16 粉雪集まって
うちは地区の演習場に並び立つ木の的へ構えるシスイがいる。
少し離れた位置では名前とイタチが瞬きもせずに見つめ続けている刹那。
素早く振り上げられた両手からは既にクナイの存在はなく、風を斬る音だけ響いた。
「!」とイタチは息を飲んだが、「わぁ」と名前は感嘆の笑みを見せる。
不規則に配置された的の真ん中、どのクナイも寸分違わず見事に命中していた。
「シスイさん凄い!今のどうやったの!?」
「ただ投げただけだよ、でも名前たちにはまだコツがいるかなぁ」
パチパチと手を叩いて素直に技を褒める名前にシスイも照れつつ親切に教えてやる。
ただ名前の横に立つイタチは、いつもの冷静の表情のままスタスタと近づいてきた。
そのまま横に並び立ったために、目を丸くするシスイだったが次の行動で理由を知る。
イタチがした行動は先ほどシスイが行ったものと全く同じ構えだった。
「次はオレがやる」
「!、おい、イタチ。気持ちは分かるが、いくら何でもいきなりぶっつけは…」
「大丈夫、さっきの動きで見切った」
控え目だった注意も、はっきりと断言されてしまえば言葉を切ってしまうしかない。
既に構えられたクナイの数と向けられたイタチの視線は、シスイでさえ「う」となるほど真剣さに満ち溢れていたからだ。
とても年下の子とは思えない集中力だなぁと心中で笑いを漏らすのを知るは勿論シスイだけであり。
「イタチ!ふぁいとっ!」と名前は止めるなど全く頭にない処か応援までしていた。
「!」
結果は一言で言えば見事と言えるだろう。
少なくとも下忍に満たない幼い子供が行うとは思えない動きと技術でクナイは的の真ん中に命中する。
1本、2本…最後が命中し終えた時、着地したイタチが振り向いて目を見開いた。
「……」
浮かんだ表情は成功に対する満足ではなく、驚きと悔しさが滲んだもので。
イタチのそんな顔の変化を見るのが初めてなシスイも次いで驚いてしまった。
佇んでいるイタチへと近づいて穏やかに声をかける。
「凄いじゃないかっ、初めてで全部成功するなんて早々できるもんじゃないぞ?しかもその年で」
「……」
「なのに何で喜ばないんだ?イタチ」
「…クナイの数が足りない。シスイのあてた数と違ってる」
「!」
返しは低く抑揚のないものだったが、「あぁ」とシスイは思わず苦笑で返してしまう。
駆けて近づいてきた名前も的の方を見やると、確かに先にシスイが投げた数と後からイタチが投げた数が違う。
数本の差だったが、同じ動きと同じ位置に的中しているクナイの比がより差を明確にしていた。
未だ苦笑を浮かべたまま頬をかいてどう答えているか考えているシスイにイタチは黙したままだ。
一瞬、会話が途切れてしまうかと思われた時に動いたのは名前だった。
「数違うの?うん、だってそうだよ。イタチ、投げる時こうしてたでしょ?」
「!、あぁ」
「シスイさんはねっ投げる時、えーと…こうしてこうっ!でビュ!ってなる!!」
「えっ…名前、君…」
ホルスターからクナイを数本取り出して目の前に出した名前にイタチが反応して顔を上げた。
笑ったまま素早く指に挟む構えをとってクルクルと投げる態勢に持ち直し、直前で裏手に見せる。
その手にはクナイに隠されて見えない数本が更に見えた事で、イタチだけでなくシスイまで短く息を飲む。
名前は「ね!」と言って、手を振り下してクナイを投げ放った。
動きはほぼシスイやイタチに通じるものだったが。
宙を斬る方向と威力まで同じだったのに、的に刺さる直前で軌道のずれた数本がぶつかり合って地に落ちる。
キィン!と金属音を鳴らせて地に刺さってしまったクナイを遠目で見つめて名前は「あ」と間の抜けた声を上げた。
「……」と色々な意味で言葉を失っている2人に振り返って噴き出して笑ってしまう。
「失敗しちゃった!やっぱりシスイさんとイタチみたいに上手くできないや」
「いや…でも惜しかったよ、名前も十分良い線いってる。オレもウカウカしてられないなぁ」
まさか見抜かれちゃってたなんてさ、と頭をかいて困ったような嬉しそうな返しをするシスイ。
それは幼い才能への恐れや妬みではなく純粋な驚きと賛美があった。
「名前、さっきの動きは指の間に挟んだクナイの裏で隠したクナイを固定して投げる時に引き出したのか」
「う…?ん!」
「…こうして、こう」
「ん!」
向き直ったイタチが名前の前で再びクナイを取り出してスラスラと言葉を発するも名前は笑ったまま首を僅かに傾げたため。
一旦言葉を切って動作だけで動き示すと、唐突に輝いた笑顔になる。
「これでもう大丈夫だね!」
「何で名前が自信満々なんだ」
「だってイタチだもん!全部当てられるから、大丈夫!」
「…あぁ」
片手でVピースを作ってイタチの前に出し示すと、真顔のまま数度瞬いたイタチの返しは短い返事と小さな笑いだった。
そのまま両手にクナイを構え直して的に向かって駆け出していく。
見やる名前の視線がイタチの動きから外れないのを腰に手をあてて眺めるシスイはヤレヤレと息を吐いた。
(お互い良い好敵手ってだけじゃないんだよな、この2人は…)
見ていて本当に面白い、と幼子2人の関係と絆の在り方を改めて思った。
2回目の結果は言わずもがな、珍しくイタチですら満足そうにするほど完璧であり。
シスイの投げたものと違わない位置に命中しているのを見届けて、2人へと振り返った時にふと気がつく。
演習場の出入り口に、今までいなかったはずの人影を見た。
それは遠慮がちと言うほどでもないが、ちょっと戸惑い気味に3人の修業を伺っているらしい女の子。
訝しむイタチとちょうど目が合ってしまった女の子はさすがに驚いたのか派手に肩を反応させてしまっていた。
「あ、イズミちゃんだ!イズミちゃーんっ、こっちこっち!」
「女の子?名前の友達かい?」
「ん!一緒にお昼食べようって誘ったの!」
同じく女の子もといイズミの存在に気づいた名前が手を振って呼ぶ。
シスイの問いに答えている間に、イズミはゆっくりとこちらへと合流してきた。
その手には大きめの風呂敷が抱えられていて、「名前ちゃん、これ」と言う。
名前も受け取って、「ありがとう!」と元気良く返した。
「イズミちゃん、こっちがシスイさん!それでこっちがイタチだよ!」
「…うん、名前ちゃんがよく話してくれるものね。あの、初めまして、イズミです」
「初めまして、オレはうちはシスイっていうんだ。よろしくね、イズミちゃん」
「…うちは、イタチ」
明るく挨拶を交わして手を差し出すシスイの雰囲気は気安く、イズミも幾らか緊張を解いて握手できる。
ただその横、短く名前を言ったイタチの様子は明らかに冷静で感情が籠っていない。
少なくとも慣れないイズミにはそう感じられしまって、「う、うん」と不安そうに握手を交わしてしまう。
そんな2人を見守るシスイの心情はやっぱり苦笑だった。
だが、そんなやり取りを瞬いて眺めていた名前が「あ」と呟いて唐突に上を見上げて叫ぶ。
ばっ!と両手を上げた動作に何事かと3人が身を動かすとパラパラと降り注いでくるものがあった。
「雪!!」
ほら、と両手を掲げて手に集めるつもりで喜ぶ名前の理由が分かった。
薄っすらと曇っていた空から降ってくるのは粉雪。
それで吐く息の白さと身震いから寒さを思い出して3人顔を見合わせた。
ただでさえ寒い季節、雪の降る天候ではより寒さが増してしまう。
けれども、手を下しても掌を広げたまま感動で上を見上げたままの名前に3人が浮かべた表情は同じだった。
「名前」
「嬉しいのは分かるけどさ、そろそろ戻ってお昼にしないか?」
「温かくして、それから皆で一緒に遊ぼうよ!」
イタチに名を呼ばれ、シスイに手招きされ、イズミがふんわりと提案する。
向けられる雰囲気は共通して優しく穏やかであり、振り返った名前は明るい返事で答えた。
年を越す少し前の冬の思い出であった。
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