄関まで向かう。
完全にクシナにペースを持っていかれてしまっている名前は戸惑うままに続くしかなかった。
こんな風に爆走している母は誰にも止められないのは知っている。
「ほらほら早く!」と引きずられている名前の背はミナトとよく似ていた。
そうして、駆け込んだ先は木の葉病院の中でもクシナが迷わず向かった先。
「おめでとう、2カ月目って所かしらね」
目の前で診察結果を告げてくる女医の祝福の言葉と笑みに、付き添いで立っている名前は理解が追いつかなかった。
ただただポカンと呆けていると、横から「ホントですか!?」と喜びの叫びが上がる。
椅子に座っているクシナが両手をお腹へ触れさせて確かめるように撫でる。
その表情は今までに見たことがないくらい嬉しさと幸せが入り交じったものだった。
「ええ、予定日は…そうね、10月10日よ」
「っ〜!!」
両手を上げて喜ぶクシナは本当に無邪気で、女医はフフと笑いながら「おめでとう」と繰り返してくれた。
名前だけがついていけずに、どうしたら良いか分からない雰囲気を醸しているとクシナが振り返る。
「!」と驚く名前の顔を両手で引き寄せて興奮のままに教えてくれた。
先ほどから喜んでいる事実を。
「名前、お姉ちゃんになるんだってばね!!」
「!!、私が…おねえ、ちゃん…?」
「そうだってば!お母さんのお腹に赤ちゃんがいるの!」
「…赤ちゃん…、赤ちゃん!?」
「そう!」
「私のっ、兄弟!?」
「そう!!」
純粋に驚きで丸くしていた目は、繰り返し聞いていく内に輝きを増させていき。
うん、うん、と頷いて片手を名前の頬から外し、その手を腹へと持っていく。
名前の手が触れたクシナの腹部はまだ全然違いが分からなかったが、口が弧を描くには十分だった。
パァ!と瞳と表情を輝かせた名前の興奮はクシナに負けなかった。
「やったー!!新しい家族っ!私、お姉ちゃんになるんだ!!」
「だってばねっ!!」
ね!とクシナの口癖に合わせて、広げられた腕の中に納まって喜び合う。
廊下にまで響くくらい叫んで万歳する母子だったが、女医は仕方なそうに笑うだけで止めなかった。
それから流れる残りの時間が名前には遅すぎるくらいに感じていた。
先に家へ帰るクシナと別れて全速力で向かった先は既に通い慣れた道で。
夕日の暮れかける門を抜けて、行き交う団扇マークの人々へ走り挨拶をしながらもスピードは落ちない。
音を立てて足を止めて呼吸を整えていると、もう向かいに見える大きな屋敷から出てきた姿があった。
忍具を確認している所から、ちょうど修行に出かけようとしている所だったのだろう。
全身を動かして切れかけている息を整えている名前は、勿論その合う時間帯だとも分かっていた。
ここまでかなりの距離を全力で駆けてきたというのに、心を満たしている気持ちは落ち着く事はない。
一心に反らされる事のない瞳に映ったのは、こちらに気づいて驚いてるイタチ。
「名前?どうしてココに…っ、!?」
今日は一緒に修行する約束はしていなかったはずだし、この時間帯なら家の手伝いをしているんじゃ?
と言葉に出さずに冷静に思考を巡らせたイタチだったが、名前が浮かべている表情に言葉を途切らせる。
その喜びに満ち溢れた表情は、夕日と燃える赤髪もあって一瞬本当に輝いているように見えたからだ。
「!」と身体を動かせないままでいると、名前は構わず「イタチ!」と叫んで駆けてくる。
くるまでは良かった、そこまでは。
止まると思われた足は数歩で地を蹴って、両手は広げられる。
近いと意識した時には既に温もりと重心がイタチへと一気にかかって反射的に手を伸ばす形になってしまった。
倒れないようにと殆ど考えないままだったが、結果的に今の状態を理解させられて瞳が限界まで見開く。
「私もねっ!兄弟ができるんだよ!」
「!、そ…う、なんだ」
「ん!!」
顔を見合わせるために離れた距離は上半身部分だけ。
それでも名前の浮かべるキラキラとした表情は変わらず、完全に固まってしまっているイタチが辛うじて返せたのは一言。
「イタチと同じなの、私もお姉ちゃんになるの!!」と満面の笑みで答える距離は今までで1番近かった。
しばしば名前の行動で完全にペースを持っていかれて固まってしまっていたイタチだったが、瞬いて小さく笑む。
「そうなんだ…」と今度ははっきりと返しを紡いだ。
「きっと可愛いだろうね」
「うん!可愛いっ絶対!!」
エヘヘと笑いながらそう言って、また嬉しさが増したらしい。
「やったー!」と再び叫んで抱き着く距離は再び零になる。
表情は見えなくとも浮かべている笑顔は同じなのだろう、かかる温もりが告げていた。
イタチも自然と穏やかな表情になりながら、背に回す温もりで答えた。
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