- ナノ -




13 新しい命


冷たい空気が芯を冷やす日々が続き、空も曇る事が多くなる。
少し早い冬着に身を包みながら、人々が行き交う通りを手を引かれて歩いていた。
軽い鼻歌を響かせる上機嫌なクシナの片手には安売りセールの戦利品。
もう一方、繋いで歩くは嬉しそうな母を見上げる名前。

「どう?母さんに掛かればこんなのものよ」
「いっぱい安く買えたお母さん凄いっ」
「名前とお父さんのためだもの、幾らでも頑張れちゃうわ」

尊敬の眼差しに荷物を持った片手で頬をかく仕草は照れているからで。
浮かぶ照れ笑いは活発さを彷彿させる明朗さがある。
快活なクシナだから見せるその微笑みが、父の1番好きな表情である事を名前は知っていた。
勿論、名前も母の快活な明るさが大好きだ。

帰路を歩きながら、ミナトの話だったり修業の話だったり楽しい会話は途切れない。
日が傾くに近づくにつれて気温は下がり、寒さは厳しくなるけれども気にならなかった。
手ぶりを挟んで話していれば身体は気持ちと一緒に暖かくなるためだ。

話と共に足が止まったのは、道沿いにある建物の門から出てきた人影を目に止めたからだった。
「あ」と、短く音を発して止まったクシナを不思議に見上げる名前の目に映るのは驚く横顔。
真ん丸く見開かれる目と開いた口はすぐに弧を描いて大きめな呼び声を紡いだ。

「ミコトー!!ミコトよね!?」

嬉しさを含んだ興奮で荷物を持つ手を上げて振るクシナにミコトが気がついたのはすぐ。
同じように一瞬びっくりした様子だったが、こちらもすぐに嬉しそうに笑んで手を振り返してきた。
短いやり取りだけでも2人が久しぶりに会った友人なのだと名前にも分かる。
こちらを振り返ってきたクシナが言う前に、「行こうお母さん」と頷いて返した。

「久しぶりねっ、こんな所で会えるだなんて!いつ以来!?」
「アカデミー以来よ、ホント久しぶりクシナ。いきなり懐かしい声が聞こえたから驚いちゃったわ」
「私だってまさかミコトに会えるだなんて思わなかったからびっくりしたってばね!」

喜び全開な明るいクシナに対し、ミコトは静かで穏やかな雰囲気で応える。
落ち着いている端正な顔立ちに不思議な既視感を覚えて瞬いていると、視線に気づいたミコトと目が合った。
あら、と微笑む雰囲気が更に優しくなる。

「この子、クシナの子?お名前は何ていうのかしら」
「名前です、初めまして!」
「!、名前ちゃん。私はミコトよ、うちはミコト。よろしくね」

ミコトが、頷いたクシナから名前に問いかけてきたのでペコリとお辞儀して笑って返事をする。
「とっても可愛い子じゃない!」とすぐにクシナに返した辺り、悪くない印象だったようであった。

「でしょう!?私の自慢の娘だってばね!」
「女の子も良いわよねぇ…家は息子なの、ちょうど同じ年頃よ」
「そうなの?どんな子!?」

年の割に妙に大人びてしっかりした子なんだけど、と我が子の事を語るミコトの言は苦笑に近い。
息子と聞いてワクワクして聞いているクシナから身を動かして、建物へと振り返る。
ちょうど時間を置いて門の後ろから足音が聞こえてきたからでもあって。
「母さん」と短い呼び声と共に歩いてきた少年はミコトに似た面影だったため、すぐにこの子なのだと分かった。

「ミコト似のカッコイイ子じゃない!」
「息子のイタチよ。イタチ、こちらは母さんの友人のクシナ」
「…初めまして」

チラリと横へ逸らされていた視線は母の声で隣のクシナへと戻される。
「初めまして、よろしくってばね!」と、遠慮がちに伸ばされたイタチの小さな手をとって握手するクシナの態度は真逆だ。
それが可笑しくて横で見ていたミコトは苦笑しつつ、名前を紹介しようとして驚いた。
キョトンと瞬いた瞳は見慣れた人物に向けられる表情になったから。
「イタチ!」と手を上げて嬉しそうに挨拶する様に、一目で知り合いなのだと伝わった。

「あら」
「あ!!そう言えば、名前の話してたイタチくんって!」

目を丸くしてそれぞれ我が子を見比べて、互いに顔を見合わせる母2人。
そんな様子も気にせず、向かい合う名前とイタチは互いに知れる笑みを浮かべ合っていた。



「それにしても驚いたわぁ、あの子の話した“1番のお友達”がまさかミコトの息子だったなんて」
「私こそあんな息子は初めて見たわよ…あの子、そんな事1度も話した事なかったから」

偶然の再会と意外な繋がりから数日。
ミコトに招かれてうちは地区の屋敷へと遊びに訪れたクシナは、客間でお茶菓子を撮みながら盛り上がっていた。
懐かしいアカデミー時代から今までの過ごしてきた思い出話、それから自身の子たちの話題だ。
客間には連れて来た名前の姿はない、イタチと共に外へと出てしまったから。

「しっかりしてて大人びた子でね…優しくて良い息子ではあるんだけど、正直心配だったの。あの子、修業ばっかりで遊んだりしないから」
「そうなの?私が聞いた話だと、一緒に甘味食べたり、鬼ごっこやかくれんぼに木登りしたりもしてるって話よ」
「あのイタチが?」

口元に手をあてるミコトの呟きは本当に驚いているようで。
我が子ながらどこか人と距離を置きがちなイタチが、同世代の幼子のような遊びをしているととても想像がつかなかった。
正確には、名前がクシナに語った『遊び』は、どれもチャクラ修行によるものだが。
そこを敢えて突っ込まないとしても、ミコトにとって家族以外に優しい雰囲気を浮かべる息子を見た衝撃は変わらない。
しみじみと思い返している姿を茶菓子を撮んでいたクシナは唐突に、悪戯少年のような笑みを浮かべた。

「で、ミコトはあの子たちをどう思うってば?」
「!、どうって、仲良くて私としてもとても嬉しいけれど」

楽しそうなクシナが顔を向ける先、客間と廊下を挟んだ外にある敷地内の庭。
小池を覗き込んでいるのは、まさに話の中心である幼子2人であって。
指差したり手をあげて楽しそうに語る名前と時折首を傾げたり頷いて微笑んでいるイタチの姿が見えた。

しばしば瞳を細めて遠目で見つめていたクシナとミコトの視線が合って互いに頷く。

「お似合いだと思うのよ、私は」
「私としても是非これからも仲良くなって欲しいわ」

「お嫁にきてくれないかしら、娘に欲しいわ」と紡ぐミコトの紡いだ続きに、「イタチくんだったら許せそうだってばね」と返すクシナ。
楽しそうに将来の可能性を語る母親の願望は、当の本人たち知らずである。



「オレ、兄弟が出来るんだ」
「え!?」

案内された庭の池で泳ぐ鯉の群れを眺め見ている時。
イタチが当然発した驚きの内容に思わず声を上げて振り向いてしまった。
「兄弟?」と身を乗り出して聞き返すと、いつもの冷静な表情が珍しくほんのりと紅みを帯びていた。
数日前に分かったばかりだと続けられて、出会った時を思い返して納得する。
ミコトとイタチが出てきた建物は木の葉病院だった。

「弟?妹?」
「母さんはまだ分からないって言ってたけど、オレは弟だと思ってる…」

根拠なんて何もないけれどと考えて、イタチは言ってしまった事に少し後悔した。
普段の自分ならそんな事は口走らないと自身で理解しているからこそ余計に意識してしまって。
咄嗟に笑われると考えて視線を逸らして黙ってしまうと、瞬いた名前は案の定笑った。
しかし、紡がれた一言で別の笑いなのだとすぐに伝わって視線を戻す。

「弟だと良いね!」

弟が欲しい、そう思っていたのが伝わったかのように。
気恥ずかしさが素直に嬉しさへと変わって頷き返す。
ふわりと弧を描く微笑みは、名前だけが知れる優しいものだった。

「いつ生まれるの?」
「予定日は7月23日だって聞いた」
「夏だねっ!今から楽しみで待ちきれないよ、どんな子かな!?」
「…きっと凄く可愛い、かな」

万歳で喜びを表現する名前は本当に嬉しそうだ、まるで自分の事のように。
それが無性に嬉しく、イタチが答える内容も浮かべる微笑みも嬉しさが前面に出ていた。

「そっかぁ、イタチ、お兄ちゃんになるんだ。生まれたら見に来ても良い?一緒に遊んでも良い?」
「うん…いや」
「!」
「オレが連れて遊びに行くよ、名前の所に」

絶対に、としっかりと約束してくれるイタチの発言に名前は返しを忘れてしまっていた。
それほど嬉しかったからだ、頬を紅潮させて浮かべたのは満面の笑み。

「ん!」
「約束だ」

2人が無邪気に交わした最初の約束だった。

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